21

 

その日は、お瑠依が誠次郎をさらって、朝から何処かに行ってしまった。

誠次郎は源蔵に、悠太を店の外に出すなと厳重に言いつけて出ていった。

悠太にも、ー今日外に出たら絶交だー と脅していた。

 

(何で絶交宣言までしていくんだろうか・・・そんなに心配ならデートしなきゃいいのに。)

悠太は少し不服だった。

誠次郎にとって、お瑠依はどんな存在なのか・・・

(結婚する気ないなら、はっきり断らないと、後でお瑠依さん傷つくのに・・・)

心でぼやきつつ、昼食をとっていると、源蔵がやってきて、話があるから客室に来いと言って来た。

悠太は昼食を早めに切り上げて、客室に向かう・・・

 

「若旦那がいないうちに、お前に訊きたいことがあるんだ」

と客室に来た悠太に、茶を差し出した

「若旦那とは何処まで・・・」

「大番頭さんの思っているようなことはありませんから」

がっかりしたように源蔵はため息をつく。

「お瑠依ちゃんとも・・・無理だよな・・・」

それは悠太も確信している。

表面的には優しいが、かなりバリアーを張っているから・・・

「お前が誘っても駄目かい?」

(何それ!何のために?)

悠太は腰を抜かす

「何で、3年も同室して、何も無いんだ?」

(いや、大番頭さん、思考がおかしいよ!)

固まってしまった悠太に、とどめを刺す源蔵。

「若旦那、もしかして、全然駄目なのかな・・・」

どひゃ〜

(そんな事ほっとけよ!)

再起不能な悠太

「いや、もう後継りなんて、どうでもいいんだけどさ・・・」

「何が心配なんですか・・・」

「愛情面の欠落と言うか・・・情緒の不足と言うか・・」

ああ・・・

悠太は頷く。この人は”親”なのだ。

「誰か、供に生きる誰かがいないと、心配なんだよ・・・」

悠太は源蔵に笑いかける。

「必ず、そういう関係になってこそ、特別になれるってものでも無いんじゃないですか?

