22

 

 夕方、誠次郎はいつの間にか、帰って来ていた。

「悠太〜外には出てないね?」

布団を敷いている悠太の後ろで、猫と遊びながら誠次郎は笑う。

「その猫は何ですか?」

「拾った。クソガキが、寄ってたかっていじめてたから救出したんだ」

ああ・・・

昔、誠次郎は可愛がっていた猫を、誠太郎に取り上げられた事があると源蔵は言っていた・・・

誠太郎は猫に飽きると、それを近所の子にあげてしまった

それ以来、若旦那は猫も犬も飼わないのだと・・・

 

布団を敷き終えて、悠太は、誠次郎の腕の中の猫を覗き込む。

「三毛ですね。まだ小さいですよ。飼うんですか?」

「うん、源さんは煩がったけど、店に入れなきゃ大丈夫だろう。」

「籠とかあればいいですね。猫にはかわいそうだけど・・・」

誠次郎は何処からか籠を出してくる。ちょうど猫が入っても充分な大きさの籠・・・

「これあるから。」

かなり古い・・・

(もしかして、これは昔、飼っていた猫の?)

「うろうろして怪我でもしたら、いけないから、すまないね・・・」

と猫をその籠に入れる。そして、蓋の部分をヒモで結わえた。

「お休み」

底の部分には座布団が敷かれてある。

「名前は何にするんですか?」

すぐにすやすや眠り出す猫を見つめつつ、悠太は訊く

「ももじ。桃太郎の2代目だから桃次郎で、略してももじ。」

失った猫は桃太郎だったらしい・・・・

「オスですか?」

「いや、メスだ。」

え・・・・・・

「でも、こいつは桃太郎の生まれ変わりかもしれない。そんな気がする」

そう言う誠次郎の瞳は、子供のように純粋だった。

お瑠依に向けたものとは、似ても似つかない優しい目をしていた。

「若旦那、もうお瑠依さんとは別れてください」

はははは・・・

大爆笑の誠次郎。

「それは嫉妬かい?」

(この場に及んでも、そういう冗談をかますんですか・・・)

悠太はあきれる

「そうです、若旦那が若い女の子とデートするなんて許せません。私をとるかお瑠依さんをとるか

どちらかにしてください!」

仕方なく話をあわせたりしてみる・・・・

しかし・・・誠次郎の顔から笑いが消えた・・・

「源さんの差しがねかい?復讐だとか、八つ当たりだとか言ってたろう?」

「若旦那!若旦那に幸せになってもらいたいから言っているんです。お瑠依さんといる時の若旦那は

苦しそうです」

ふう〜

ため息をつき誠次郎は布団に入る

「悠太、私の中の修羅を治めてくれないか・・・」

苦しんでいる・・・誠次郎自身、苦しんでいた。人を傷つけながら苦しんでいた。

哀しい・・哀しい・・・悠太は涙を流す。もうこの人が苦しむ姿など見たくは無い・・・・

「若旦那・・・」

悠太は、誠次郎の横にかがんで彼を抱きしめる。

「私が、愛しますから。若旦那が昔、受けられなかった愛の何十倍も、愛しますから・・・

だから・・苦しまないでください」

「何故、お前は綺麗なんだろう・・・廓に売られたんだぞ、そこで、逆恨みされて、

火傷負わされて・・・恨まないのかい?憎くは無いのかい?」

悠太の夜衣の襟に誠次郎の涙が滲む

「若旦那がいてくださったから・・・廓にいたから貴方に逢えた、火傷を負ったから、私は今、

こうして貴方を抱いている・・・だから何も恨みません」

 そうなのか・・・・

(お前に逢えたことを・・・お前に逢うまでの道程を感謝すべきなのか)

「それに、私は誰かを恨む資格などありません、恨まれるべき人間なのです・・・」

悠太・・・・

誠次郎は悠太の肩を掴んで、少し身を離すと悠太の顔を覗き込んだ。

「貴方と私は良く似ています・・・私も、この身に、死んだ悠太郎の魂を背負って生きているのです」

「悠太郎?」

「私の乳兄弟で、お鶴の息子です。まだ10歳にもならない身で、私の代わりに

鳴沢冬馬の替え玉として死にました。− 生きてください ーそれが悠太郎の最期の言葉。

だから私は、何があろうと生きなければならないのです」

悠太のそれは、誠次郎の呪縛とは意味が違っていた。

悠太郎は悠太を縛るのではなく、守っている・・・そう感じた。

「だからお前は強いんだな、二人分強いんだ。」

かすかに首を振ると、悠太は誠次郎の胸に顔を埋める・・・

「お鶴は、自分の息子が目の前で斬られても、涙一つこぼしませんでした、ただ、天晴れだと。

そんな彼女が私には恨めしかった、何故、なじらない?息子を返せと怒ればいい・・・

なのに・・・それから私は、悠太という名に変えて、悠太郎の分まで生きる事にしました。

どんなに辛くても生きることにしました。この命は悠太郎の物だからです」

誠次郎の手が悠太の髪を撫でる

「誰もお前を恨んじゃいないよ、その子はお前を愛していたのだろうね・・・」

え・・・

悠太は顔を上げる

「お前を失う事より、自分が死ぬ事を選んだんだ。忠義や大儀、そんなものでなく、お前が大事だから・・

ではなかったか・・・」

 

ー鳴沢冬馬を出せ、二人のうちのどちらかという事は判っているんだぞー

あの時・・・

追っ手に追い詰められ、前に出ようとした自分を、悠太郎は引きとめた

その瞳は笑っていた。強く握られた手のひら、ささやく声・・・

ー生きてくださいー

 

「馬鹿だ・・悠太郎は馬鹿だ、私なんかのために笑って死んでいくなんて・・・」

零れ落ちる涙を、誠次郎は拭いつつ微笑む。

「羨ましいよ。そうして永遠に、お前の中に自分の居場所を得たんだから。

お前は悠太郎を忘れる事は無いんだから・・・・・ずっと、彼はお前を支えていたんだね。

悠太郎が、お前と私を出会わせてくれたのかも知れない・・・」

 

(若旦那・・・どうすれば貴方の重荷を取り去れるのでしょうか・・取り去れないなら、

せめて供に担いたい。)

誠二郎が背負ったものの重さはおそらく、悠太の比ではないはず・・・

「お前に恥ずかしくない生き方がしたい。私は今、そう思うよ」

悠太は一瞬、想いが通じたような気がした・・・

「若旦那・・・」

「お前がこうして抱いていてくれるだけで、毒気が抜けていく気がするんだ」

最初は母親の代わりかと思っていたが、違う。ただ頼りたい、そんな想いではなく、

守れる自分になりたいと思う。もっと強くなりたい。悠太のために・・・そう思える。

「お前は不思議な子だ。私を強くする・・・」

「若旦那は弱くなんかありません。最悪の環境で頑張って来られたじゃないですか・・・

それに、周りに目を向けてみてください。大番頭さんは若旦那の事本当に心配しておられるんですよ。

若旦那は一人じゃないんです」

ああ・・・・

心さえ開けば視野は開ける・・・

それが信じられる。今は。

 

TOP     NEXT

 

ヒトコト感想フォーム
ご感想をひとことどうぞ。作者にメールで送られます。
お名前
ヒトコト

 

 

inserted by FC2 system