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葵が、平次と誠次郎、悠太を招いて料亭で一席設けた。
明日は身請けされるという前日の午後だった。
「おめでとうございます。よかったですね」
悠太の言葉に葵は俯く。
「ありがとう、悠太。そして・・あの時、助けられなくて、すまなかったね」
ずっと、悠太の火傷の事で自分を責めていたのだ。
「いや、お前は助けたんだよ。悠太を。」
誠次郎の言葉に少し救われた。
「結果的には、悠太は水揚げ前に誠次に引き取られて、めでたしなんだよ」
平次も頷く。
ーあの時・・・・4年前の雪花楼
葵は太夫に昇格したばかりで、これからという時だった。悠太は藤若と言う源氏名を貰い、水揚げの支度中だった。
周りの妬みをかうほど、悠太は美しかった。高貴な品もあった。弱々しさは無く、凛とした潔さが羨ましくもあった。
「藤若、仕込みは進んでいるかい?」
夕刻の支度時に、葵の化粧を手伝っている悠太に葵は話しかけた。
「はい、おかげさまで」
おしろいの刷毛で葵の首筋を丁寧に塗る悠太。
「大丈夫?後悔は無い?」
葵の目から見ても、悠太は誠次郎に惚れていた。
惚れた相手がいるのに、他の客に身を売るなど辛いのではないかと心配になったのだ。
「仕方ないですよ。売られたんですから」
葵は悠太を見上げる
「今からでも、大旦那さんにお願いして、結城屋の若旦那に買ってもらいなさい」
ああ・・・
ばれていた・・・悠太は笑う。
「無理ですよ。結城屋の若旦那は、陰間なんか買う趣味無いですし、私が一方的に慕っているだけで・・・」
そうかなあ・・・
葵の目には、誠次郎も悠太の事を特別に思っているように見える。
悠太の水揚げの話が出たとき、葵は誠次郎が名乗り出ると思っていたのだ。
「でも、藤若がお願いすれば・・・」
何とかなりそうな気がした。誠次郎は悠太には甘いから。
「藤若!店に出るよ、ついといで!」
向こうで白梅が叫ぶ。
「はい」
悠太は立ち上がった。
今日から実習で、悠太は白梅の介添えをすることになった。
彼が、今ここではナンバーワンなので、少し不安はあったが平次が付けた。
白梅は人一倍プライドの高い陰間で、争いも後を絶たない。
客を選び、気に入らないと他の者にまわしてしまう。
その女王様ぶりがかえって客を煽り、白梅に気に入られようと、あの手この手で尽くす客は少なくない。
彼をモノにすることが一種のステータスでもあった。
しかし、平次は気に入らない。確かに客に媚びるなとは言ったが、客を奴隷のように扱うのはどうかとも思った。
色の白い華やかな顔立ちに、男であることを疑いたくなるほどの細い骨格・・・
少年の体型をそのまま残して背だけ伸びていった。
陰間の旬は18が限界、たまに歌舞伎の女形顔負けの、か細い者もいるが、うっかりガテン系になってしまったら
廃業するしかない。
しかし必ずしも、客が中性的な陰間を求めるわけではなく、時代や流行などにも左右され、店主がそれを見抜けなければ
店は成り立たない。
が、何時の時代も美しい者には人が集る。白梅がそうだった。
気位いの強さも、カリスマとして受け入れられ、芸事にも、話術にも、閨の作法にも長けていて、言う事の無い太夫だった。
でも平次は感じていた、白梅は平次さえ見下している・・・
ーここにいてやっているー
そんな目で平次を見るのだ。
それを平次は案じていた。こんなことでは、いつかは見捨てられる。誠実さがない者は、いつかは落ちぶれる。
今はまだ、歳も若い。が、もう彼も22、頂点まで来ている。
後から後から若い美しい陰間は現れる、世代交代のときがやってくる。
そのとき、どうするのか・・・すでに彼は、悠太に目をつけていた。
平次が、悠太を花魁候補としている胸のうちを知り、自分には無い高貴な気品と潔さと、
穏やかな中の鋭利さを見抜いていた。
悠太の肌は、傷一つ、痣一つ無く滑らかで、若い美しさに溢れていた。
いくら白梅が美しくても、いずれは衰える・・・
そのとき、内面から溢れる美が無くては負けてしまうのだ。
負けず嫌いな彼は悠太を潰しにかかる・・・・
そんな白梅に悠太を預ける不安・・・しかし、葵に預けては白梅が黙ってはいまい。
白梅の後を付いて歩く悠太を遠くでみつめつつ、平次は心配でならなかった。
案の定・・・