はっきり言って、体の関係なんて金で買えちゃうんですよ。情を結んでこそ本物でしょう?」

判っている・・・判っているが・・・

「情だけでいいのかい?悠太は」

え・・・・

核心に迫られている。

「このままで満足するかい?」

確かに一抹の不安があるのは事実だが、思いっきりどうこうなりたい思いも無い。

「大番頭さん、そのままを受け入れたらいいと思いますよ。形じゃないでしょう。」

100人いれば100通りの愛がある。型に嵌めることは無い。

「お前は大人だねえ・・・若旦那よりしっかりしてるってどうなんだ?」

「そんな事ありませんよ。ただ、一時期、大人の世界に押し込められて耳年増になってるんですよ」

そういって笑う悠太から目をそらして、源蔵は呟く。

「誠太郎さんは若旦那を愛していたんだ・・・・憎みながら・・・ね」

悠太の顔から笑いが消える・・・

「若旦那はもう一人の自分。なりたくて、なれなかったもう一人の自分。

ねじくれた愛情で、若旦那を傷つけながら愛していた。あの夜、誠太郎さんは・・・」

あの夜・・・

源蔵が何を言おうとしているのか、判る気がして悠太は目をそらす。

何かあった・・・誠太郎と誠次郎の間に・・・

「あの夜、大旦那様はようやく高価な高麗人参を手に入れて、誠太郎さんに煎じて持って行った。

少しでもよくなるかも知れないと・・・直接運んでやりたいと・・・」

「源蔵さんも・・その場に?」

「ああ、私はその煎じ薬を持って、大旦那様の後ろに付いていた。」

空気の流れが変わった・・・・

これ以上聞くべきではない気がした。

「若旦那は、誠太郎さんに食事の善を運ぶのが日課だった。だから、誠太郎さんの部屋に若旦那が、

その時いても不思議はなかった。ただ・・・そのときの二人の光景は・・・」

悠太は以前、平次に誠太郎と誠次郎が何かあったのか訊いた事がある。

心配で、気になって・・・おそらく今、源蔵はその時の話をしようとしている。

聞くべきでは無い気がした。あんなに気になっていたのに・・・

「悠太、聞いてくれ。これが原因なんだ」

この話を、源蔵はしたかったのかもしれない。悠太に誠次郎を解放させようと・・・

ゆっくり息を吐いて、悠太は顔を上げる

「大番頭さんは、何を見たんですか?」

「若旦那の上に馬乗りになっている誠太郎さん、首に手がかけられていた。だから、大旦那さんは

誠太郎さんが若旦那を殺そうとしていたと思った。」

「違ったんですか?」

「顔が・・・誠太郎さんの顔が若旦那の至近距離にあった。あの姿勢で首を締めようっても力は出ないはずだ。

もっと、上体を起して締めなければ・・・」

悠太の瞳から涙が流れた

「そのこと、大旦那様には?」

源蔵は首を振る。

「そんな事言えるか・・・長男が次男を襲っていたなんて・・・首絞めていたほうがまだましだろう?」

口をつぐんで、そういう事にしたのだ・・・

 どちらにしても東五郎にしては衝撃だ。政略結婚の末の子だとしても、病弱で不憫な我が子を

東五郎は愛していた。誠太郎が誠次郎に対して辛くあたっても、叱れなかった。負い目があったからだ。

「そのことがあってから、誠太郎さんと奥様は御実家に帰された。病気療養という名目だったが・・・

実質上は離縁だ。結城屋の後継りに手をかけたとあっては、それも当然だ。」

 

ー無理だよ私は。誰かを愛することなんて出来ないんだ。ー

ー愛してはいけない。誰も・・・愛される事も無い・・・呪縛されているんだ。ー

ーこの身は誠太郎兄さんの物だから。ー

 

 

源蔵の見解は正しい。

誠次郎は兄に、一方的な愛で呪縛された。

これで平次の話と繋がる・・・

「大番頭さんは・・・二人に何があったとお思いですか」

「さあ・・・若旦那の着物に乱れはなかった。といって何もなかったようでもない・・・」

源蔵は断定はしないが、悠太は頷く。

それでか・・・・

 「なんとなく、それを聞いて大番頭さんの心配が、何かは判りました。でも、無理強いは出来ませんし、

見守る事しか出来ませんよ・・・」

ため息の源蔵・・

「判っているんだ、だが・・今日だって、お瑠依ちゃんと連れ立っていく若旦那の目、見たか?

氷のように冷たいんだ、笑っているのにだ。若旦那は軽蔑してるんだ。」

「お瑠依さんを?ですか?」

「お瑠依さんの延長線上にいる継母、お冨美さんをさ。復讐ともいえるな」

まさか・・・

しかし、確かに誠次郎はお瑠依の言いなりだった。

気になるのは冷めた瞳・・・

「愛されてるなんて錯覚なんだぜ、いい気になるのも今のうちさ、そんな風に聴こえるんだ。心の声が。」

悠太はぞっとした。

確かに、お瑠依の事を思えば、早めに諦めさせるべきだ。

いい顔しておいて、後でふるなんて酷すぎる・・・それが、わざとだとしたら?

「若旦那は自他共に認める腹黒だ、お前には害は無いが、お前以外の者には容赦なく牙を剥く。

長年のお冨美さんへの恨みが、同じ立場のお瑠依ちゃんに向かってても不思議じゃない。」

「お瑠依さんには何の罪も無いのに」

「お冨美さんの実家の萩野屋はもう無いよ、若旦那が商人組合を通してシメた、暖簾下ろしたよ。」

きっと、後で後悔する・・・悠太はそう思う。

自分が不幸な時は、人の不幸を願ってしまうかもしれない、しかし・・・

心に平安が訪れた時、過去の罪は足枷となり、自ら幸せ受け入れられなくする・・・

「若旦那の自己防衛的な攻撃は、まだ良しと出来ても、八つ当たり的な攻撃は、若旦那のためによくないと思うんだ。」

人を呪わば穴二つ・・・

判っていて誠次郎は、自分を粗末にしている・・・

「容赦なく人を斬りつける抜き身の刀を納められるのは悠太、お前しか無い。若旦那の鞘になってくれ」

「出来るかどうかは分かりませんが、私も、この状態がいいとは思えませんから、最善は尽くします」

やはり、源蔵は誠次郎をよく見ている。

誠次郎に愛される事しか頭にない自分を、悠太は恥じた。

 

しかし・・・

何処まで似ているのだろう・・・

 

悠太は庭に目をやる。

死んだ誰かを背負いながら生きている事まで同じだ・・・

だから、出会ったあの時、一目で魅かれたのかも知れない。

 

(若旦那・・・・)

きらきらと池が陽に反射していた・・・・

 

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