23

 

次の日、結城屋から少し離れた蕎麦屋に、誠次郎は恭介を呼び出した。

「ああ、中伊悠太郎か。覚えてるよ、若君が殺害されたって聞いて潜伏させて調べさせたら、

その若君の首は。悠太郎らしいって言うじゃないか。9歳のガキが天晴れだよな。」

蕎麦をはさんで向き合う。誠次郎と恭介。

「で、いきなりなんだ?」

「昨日、悠太から聞いた」

ふうん・・・

あの事は。悠太の最大の痛みだ。それを誰かに話したとは・・・

「まあ、悠太郎のお蔭で、表向きは若君は死んだ事になってて、追っ手から逃げ回る苦労もなくなったって、

お鶴が言ってた。あの女も気丈な女だった。自分の息子死なせても泣き言一つ言いやしなかった。

捕まっても最期まで、悠太郎が若君だと言い張った・・・鳴沢公が見込んだ乳母だけはあるよな・・」

そう語る恭介は、鋭い刀のような面持ちをしていた。

昔、主君に仕えていた頃、彼はこんな表情をしていたのかも知れない・・・

「俺と連絡とったのがバレて、お鶴が捕まったんだから、お鶴 殺したのは俺かもな」

影では内山恭介は、一番の危険分子としてマークされていた。

刀を捨て、髷を町人に変えた今さえ、油断させる為のポーズだと思われているらしい。

「すまねえ。こんな話して、蕎麦食えや」

話が話だけに蕎麦を食べる雰囲気ではなかった。

しかし、箸をとる恭介。誠次郎もそれにつられて箸をとる。

「悠太を解放できるのはお前だけだし、お前を解放できるのは悠太だけなんだ。それ、自覚しとけよ」

何処か微妙に変わった恭介。

生きる指針を見つけたとでも言おうか・・・

「しっかりしてきたなお前。」

悠太に・・・若君に会ってから変わったのか?

「お前も、しっかりしろ」

最近恭介は、からくり屋の金造のところに通っている。耳飾りの、ばねの細工を向上させるつもりらしい。

はさみ方が弱いと落ちるし、強いと耳たぶが痛くて、長時間の使用が無理・・・

そんな苦情を一身に受けて、只今改善中である。

「じゃ、俺、金さんとこ行くわ」

そういって先に立って行った。

 

 

初めて出会ったとき、悠太の強い眼差しに魅かれた。

武家の家柄だったからか、血の匂いがした。死線をかいくぐってきた殺気があった。

少し退廃的な潔さ、それが美しかった。高々10歳の子供に、高貴なものを見た。

そんな悠太が自分を慕ってくるのを感じると、堪らなく魅かれた。

誰にも関心のなかった自分が、寝ても覚めても悠太の事ばかり考えるようになった。

今だって、横に悠太がいない事がもどかしい。

(これ、病気じゃないか?)

誠次郎は蕎麦屋を出て歩き始める。

(しっかりしないとね・・・)

悠太に頼りっぱなしの自分が情けなかった。

 

 

「若旦那、お帰りなさい」

台所で悠太が、ももじに昼食を与えていた。

「ねこまんま、よく食べますよ、ハラへってたのかな・・・」

「怖がりですね、この猫。悠太から離れようとしないんです」

お峰が昼食の善を片付けながら言う。

「いじめられ猫だから・・・」

そういいつつ、誠次郎がかがむと、ももじは顔を上げてにゃあと鳴いた。

「よかったね、悠太がメシ食わしてくれたんだね」

「若旦那・・・お食事は?」

お峰の問いに誠次郎は笑って答える

「恭介と食ってきたから。」

「恭介さんと会っていたんですか?」

ももじに水を運んでやりながら、悠太が訊く

「うん、あの例の耳飾りさ。苦戦しているよ」

にしても・・・恭介は手先が器用で、頭もかなりいいらしい。鳴沢公が寵愛するだけのことはあるのかもしれない。

「遊ぶ暇もないって愚痴っていた」

世間の噂では、あちこちにいた愛人を整理したらしい。

「若旦那、恭介さんの事、ありがとうございます」

拾ってくれて・・・打ち込める仕事を与えてくれて・・・悠太は今の恭介が好きだ。やっと歩き始めた恭介が・・・

「ありがたいのはこっちだ。あいつがいないと、結城屋は成り立たん」

はははは・・・・

悠太は明るく笑った

その笑顔がとても愛しくて、誠次郎は切なくなる。

「店に出ますね・・・」

悠太の後ろ姿を見つめつつ、お峰は呟く

「悠太っていい子なんだけど、私達に甘えてこないんですよね。まだ15じゃないですか。なんだか不憫で・・・」

そう・・・悠太に甘えているのは自分・・・

悠太は総てを背負って立っている・・・

誠次郎はももじを抱き上げて苦笑する。

「主人が頼りないから、頼れないんだ・・・きっと・・・」

時々、悠太が誠次郎の胸に顔を埋めて泣く時、自分が一番近くにいるという実感を感じ、幸せになる。

他人には見せない部分を見せ合いながら、距離を縮めて、さらに互いの奥深くに入り込もうとする・・・

「でも、若旦那には、心開いてるように見えますよ」

賄い頭のお峰。

ここでは一番古株だ。病に臥せっている夫の代わりに、生計を立てている。

先代の頃からいるため、結城屋の事情を知るものの一人である。

「なら、いいねえ・・・」

笑いつつ去って行く誠次郎に苦笑しつつ、仕事に戻る。

「若旦那って、つかみ所無い方ですよね」

新入りのおみつが洗いものをしながら言う

「優しそうでいて、腹黒で・・・自分の胸のうち見せないし・・」

「幼い頃、色々苦労したらしいわ。若旦那を怒らせなきゃ、害は無いから大丈夫よ。あ、さっきいた丁稚さん、悠太ね。

若旦那のお気に入りだから、必要以上に近づいて、ちょっかい出したとか思われないようにね。」

はあ・・・・

おみつは曖昧に頷いた。

 

 

「源さん、伊勢屋にお瑠依ちゃんとの縁談、なかった事にするよう言ってくれないかな。」

昨日の今日、いきなりな発言に源蔵は驚く

「何かあったんですか?」

じいっ・・・・・

誠次郎は源蔵を見る

「源さんが悠太に知恵つけたんだろ?」

え・・・・・

苦笑する源蔵。

こんなに効果てきめんとは・・・・

「いや〜私をとるか、お瑠依さんをとるかどっちかにしてください。なんて迫られちゃあ・・・もうねえ・・・」

などと惚気ている・・・・

(なんにしてもよかった・・・)

源蔵はほっとする。

「でも、伊勢屋が納得するかどうか・・・」

それが問題である

これは誠次郎が生まれる前に、親同士で決められた事。

「若旦那は実は不能者でした〜とか言っときな〜」

ぶっ・・・

飲んでいた茶をふいた源蔵・・・

「まさか・・・それ、本当の事じゃないんでしょうね」

手ぬぐいであたりを拭きつつ源蔵が呟く。

「お前がそんな事に関心持ってどうする?余計なお世話だよ〜」

「や、気になるんですが・・・」

「気にするな〜」

大笑いで立ち去る誠次郎・・・・

何処まで冗談なんだか・・・・あきれる源蔵。

 

TOP     NEXT

 

ヒトコト感想フォーム
ご感想をひとことどうぞ。作者にメールで送られます。
お名前
ヒトコト

 

 

inserted by FC2 system