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あわただしく、葵と桃若の引退式が行われ、例のごとくオークションも開かれ、会場は大賑わいだった。

「やはり、葵も凄い人気だな・・・」

誠次郎は満員の客席を見つつ、笑う。

「そりゃ〜ウチのナンバーワンだからな」

が・・・男より断然、娘人口が多いのは不思議である。

「また、菊娘さんたちが、はばをきかせてますね・・・」

悠太は娘さんパワーに圧倒される。結城屋特注の耳飾りをつけた娘達ばかりである・・・

「コレで結構儲かってんじゃないか?」

と平次は自分の耳たぶをつまんでみせる

菊娘ご用達の耳飾りの注文は殺到している。生産が追いつかないほど・・・

更に、恭介は改善に改善を試みている。

「ああ・・・菊娘にしか売れないのに、なんであんなに注文、来るかねえ〜」

そういいつつ、実はホクホクしている誠次郎。

「お江戸に、菊娘が急増してるってことか?」

まともな娘を探す方が難しいかもしれない・・・お町の影響力は大きい。

「葵さんには、別れを惜しむ馴染み客もいるんじゃ無いんですか?」

探しても、馴染み客らしき者が見当たらないのが不思議な悠太・・・

「可哀想になあ・・・ショックで、ここに来れもしねぇで、家で地団駄踏んでるだろう・・・」

かなり入れ込んで、葵一筋な客が数人いた。身請けのことを聞いて、相手は誰かと血相を変えて平次のところに来た。

が・・・皆、実兄のところに引き取られると聞いて、よかったと喜んだのだ・・・

心では泣いていただろう・・・

いつか、自分が身請けしようと思っていたに違いないのだから・・・

「葵の客は、いい奴が多かったなあ」

呟く平次に、隣の誠次郎はあきれる

「そもそも、金で男買うような輩が、いい奴か?」

「でも、本当に葵に惚れてたんだ・・・そいつら。」

悠太は頷く

「きっと、葵さんがお客に真心を持って接していたからですね・・・」

そういう意味では、葵を手放すのは惜しい。

美しいとか、艶やかとか、そんな陰間はいくらでもいるが、客と人間らしい関係をもてる人材は、なかなか見つからない。

しかし、平次はそれを目指していた。廓の質を上げる為に。

「で、お前はやはり、商売しに来たんだろう?」

平次に見つめられて、苦笑する誠次郎

「駄目かい?」

「いいけど・・・」

「恭介も来るし〜注文とるぞ」

勝手にしろ・・・・と、平次は煙管をふかす・・・・

「あ、ということは、宗吾さんも来られるんですよね」

「桔梗は葵の妹分だったから、来るだろう?」

「平次・・・楽屋に引っ込んでていいのかい?」

誠次郎は今更ながらに思い出したように言う・・・

平次は企画はするが、イベント自体は苦手なのだ。いつも進行や段取りは他の者に任せている。

「もしかして・・・寂しいのか?桃若と葵、いっぺんに出して・・・」

そりゃ寂しいさ・・・平次は思う。皆、子供の頃から面倒見てきた者ばかりだ。

自分の子供のような気さえしていた。

「いや、あんなとこは一生掛けているもんじゃない。早めに出て行くのが幸せってもんだ」

そんな、平次のお人よしなところが、誠次郎には愛しい。

平次は廓を、人と人とが出会う場にしたかった。決して人を物として売り買いする場にしたくなかった。

お前は甘いと言われても、そんな事は絵空事と言われても・・・

だから、葵は平次の自慢だった。

 

「悠太、客席に行こうか?」

悠太にささやくと誠次郎は楽屋を出る。

「大旦那さんは?」

「一人にしてやろう」

はい・・・悠太は微笑む。やはり、誠次郎は平次の親友なのだ。なんだかんだ言いながらも・・・

「よお、平次は楽屋か?」

廊下を歩いていると、恭介が宗吾を連れてやってきた。

「一人にしてやれ・・・今、おセンチになってるから」

はあ?首を傾げつつも、恭介は誠次郎に続いて客席に向かう。

「確かに、桔梗が抜けて、更に葵が抜けたら痛いだろうなあ・・・更にお気に入りの桃若まで・・・」

「次々と新しい子が出てきますから、大丈夫ですよ。」

宗吾が笑いつつそういう。

 

客席には珍しく、お紺の姿があった。

平次の年下の妻、普通に美人で、普通に常識人で、極普通の女将さん。

「誠次郎さん、恭介さん、いらっしゃい」

「お紺ちゃん・・・どうしたの?」

平次は雪花楼関係に妻を呼び出さない性質なので、こんな所で会うとは珍しい。

「お町っちゃんの代わりに来たんです。お餞別を桃若さんに渡して欲しいと・・・」

そういえば・・・・お町の姿が無い

「お町は?」

恭介が不審に思って訊く。

「寝込んでます、もうショックで立ち上がれないそうですよ・・・」

桃若が女と所帯持つとなると心穏やかではあるまい・・・・

どうして私じゃ駄目なのよ〜〜〜!!!と言いたいところだろう。

「平次経由で渡せばいいのに・・・あいつもややこしいなあ」

誠次郎が笑いつつ席に着き、悠太、宗吾、恭介もそれに続く。

誠次郎の隣に座り、お紺は小声で話す。反対側の隣にいる悠太はそれが気になって仕方が無い。

「誠次郎さん、で・・・これ渡していいものかどうか・・・」

と一冊の本を取り出す・・・・

「なんだい?菊モノかい?」

「いえ・・・桃若さんへの想いを綴った俳句集とか・・・なんとか・・」

そんなものいらないでしょう!と突っ込みたかった

貰ってもどうしょうも無いではないか・・・

「渡さない方がいいんじゃないかい?」

「ですよね・・・じゃ、ご祝儀だけ渡します」

誠次郎は、ご祝儀を準備したのは褒めてやろうと思った。案外まともなところもあるらしい。

「ところで、前から訊こうと思っていたんだけど・・・お紺ちゃんて、なんでお町と友達なんだい?」

「話が合うんですよ〜」

にっこり笑ってそう言う、雪花楼の女将さん・・・・

どこが!?全然合いそうに無いんですが!!!!共通点は何処にあるんだろうか・・・・

「お町っちゃんのあのファッション、私がデザインしたんですよ〜」

それ・・・もしかして、お町で遊んでるんじゃあ・・・誠次郎は怖くなる。

「空想家なんですよ、私もお町っちゃんも。私は内気で表だってはできないけど・・・」

意外だった。

まともの見本であるお紺が、奇抜さを内に秘めていたとは・・・・

お町のプロデューサーがお紺だったとは・・・・

驚きが隠せないまま、誠次郎は笑顔を浮かべていた。

 

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