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雪花楼での忙しい日々を終えて、気付けばもう夏は終わろうとしていた。

 

「若旦那〜見つけた!」

お瑠依が結城屋に現れた。

「いつもいないのね〜なにしてたの?」

源さん・・・誠次郎は源蔵を見る。断るようにいったはず・・・

「お瑠依さん、縁談はお断りしたはずですよ」

相変わらずにこやかに言う誠次郎。

「納得いきません、理由を聞かせてください」

「実は、お瑠依さんの事、嫌いなんです。継母を思い出しちゃって・・・

逆恨みで、めちゃめちゃ傷つけてやろうと思ってましたが、そんな事しても悠太に嫌われるだけだから辞めました」

はあ・・・・顔面蒼白な、お瑠依・・・

(そんなにはっきり言わなくてもいいのに・・・)

源蔵はオロオロする。

「大体、私が腹黒と判っても、好きでいられます?」

「悠太と・・・どういう関係なんですか?」

「貴女には関係ありませんね。大体、結城屋の嫁になるんなら、妾がいようが、使用人とデキてようが、

隠し子がいようが気にしちゃいけないんですよ。私なんか妾の子ですしね・・・

そういうこと気にしている時点で、貴女は失格なんです」

え・・・・

こんな誠次郎は初めてだった・・・周りが言う”腹黒の結城屋の若旦那”に初めて遭遇した。

「私の継母は、それが我慢できない人だったんですよ。貴女のように。」

(普通我慢しないよなあ・・・浮気されたら怒るの普通だよなあ・・・)

店の者皆がそう考えていた・・・・

お冨美と誠太郎が、誠次郎をこんなに捻じ曲げたのだ。

「酷い・・・」

お瑠依の瞳から涙が流れる・・・・

「そう、私は極悪非道なんで、もう諦めなさい」

「若旦那!」

奥から出てきた悠太が、見かねて誠次郎を止める。

店の者の前で、こんな仕打ちはあんまりではないか・・・

「私が優しいから好きだというなら、間違っています。貴女に優しくした覚えはありません。

どうでもよかっただけなんですよ。いい気にならないで貰いたいな・・・」

ぽろぽろ・・・涙をこぼしながらお瑠依は店を出て行く・・・それを悠太は追った。

「いいんですか・・・」

源蔵が心配そうに訊く

「後は、悠太が何とかする」

それさえ計算に入っていたのだ。

 

 

近くの善哉屋で悠太は、お瑠依と向かい合って座る。

「若旦那は、お瑠依さんを諦めさせる為に、わざとあんな事を言ったんです。気になさらないでください」

そういって手ぬぐいを差し出す・・・

受け取った手ぬぐいで、涙を拭いつつ、お瑠依は悠太を見つめる

「どうして、私なんかに構うの?私、悠太に辛くあたったでしょ?」

「私はお瑠依さんの事、嫌いじゃないですよ。ただ、ウチの若旦那はお瑠依さんの手に負えません」

 悠太自身も翻弄され、もてあましているというのに・・・

「悠太は・・・若旦那と本当にデキてるの?」

げっ・・・そういう訊き方するかなあ・・・悠太は思いっきりひいた。

「・・・どういう・・意味ですか・・・それ・・」

「合体済みかどうか・・」

何処かで、たくさん聞いたような用語だった。

「お瑠依さん、もしかして菊娘さんですか?」

てへっ・・・舌をぺろっとだして、お瑠依は手の平で頭を軽く叩く。

「ばれちゃった〜」

え・・・・え〜!!!ばれたって!!!

「私、隠れ菊娘なの〜影菊って言うんだけど〜」

(そんなの初めて聞いたよ〜)

椅子からずり落ちそうになるのを、悠太はこらえた。

「やはり、悠太も雪花楼つながりで、お町さんとも交流あるから鋭いよねえ・・・でも、おとっつあんには内緒よ。」

はあ・・・

菊娘の道も険しいらしい・・・

周りの誹謗中傷ナンのその、親の反対ナンのそので、総て捨てて”これが自分”と菊道に邁進する者もいるが、

そう出来ないものは隠れキリシタン状態で菊道を歩む・・・

「あのう・・・菊娘のみなさんは、私達をそういう目でご覧になるようですが、そういう事実はありませんから」

望んでいて無いわけで無い・・・先に進めないんだよ〜〜〜と泣きそうな悠太・・・

「そうなの〜源蔵さんが言ってた・・若旦那不能説は本当なの?」

誠次郎に、言えと言われたそのままを、伊勢屋に話したらしい・・・・

「確かに・・・ひょろっとしすぎて、ついてるもん本当についてんだか判んないよね・・・」

(お瑠依さん・・・元許婚に対して、なんて事を・・・)

女は怖い・・・誠次郎に三行半突きつけられてショックで動揺して、おさまれば辛口の分析・・・

この時点で、もう恋は冷めているのではないか・・・

「一緒にいて、男つーよりなんか、お姉ぇみたいだったもんね」

負け惜しみにも聴こえた・・・

「まだ若いんだから、お瑠依さん、いい人見つかりますよ」

ありきたりな慰め文句だと思いつつ、口にする悠太・・・

「そうね。もう、あんな腹黒追いかけるの辞めるわ。」

100年の恋も一瞬でさめてしまったようだ。

「でも悠太、あんた、それでいいの?」

いきなり詰め寄られたりして、悠太は怯える。

「何がですか・・」

「一生、合体しないつもり?」

ついさっき、失恋して泣いていた娘の発言だろうか・・・悠太は泣きそうになる。

慰めなくても、お瑠依は自力で立ち直れたのではないか・・・

「若旦那は、心の傷が深くて、人との接触が難しいんですよ・・・」

「あんたとはベタベタしてるよね?」

それは、よく言われる事だった

「若旦那は私に、昔の自分を見ているんです、あの頃守れなかった自分を愛して、守ろうとしているんですよ」

ふうん・・・・

父から大体の誠次郎の生い立ちは聞いていた。腹違いの兄に殺されかけたらしいとまで・・・

だからそんな精神治療は必要かも知れないと、お瑠依も思う。

「若旦那はそれで・・・悠太、あんたはそれでいいの?」

え・・・・・

 悠太は固まる

「あんたは、そういう関係で満足なの?」

菊娘の突っ込みは鋭い。

悠太は考える・・・恋愛とは双方の想いが一致してこそ成り立つ。誠次郎の悠太への想いが恋愛感情でないなら、

自分がいくら頑張っても無理な話だ。

それに、誠次郎の幸せが、やはり第一なのだ。

「最終的には若旦那の幸せが第一です。あの方の幸せが私の幸せなんですから」

お瑠依は頷く

「本当に、悠太は若旦那が好きなんだねえ・・・」

負けた・・・・そう思った。

悠太は誠次郎の、どうでもいいような優しさも、腹黒さも、子供みたいな我侭も、総て受け止めているのだ・・・

だから、誠次郎は悠太を傍に置くのだ。

「やっと判った。愛情がどういうものか・・・」

笑ってお瑠依は立ち上がった。

「ありがとう・・・」

その時の、お瑠依の笑顔が本当に眩しくて、悠太もつられて笑ってしまった・・・

  

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