白梅のクレームは付いた・・・
「平次、藤若はずしとくれ。葵にでも付けな!」
それは願っても無いことだが・・・
「どうかしたのか?」
一応聞いてみた。
「あいつ、俺の客に色目使うんだ、客があきれてたよ。平次、調べてみな!あいつ初モノじゃないかもよ。ここに来る前に、もうヤリまくってんじゃねえの!」
(店主を呼び捨てか?それに、言う事が汚いよなあ・・・こいつ・・・)
平次はあきれる。これだけ事実を湾曲して自分の都合よく話せる奴もいないだろう。
「平次、騙されるなよ!」
そういい捨てて出てゆく白梅。
事情は大体察しがついた。
昨夜、白梅の客が揃いも揃って平次に、付き添いの藤若について訪ねてきた。つまり、一目ぼれしたのだ。
買いたいとまで言うところを、水揚げ前と断った。
色目を使っていたのは客の方だ。それにキレた白梅が、悠太をあばずれ扱いしたのだろう・・・
確かに、このままでは自分の客が根こそぎ奪われる。白梅には深刻だった。ー
「そうだね、悠太は最終的には、結城屋の若旦那に身請けされたんだものねえ・・・」
葵は刺身をつつきつつ、思い出に浸る
「太夫は、あの頃、しきりに私に若旦那に買ってもらえと仰ってましたよねえ」
悠太も4年前に思いを馳せる。
「葵、そうだったのかい?」
平次は少し驚く。そして誠次郎を見る。
「あのときは、周りはイライラしてるのに、当のお前はウジウジして・・・」
誠次郎は笑いながら杯を傾ける
「こんな事なら、水揚げ前にさっさと悠太を身請けしとくんだった。そしたら悠太も火傷なんかしなくて済んだのに〜」
おい・・・・平次は顔をしかめる。
「水揚げ前に身請けなんかできんよ。それに、悠太は花魁候補者だったんだぞ!蕾のままお前にくれてやったのも惜しいくらいなのに・・・」
はははははは・・・・・
大笑いする誠次郎。ざまあみろと言わんばかりだ。
「で・・・まだ蕾のまんまなんだろ?」
平次は悔し紛れに反撃する
「お前ら蕾のままで一生終えるんじゃ無いか?」
「蕾の何処が悪い!咲いたら枯れちまうんだぞ!」
平次と誠次郎のやり取りに、葵と悠太は顔を見合わせる・・・
こんなに晴れ晴れとした気分で、二人会えるとは思わなかった。
あの日、悠太を救えなかった事が葵の心の傷だったからだ。
ー「平次、白梅気をつけろよ〜。いじめとかしてないか?あいつ」
誠次郎が雪花楼に来るたびにそう言った。
「藤若だろ?なんか、嫉妬して最近強烈なんだ」
いちいち難癖つけては悠太を罵倒し、悪い噂を流していた・・・
「私にも何か言ってきたよ」
「何を?」
「藤若はあばずれだから、見かけに騙されるなとか〜」
平次はため息をつく。客でもない誠次郎にまで、そんな中傷を吹き込むとは・・・
「私からしちゃあ、藤若より白梅の方があばずれてるけどねえ・・・」
「誰が見たってそうだろ?なのにさ、藤若はここに来る前に、すでにヤリまくってるだのなんだの・・・」
平次は白梅とは微妙だった、歳は平次が一つ下。先代の頃からいたから、平次より廓的には先輩だ。
所詮、平次は後から来た新参者でしかないらしい。店主であるのにだ。
「それに・・・」
12の頃から平次は父について雪花楼を手伝っていた。
最初は、父についてまわって、空気を読む訓練、人の中身を見抜く訓練からはじまった。
よくは覚えていないが、仕込みの事で大騒動が起こった事を記憶している。
水揚げ前の陰間に、仕込み屋の手がついたと言う話だ。
それまでにも時々、仕込みの途中でつい越えてしまう話はよくあることだが、店主としては頭痛の種でもあった。
そのときの仕込み屋の証言が奇抜だった。
自分は襲われた、と言うのだ。仕込みの陰間に襲われた・・・更にあいつは初モノじゃない、かなり慣れているとも。
その時は、しくじった仕込み屋の言い訳だろうと思われていた。
が・・・今一度湧き上がる白梅の疑惑・・・
「自分の事じゃないのかい?ヤリまくってたてぇのは?」
ケラケラ笑いながら言う誠次郎だが、平次は笑えない。あながち嘘では無いかもしれない。
売れっ子ではあるが、平次は白梅が嫌いだった。思いやりとか、愛情を感じられない。
私利私欲で動く。
「なんにしても藤若があいつに潰されないよう見張れよ」
誠次郎の心配はそこだった。
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