27

 

もう夏本番の雪月楼。軒につるした風鈴が涼しげに音を奏でる。

「恭さん、花火だよ」

桔梗が窓から顔を出す

「ああ」

ひょろりと背の高い桔梗は、夜空を見つめる。

女みたいな男は要らない、恭介は女が苦手なのだ。

弱弱しい輪郭より、力強い輪郭を好む。

歳若い陰間は苦手だ、女子供は基本的に萎える・・・

自分は弱い、何かを守る事など出来ない。事実、最愛の主君も守る事が出来ずに死なせてしまった。

だから、守らなくてもいいものが欲しかった。

「今日はゆっくりしていけるんでしょ?」

「ああ」

言葉がなくてもいい相手。

お袋みたいな包容力がある桔梗・・・この気兼ねなさに恭介は、なじんでいた。

心地がいい、ここに来るのは性欲処理なんかじゃない。

ただ、逢いたくて・・・・

ふっ・・・不意に笑いがこみ上げる。

(そんなことを言ったら、こいつは信じるだろうか・・・)

しかし、恋しい。この男が。

「ねえ、あちこち別れたんだって?」

そう言いながら、桔梗は恭介の隣に来て座る。

「うざいからさ」

「私は?」

そう言って恭介の杯に酒を注ぐ

「うざくないの?」

「お前は、本命だから」

ふふふふふ・・・・

「相変わらず口うまいねえ・・・」

「うまいのは口だけか?」

「さあね・・・」

そういって肩にもたれてくる桔梗。

「こういうところでの遊び方も、粋で上手いよ」

恭介はがっつかない、部屋に上がるとまず、ゆっくりと会話を楽しむ。

「そんな俺の事、色ボケとかいう奴がいるんだぜ」

ああ・・・

「結城屋の若旦那?振られたんだって?」

「落ちなかったな、あいつ」

「悠太がいるじゃない・・・」

そうだよな・・・・・

でも、なんとなく誠次郎だけは欲しかった。ないものねだりかも知れないが。

「もう、お前しか残ってねえんだよ・・慰めとくれ・・・」

(私だけ・・・残ったの?)

桔梗は恭介を見上げる

いつも、恭介は自棄になっているように見えた。

しかし今は落ち着いた。

「何があったの?」

「思い出にした・・・」

え・・・・

瞬間、桔梗は恭介に抱えられた

「過去を、思い出にしたんだ・・・」

そのまま奥の寝所に入る

「お前は俺の事捨てるな」

布団の上に下ろされ桔梗は笑う

「捨てないよ」

誰かの身代わりなのは知っていた。それでも構わなかった。

初めて恭介が雪月楼に現れて、目が合った瞬間、何かを感じた。

それ以来、彼は客としてくるようになった。他の陰間に浮気する事もなく、自分の所にだけ通った。

内掛を脱いで掛けると桔梗は帯を解き、襦袢姿になると恭介の後ろに立ち、恭介の帯を解く

「恭さんが私を捨てても・・・私は捨てないよ・・・」

 「お前は、そういう奴だ」

いつからか、二人は売り物と、買った者の関係を逸脱していた。

恭介には、桔梗は陰間ですらない。ただの、廓にいる恋人・・・

使い捨てな相手ならいくらでもいた、そしてそれが虚しくて別れた。

結局は、桔梗だけでいい。それが結論。

恭介の着物を掛ける桔梗を、恭介は後ろから抱擁する。

「宗吾・・・」

白井宗吾・・・桔梗の名前。生まれは武家だった・・・

下級武士だった父が浪人となり、他界して桔梗はここまで流れてきた。

 恭介はいつも閨では、その名を呼ぶのだ。

もともと恭介は源氏名を好かない。儚い女々しい響きを嫌う。それが桔梗には不思議だった。

しかし・・・名前で呼ばれると錯覚してしまう・・・

自分は恭介の恋人ではないかと・・・

「女みたいな襦袢脱げよ」

実は女装した男も萎えるのだ。

襦袢も取られて骨ばった裸身が現れる。女には無い硬さ、こういうものしか愛せない。

 「次は若武者のコスプレでもしようか?」

桔梗は恭介を振り返ると、その胸に顔を埋める

「おお、それいいねえ・・・」

「変わった人だ・・・・」

褥に横たえられながら桔梗は笑う

「でも、お前は色々着飾るより、そのまんまが一番綺麗だ」

「ほんと、口うまいね、詐欺師」

「茶化すなら、その口塞ぐぞ」

言うが早いか重ねられる唇。

(恭さんは本当に可愛い・・・)

