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悠太は二階に上がり、桃若の部屋の戸を開け、雪乃進を待つ

雪乃進が入ると戸を閉め、下座に座って控える・・・

「雪さま、こちらへ」

一旦座らせて、桃若は酒をすすめる。

「こういうところは初めてだから、ぎこちないなあ」

苦笑する雪乃進に、桃若は微笑みかける

「部屋に上がったら、そんなに礼儀など気にしなくていいですよ。」

「何時からここにいるの?」

「15の時に来て、16で水揚げでしたが・・・18でいきなり大きくなっちゃって・・・」

ふうん・・・雪乃進は頷く

「苦労したねえ・・・桃若さんも」

そういう優しい言葉を掛けられたのは、かなり久しぶりだった。

頑丈に見えるために、いつも ーこれくらい大丈夫でしょー などと言われつづけていたのだ。

「桃若さん、私は男の格好をしていますが、本当は女なんです」

決意して雪乃進は告白を始め、悠太は桃若の反応を息を凝らして見つめていた。

桃若は眉一つ動かさないで聞き入っていた。

「がっかりしたり、嫌いになりましたか?」

雪乃進の言葉に首を振る。

「いいえ、男でも女でも関係ありません。雪さまは私の大事な方です」

雪乃進の顔が明るくなる、そして、さらに語り始めた。

「女の癖に男みたいに強くなりたくて、熱心に剣の道に励んで参りました。気がつけば、性格は男みたいになっていて・・・それなのに、外見は女になっている。外見と心の違いに戸惑ったり、悩んだり・・・諦めたり・・・」

桃若は彼の手を取る。

「判ります。私も、気が弱くて、なよなよしているのに、外見は大男でしょ?色々理解されない事や、誤解される事もありました」

「貴方は本当に、心が綺麗で優しくて、その辺の女の人とは比べられないくらい、魅力的な人です」

「雪さまも、誰よりも強く、優しい立派な方です」

それから、お互いの今までの苦労話に花が咲いた。まるで、主婦の井戸端会議のように・・・・

悠太は、これほどに話が合うとは、もう運命以外の何ものでもないと感じた。よくも話だけで3時間も続いたものだ・・・

「あの・・・もう遅いですから、そろそろお床に・・・」

徹夜するわけにもいくまい・・・悠太はそう助言する

「すみません・・・つい、雪さまもお疲れでしょうに」

桃若は立って内掛けを脱いで悠太に渡し、雪乃進の袴と着物を脱ぐのを手伝い、悠太に渡した。

悠太はそれらを掛けると、寝所の戸を開け、二人が入ると閉める。

 

が・・・・

それからも延々と話し声が聴こえ、かなり話が弾んでいるようだった。

(朝まで話し続けるのかな・・・・)

気が合うのはいいが、いい加減に寝ろと言いたかった。

 

 

しばらくして、平次の部屋で帰らずに待機していた誠次郎の元に、悠太は現れた。

「どうだ?」

「異常に話が弾んで・・・朝まで話し続けそうですよ」

これ以上介、添えも要らないと思えたので、悠太は引き上げてきた。

「寝ないのかい?」

「横になってますから、そのうち寝るでしょう?」

平次は接客で店に出ていて、ここにはいない。

「若先生が女の人だという事を知っても、桃若さんは動じることなく、想いも変わらないといっていましたから、後はそっとしておくしかないですね」

桃若が、悪い男に騙されるという心配も、片思いで終わるという心配もなくなり、誠次郎は一安心した。

「あいつら、問題なしだねえ・・・」

「若旦那も、お疲れ様でした」

おどけて頭を下げる悠太に誠次郎は大笑いする

「お前の方がお疲れだろう?3時間もずっと二人の話、横で聞いていたんだから・・・」

ははは・・・

悠太は苦笑する、しかし、あの二人の傍にいると、悠太自身も幸せだった。

お互いをいたわり、理解できる・・・それが伝わってくる。

「あんなに幸せそうな桃若さん、始めて見ました。私まで幸せな気分です」

 頷くと誠次郎は立ち上がる

「じゃ、帰ろうか?」

悠太も頷いて立ち上がり、誠次郎に続いて部屋を出る。

「おう、帰るのか?」

客の出迎えをしていた平次が振返った。

「問題ないから私達は退散するよ」

笑顔で雪花楼を出た・・・・・

 

「若旦那・・・大先生は、反対しませんかね?」

夜道を歩きつつ悠太はふとそういった。

「所帯持たせたがってんだから・・・反対しないだろう?」

はあ・・・・

道場の婿に入れるのならこれ以上いい条件は無い。

飽きられて捨てられる憂き目もないし、子供を産み育てていけば、そこでの地位は確実に築ける。

桃若なら面倒見もいいから、門下生にもよくするだろう。少し最初は違和感ありありでも、人の良さで切り抜けるだろう。

「私達はもう見守るしかないねえ・・・」

人の世話を焼きつつ、自分達は停滞中・・・そんな気がする悠太。

「なに考え込んでるの〜?」

誠次郎に顔を覗き込まれて、悠太ははっとする。

「いいえ・・・」

羨ましいのかも知れない。桃若たちに比べると自分達の方が遥かに複雑な気がする。

初めは傍にいられるだけで幸せだった。なのに、今、何かが足りないと思ってしまう。

欲をかいたらきりが無い・・・・でも・・・

自分は誠次郎の嫁になる事は無理だし、結局身請けされた陰間達と変わらないことに気付く。

飽きられたら捨てられる・・・そんな不確かなところで漂っているのではないか?

それでも最後は結城屋の手代として残れる。それは確かだが。

「言ってごらん〜ねえ?」

肩に腕を掛けて引き寄せられる

「自信が無いんです、多分・・・」

はあ・・・

誠次郎は立ち止まる。話の意図が見えない。

「愛されているという自信が無いんです」

はははは・・・誠次郎は破顔する

「そりゃ私も同じだ。お揃いだねえ・・・」

お揃い?・・・悠太は顔を上げる。

「何時失うか、怖くて堪らない。大事なものは持つんじゃないね〜」

でも、もう持ってしまったのだ。

「でもさ、悠太。私は愛しているという自信はあるよ。」

ふっ・・・悠太は心が軽くなったのを感じる

愛されているかどうか・・・そう考えると不安になるけど、愛していると とても幸せだった。

桃若も、雪乃進も相手への愛情で一杯だから幸せなのだろう。

愛されたいと思った時点で、もう不安だらけになる。

「若旦那も、たまにはいいこと言いますね」

悠太は誠次郎の背にそっと手をまわして歩き出した

「たまに・・・なのかい?」

「冗談か、”シメますよ〜”という脅ししか言わないでしょう?」

はああ〜〜〜〜大きなため息をつく。

「私は、悠太にはいつも愛の言葉をかけているつもりだけどねえ・・・」

はははははは・・・・

大笑いする悠太、それが冗談でなくてなんだというのか・・・

「そうですか・・・知りませんでした」

「お前がそんなに鈍感だから、愛されている実感湧かないんだろ?」

そうかもしれない・・・傍にいれるだけでいいと思ったのに、一緒にいれば、さらに何かを望んでいる・・・

だんだん、ささやかな幸せでは足りなくなる。麻痺してくるのだ。

「鈍感なんじゃなくて、欲張りなんですよ。」

こうして二人で歩いている事も、本当はとても幸せな事なんだと思い知らされた。

 

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