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 「なんか、悠太さん、また背が伸びましたね」

一緒に店の前で掃除をしていた嘉助がふと、そう言う。

一つ年下の、悠太の補佐役の彼は、悠太に追いつきたい一心で、総てを比べてしまう癖があった。

「どんどん追い越されちゃうな・・・」

悠太は、彼の向上心に一目置いていた。いい方向に欲がある。自分を高める事に必死な嘉助・・・

「嘉助も、一年経てば伸びるよ」

「でもその時は、悠太さんはもっと伸びてますよ」

「背は高いほうがいいのか?」

悠太はふと考える。

「男は、高いに越した事無いですよ〜低いと舐められるでしょう?」

どうも、廓にいた時の感覚が抜けないらしい・・・

客よりデカイ陰間は人気が無い、か弱くなければ・・・・そんな中で暮らしていた。

「出来れば、恰幅もいい方が貫禄ありますけど。若旦那みたいに背は高くても、ひょろっとしていると弱く見えますよね」

うん・・・そんなものか?

悠太は首をかしげる

「でも、若旦那は馬鹿力ですよね・・・びっくりしました〜」

店の家具類の移動は、誠次郎がほとんど一人でする。

首筋を斬り付けられた事件以降、東五郎は誠次郎に道場通いをさせていたらしい。

護身術、自分を守る術を身につけるため・・・

誠次郎自身も必死で稽古し、腕力は人一倍身についた。

舐められないよう とか、強く見られたい などと、悠太は思っても見なかった。

思春期の男の子が憧れる、男らしさに何の興味もなかった。

(廓にいたからかな・・・)

いつまでも陰間が抜けないなど、絶望的だ・・・

「嘉助・・・チョット・・・」

後ろから声がした。海産物問屋の一人娘、お糸だ。18歳の大人びた少女・・・

「悠太さんすみません」

頭を下げて嘉助はそちらに行く・・・・

「あいつら、つきあってんのか?」

中番頭の三郎太が、外回りから帰ってきて苦笑する。

「ませガキだよな」

そうなのか・・・・

この年頃は、そういうものなのか・・・・人事のように悠太は考える。

確かに、あちこちから恋文は貰う。好いたの、惚れたの、そんな事が書かれている。

しかし、悠太はそれに、何のときめきも感じない。

「悠太も、人気あるのにな・・・誰ともつきあわないのか?」

「私は興味ありませんし・・・」

笑ってそそくさと立ち去る

「あいつ真面目だよな・・・」

三郎太はその背中に呟いた。

 

 

その日の夕食後、丁稚部屋が騒がしかった。

 伊之助のソロバンを見てやっていた悠太の耳に、嘉助と他の丁稚の話し声が聴こえて来た。

 

ーな、それでやったのか?ー

ーうん、やっぱ年上の女は積極的だよなー

ーじゃ、向こうから?ー

ーいきなり物陰に連れ込まれてさ・・・ー

 

(何の話なんだ・・・・)

悠太と伊之助は顔を見合わせる

「やったって、何のことですか?」

伊之助に訊かれても、悠太は答えられない。

 

ーやはり、最初は年上の女に手ほどきしてもらうのがいいよなー

雰囲気で男女の事であるのが、ようやくわかった。

「おい、伊之助の教育によくないから、ここで、そんな話するなよ!」

そうたしなめて,悠太は丁稚部屋を出る。

 

なんとなく、不思議な気分を抱えたまま、誠次郎の寝室に入り床の準備をする。

 

「悠太・・・浮かない顔してどうした・・・」

机に向かっている誠次郎に訊かれる。

「いえ・・・山城屋さんのお糸さんと、嘉助がつきあっているらしいんです」

「ああ・・・そういう年頃だねえ・・・あいつも。」

今日の売り上げの勘定をしながら、誠次郎は頷く。

「物陰で何かしたらしいんですけど・・・丁稚部屋は、その話で持ちきりでしたよ」

はあ・・・・

誠次郎は悠太を見る

「一体何をしたんでしょうか・・・」

・・・・・・・・

沈黙が流れる。

「悠太、本当に、マジで判らないのかい?」

・・・・・・・・・・

再び沈黙が流れる。

「男女間のことですよね」

うん・・・・

誠次郎は首をかしげる

「お前、雪花楼で何を仕込まれたんだ?」

「接客です」

平次とも長年の付き合いのため、部屋に上がらなくても誠次郎は大体の雪花楼の事情は知っている。

まず、水揚げ前の陰間のタマゴに、太夫の付き添いをさせる。

帯を解く手伝い、内掛けをとり、衣文賭けにかけること・・・

その後、ふすまの向こうで終わるまで控えて、再び太夫に内掛けを着せる・・・・

これでなんとなく、これから自分が行う仕事の業務内容を把握する事となる。

(て、こいつ何もわかってないんじゃないか)

不安が、誠次郎の脳裏を掠める。

 「悠太てさ・・・したこと無いの?」

へぇ?・・・・

「つーかさ、そういうの、実践で習わないんだ?」

(本当に平次って何もしなかったんだ・・・)

頷きつつ誠次郎はソロバンをしまう。

「若旦那はご存知なんですか?」

うん・・・

頷きつつ布団に入る誠次郎。

悠太も灯りを消して、自分の布団に入る。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

再び沈黙・・・・

 

「あのさ、悠太、丁稚の間でお前が恥かくといけないから、一応言うよ。嘉助は今日、ちゅーした事を自慢してたんだ」

「そうなんですか!若旦那、どうしてそんな事がわかるんですか?」

「うん、物陰でコソコソできるのはそれぐらいだからだ。」

ああ・・・・・

(何沈黙してる?)