客には惚れるなと言われていたのに、惚れてしまった自分・・・

いずれ来る終わりを見つめつつ、桔梗は沈んで行く・・・

 

 

 

「なあ、お前とは本気だって言ったら信じるか?」

隣に横たわっていた恭介が、不意に桔梗の方に顔を向けてそう言った。

情事の後の睦言と桔梗は笑い飛ばした。

「恭さんに本気なんてあったの?」

いつも、誰かの影があった・・・・

「もう、死んだ人を追いかけるの、やめたいんだ。お前はあの人の代わりなんかじゃない。」

「代わりでもいいよ・・・代わりになってあげる」

それでいい、所詮、金で買われた身・・・・

「俺さ、今回あちこち整理しながら感じたんだ、お前だけは失いたくないと。」

涙が溢れる・・・・

嘘でも、恭介にそう言ってもらえたのが嬉しい。

「大事なんだお前が。」

客は皆そう言う、お前だけと・・・・

しかし、他所の廓で他の陰間を買っている・・・そしてその陰間にも同じことを言うのだ。

「嘘でも嬉しいよ。」

「おい!」

恭介は怒ったように桔梗を抱き寄せた

「信じろよ、嘘じゃねえよ。よく聞け!お前を身請けすることにした」

「え・・・・」

桔梗は驚いて顔を上げる

「どうしたの・・・急に?ていうか・・・私なんかを身請けして、どうする気なの?」

「一緒に暮らすんだ。心配するな、俺は自炊できるからお前に飯作れとは言わない」

そんな話じゃない・・・・・

「何で、一緒に暮らすの?」

「俺が来ない間、客が来れば、お前は他の男とこうしてるんだろ?」

「まあ・・・そうだけど」

「他の奴に取られるのは嫌だ」

・・・・・・・・

沈黙が流れた。

「それって・・・嫉妬?」

「そうとも言う」

まさか・・・・・桔梗は信じられない

「私なんか、何の足しにもならないよ」

「いるだけでい。最近職人として腕を上げて、生活の見通しはついた。お前一人くらい食わせてやれる」

「恭さん、おかしいよ今日は。」

「おかしくない、考えとけ」

 

 

「恭介がお前を身請けすると言ってきたが、受けるか?」

2,3日後、平次に呼び出された桔梗はそう告げられた

「本当だったんだ・・・」

「あいつ、今度はマジだぞ。」

「受けません」

「何で?」

平次は知っている。桔梗は恭介に惚れていることを・・・

確かに客は愛せといったが、惚れてはいけない。

そんな事になると、貢がされて捨てられるのがオチだ。

しかし・・・惚れてしまった・・・それを必死に、桔梗は隠していた・・・

「お前の気持ちは知っている、恭介は間違いないから受けろよ。」

「厄介ものになりたくないんです」

馬鹿・・・・・

平次は俯く。

相手のことを気遣うあまり、自分を卑下している桔梗が不憫だった。

「私なんか、置きものにはいいかもしれません。でも、それだって三日たてば飽きます。

あの人の足手まといになりたくないんです」

ふう・・・・

ため息をつきつつ平次は諭す

「役に立つから、お前が欲しいんじゃないんだ、あいつは。お前に傍にいて欲しいんだろう?

でも、そんなに役に立ちたきゃあ、役に立ってやれよ。」

無言で、力なく出て行く桔梗の後姿に、平次は苦笑する。

真面目すぎるんだよな・・・あいつ。

 

 

自分が惚れた相手に対して、自信がないのも困る。

誠次郎といい、桔梗といい・・・・決断をすばやく出せないでウジウジしている・・・

(世話かけさせやがって・・・)

あれだけ、物に成り下がるなといったのに・・・・

何の罪もない、ただ・・・貧しかっただけで売られてきた、ここで血の滲むような訓練の果て、座敷に上がる。

(桔梗、お前は今まで、ここで生き残ってきたんだぜ、自信持てよ・・・)

桔梗は本当に恭介のことを思っているのだ。

思いすぎて、臆病になってしまったのだ・・・・

 平次は思い立って立ち上がった。

 

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