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「誠次〜!!!」

出がけによった雪花楼で、誠次郎は平次に泣きつかれた。

「人探してくれ」

はあ・・・・

 

詳細はこうだ・・・

夏風邪がこじれた桃若が、医者通いをしていた。

帰りに雨が降り、持っていた傘をさして帰る途中、傘が無くて困っている若い男に出会い、送ってやった。

そして・・・

その男に一目ぼれして今、恋患いの真っ最中だというのだ・・・

 

「送ってやったんなら、家判るんだろ?何処だ?」

「清祥館道場。お前が昔通ってた・・・」

誠次郎が護身術のため6年間通っていた道場・・・

「じゃあ・・門弟かい?どんな人相なんだい?」

「背は低くて、細っこくて、色の白い綺麗な顔の、牛若丸見たいな男。」

はあ・・・・・

誠次郎はあきれる、それは惚れた欲目と言うか、あばたもえくぼなのでは無いか・・・

「大体、牛若丸の人相自体、判るようで判らないですからねえ」

今まで黙って聞いていた悠太もため息をつく・・・

「イメージだよイメージ。」

平次は苦笑する。

「で、見つけてどうすんだ?相手が桃若を受け入れる確率、低いぞ」

誠次郎はかなりシビアである

それは平次も感じていた。

「でもな、名前くらい調べてくれんか・・・」

「まあ、行ってみるけど。ちょうど大先生が倒れて、お見舞いに行く途中だったんだ。」

「そうか・・・」

誠次郎と悠太は立ち上がり、雪花楼を出る。

 

「平次も一難去ってまた一難だな・・・」

歩きつつ誠次郎はため息をつく

「上手くいくといいですね・・・桃若さん」

恋の成就をひたすら祈る悠太

「上手くいかないだろ?普通・・・桃若・・・アレだし」

でも・・・

「そりゃ、性格のいい奴だけど、それを判ってやれる奴はそうそういない。ましてや、聞けば相手は、

優男で色男風じゃないか?きっとそれは遊び人だぜ・・・そんなのにひっかかっちゃ、桃若が傷つくだけだ。」

誠次郎の言葉はありえなくは無い。悪い男に騙されるのだけは避けたいと思う悠太だった。

「どんな人なんでしょうね・・・」

 

清祥館道場に着くと稽古中だった。

傍にいた門下生に訪問の旨を告げると、彼は師範代を呼んだ。

「結城屋の誠次郎さん・・・お久しぶりです」

髪を後ろに高く結い上げた優男が、微笑みつつやってくる・・・

あれ・・・・牛若丸・・・・・

誠次郎と悠太は顔を見合わせた

本当にいたのだ、桃若が言ったとおりの男が・・・・

「お忘れですか?雪乃進です」

あ・・・・

道場には先生の実子がいて、幼いながらも熱心に素振りを繰り返していたことを思い出した。

「あ・・・あの雪坊?」

ははははは・・・・

さわやかに笑う雪乃進

「そう、雪坊です。」

 

「父上、結城屋さんがお見えですよ」

そういって部屋に入り、勝之進を起こした

「おお、誠次郎・・・もう立派な結城屋の旦那だな。」

少しやつれてはいたが、昔どおりの豪快な剣豪だった。

「大先生、お具合はいかがですか?」

「いや、少し無理したら・・腰をやってなあ・・・」

はははは・・・

しかし、かなり辛そうだった。

「若先生、お茶をお持ちしました・・・」

門下生が茶を持ってきて、出て行く・・・

「お前も稽古に戻りなさい」

勝之進の言葉に雪之進は頷き、会釈をして出て行った。

「あの雪坊が・・・大きくなりましたね〜」

誠次郎が笑うと、勝之進はため息をつく。

「あいつは道場を継ぐ気だ、確かに剣の腕前は免許皆伝だが・・・」

「何か問題でも?」

「婿をとる気も、嫁に行く気も無いというのだ」

「え?」

耳を疑う誠次郎

「今なんて・・・」

「女なんじゃ、あいつ。本名は雪乃」

ええ〜〜〜

声も出ない

「道場に生まれたからかのう・・・昔から侍に憧れて、男のなりをして・・・名前まで男の名前にして、あの始末じゃ。

ワシは道場で一番の使い手を婿にとって、継がせるつもりだったが、男は嫌いじゃと言うのだ。さらに、道場は自分が継ぐと・・・・

何とかならんかのう。不憫な子じゃ」

 