 

「て、店抜け出して、そんな事していいんですか!」

(反応遅いよ・・・)

誠次郎は心で突っ込む、

「まあ・・・年頃だから・・・でも、気をつけないと、それ以上はやばいぞ。孕んじまったらオオゴトだ。」

「え、ちゅーして孕むんですか?」

「いや、孕まないよ・・・」

(つーか、平次、ちゃんと教育しろよ!)

「でも、源さん通して山城屋に警告してもらおうかな・・・ヤバイ予感がする」

どう見ても、お糸の方が嘉助に入れ込んでいるのだ。

「悠太も、何処かのお嬢さんに呼び出されても、のこのこついて行くんじゃないよ。何も、襲ってくるのは

男だけじゃない。時々男を襲う女もいるからね」

「はい」

「判ったらお休み」

「・・・おやすみなさい・・・で、若旦那、若旦那はやはり、なんでもご存知ですね」

(いや、違うし〜お前がおかしいし・・・なんで女装の男は見抜けるのに、ここでオオボケかますの?

マジ、何処まで平次に仕込まれたの?つーか、だいたい、仕込みってなんなの?)

 

 

 

「て、誠次が気にしてたけど、何かあったのか?」

珍しく結城屋に来た平次が、お茶を持ってきた悠太に訪ねた。

誠次郎はいない、話のと中で、また席を外したらしい。

「嘉助がお糸さんと付き合ってまして・・・この度、ちゅーしたらしんですが・・・私はそういう事に疎くて・・・」

はあ?

「もしもし?」

天然なのか、わざとなのか、よくわからない平次。

「お前、ウチで何を見てきたんだ?つーか、俺、教えなかったっけ?」

「女とも似たような事、するなんて知らなかったんです」

があっ・・・・・

一瞬、平次はこけた。

(こいつ頭いいくせにボケだ!!!)

「やるこたあ同じだぞ。覚えとけ」

はあ・・・・

なんか、とても心配になる・・・・

(こいつ、あのまま水揚げしてたら、エラい事になってたかも・・・・)

理解していると思って飛ばした授業が、実は理解不完全だったと、今更に判るこの衝撃はキツイ

(つーか、こいつはアノ仕込みを"業務と割り切っていたのだろうか・・・・)

平次の今後の課題である。

「悠太、ということは・・・お前、まだ、ちゅーした事無いの?」

耳元で平次がささやく

「大旦那さん!耳苦手なんです辞めてください!」

(おい!何、耳隠して俯くの!)

おかしい、絶対おかしい!

理解不可能な15歳の少年を前に、平次はため息をつく。

「・・・・そうなりかけて・・・途中でとまっちゃったんです・・・・」

えぇ!!!!

どさくさにまぎれて、いきなり暴露されて平次は腰を抜かす。

「何?何?どういうこと?それ、誠次とだよね?」

どん!

照れた悠太が、平次の背中を思いっきり叩く・・・・

「大旦那さん!」

ごほっ、ごほっ・・・

咳き込む平次。しかし、詳しく聞きたかったりする。

「なあなあ・・・・それで?」

ただの好奇心の塊・・・

「それでも何も・・・」

(いきなり何?しなつくってんだ?)

「つーか、お前ら、3年間何してるんだ?18歳の小娘と14歳の小僧に先越されて!」

平次はいきなり悠太の肩を掴んで揺する。いくらなんでもあんまりだ、

 

「おい!平次!そのシチューエーションはなんだ!」

まずい場面にばかり現れる誠次郎・・・

「お前も!悠太をちゃんと教育しろよ!」

憤りが怒りに変わる

ドカッ

いきなり誠次郎に蹴り倒された

「馬鹿。教育がなって無いのはお前だ。廓の主人がそれでどうする!一体何を仕込んだんだ。仕込みが聞いて飽きれるわ!」

いきなりバイオレンスになる誠次郎には、悠太も平次も慣れっこだった。

「そりゃ・・・すまんなあ・・・俺だって・・・悠太がこんなにも天然とは思わなかったんだ・・・」

「天然と言うな。無垢と言え」

最後の一踏みをかまして、誠次郎は平次の向かいに座る。

「お前も昨夜、正直あきれただろ?」

腰をさすりつつ平次は起き上がる

「何故あきれる!あきれるもんか!こんなに可愛いのに」

結城屋に来た当時、悠太は丁稚の中にはいなかった。

誠次郎が連れまわしていた、だから先輩達のこの手の話には触れておらず、3年目、悠太が丁稚最年長になって、

丁稚の指導を任せたのだ・・・

箱入り息子にしてしまった後悔はあるが、自分以外のものが、悠太の上司になるのは許せなかった。

「つーか・・・3年経って、そのままとは、もしかしたら、死ぬまでそのままかもな・・・」

平次の言葉に誠次郎は首をかしげる

「何がだい?」

「お前らの関係」

「何を言う!私達は永遠に離れない、このままだ。」

がくっ・・・・

意味が・・・つーか・・・話がずれてますが・・・

「いい、帰るわ。お前が話があるなんて、使いを寄こすから心配してきたんだが・・・」

おい・・・

立ち上がる平次を誠次郎は追う。

「俺の教育不足でも何でも、悠太はもうお前が引き取ったんだから、お前が何とかしろ。今からでも性教育は遅くない」

ただ・・・心配なのは、誠次郎が判っているのかどうかだったが・・・相変わらず天然のようだし。

店の玄関まで送り、誠次郎は再び、源蔵に呼ばれて中に入った。

「大旦那さん・・・」

誠次郎の後ろをついてきた悠太が、深刻な顔で呼び止める

「本当に・・・これ以上進まないんでしょうか・・・私達・・・」

ぐわっ!

驚いて悠太を振り返る平次

(おい!そこでお前が反応してどうする!)

 やはり、何処かおかしい悠太と誠次郎だった。

 

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