「若旦那、男嫌いじゃ、桃若さん駄目ですね・・・」

部屋を出て玄関に向かう途中、悠太が誠次郎にささやく

「そうか?かえっていいんじゃないか?桃若、乙女だし」

・・・・・・・・

そこへ稽古を終えた雪乃進がやって来た、

「誠次郎さん、チョットいいですか?」

そういって客間に通された・・・・・

 

「誠次郎さんは顔が広いお方なので、お聞きしたいのですが・・・」

確かに、女と思ってみれば、女だ。

背の低さ、華奢な体型、顔立ち・・・男にしては不自然だった。

しかし・・・

眼差し、身のこなし、話し方・・・男より男らしい。

「実は、2,3日前に気立てのいいお嬢さんをお見かけして、ずっと気になっているのです・・・」

女が気になる・・・

誠次郎と悠太は顔を見合わせる・・・

雪乃進は袂から手ぬぐいを取り出す

「雨に降られて立ち往生していた時に、傘をさしかけて、ここまで送ってくれた優しい娘さんがいるんです。肩が濡れていると

手ぬぐいを貸して下さったんですが、返し忘れて・・・これ、お返ししたいんですが、何処の誰かも判らず・・・」

もしかして・・・・・

一縷の望みをかけて、誠次郎は訊く。

「どんな娘さんでしたか?」

「背が高くて、恰幅のいい方でした。見た目はとても逞しげなのに、話し方や仕草はとても儚げで・・・そのギャップがまた

なんとも言えず愛らしくて・・・」

どんだけ!!〜〜〜〜〜

誠次郎と悠太は言葉をなくす。

「着ているものからして、大店のお嬢さんではないかと・・・一目お会いしてお礼が言いたくて」

「もし、その方が若先生に一目ぼれしていて、お付き合いしたいと行ったら・・・どうされます?」

一応聞いてみる誠次郎だった。

「そんなことはありえません。私なんか男のなりそこないで、愛されるはずなんか無いんですから」

「それと・・・男はお嫌いとか・・・」

 「苦手なんですよ、父上は所帯を持てと言うけれど、男に侍って暮らすなんて・・・私は、心は男なんですから。」

・・・・ここに男前な女がいる。

雪花楼には乙女な大男がいる・・・・

カオス状態に巻き込まれた誠次郎と悠太

「その探し人が、どんな身分の人でも軽蔑しませんか?たとえば・・・遊郭にいる人とか・・」

「軽蔑なんてしません、が・・・お会いするのは難しそうですね。」

とても会いたいという雰囲気が漂っていた・・・

「お客で行くのは?」

「あの方を金で買うなんてとんでもないことです。失礼じゃないですか!それに・・・私は、男じゃないから・・」

顔を赤らめて俯く雪乃進・・・・

うなる誠次郎・・・・

「正直にお話しますと・・・実は私は貴方の探し人から、貴方を探して欲しいといわれて、お見舞いのついでに牛若丸に似た凛々しい

若侍を探していたところでした。あちらが会いたがっておられますので、会ってあげてください」

え・・・・

顔を上げる雪乃進

「あの方が・・・私を探していた?」

「若先生さえよければ、話つけましょう。廓で会うのがなんなら、結城屋貸しますよ。」

「本当ですか!ぜひ、お願いします。早く会いたいんです」

・・・・・・・・・・・・・・・

これは・・・上手くいったんだろうか?複雑な思いで二人は道場を後にした・・・・

 

 

とりあえず、雪花楼に戻り結果報告をする。

桃若も呼んで・・・・

「桃若さん、確認しますが、あの日その人に手ぬぐい貸しましたか?」

悠太が慎重に話し出した

「買ったばかりの桜の花弁が散っているやつよ・・・・」

間違いない。雪乃進が持っていたものと一致する。

「相手は、清祥館の若先生で、成美雪乃進。桃若さんに会いたがっています。会いますか?」

長い沈黙の後、桃若は決意したように顔を上げた。

「ええ、もう一度、逢いたい。」

 

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