16

 

結城屋に、納品に来た恭介は客室で待たされていた。

何でも、何処かの大店の娘の婚礼の支度に、特注であれこれと頼まれていて、注文を受けている真っ最中らしい。

「すみません、ほったらかしで。」

悠太がお茶を持って入ってきた。

「いや・・・いいけど」

「お詫びに、前田屋の大福をサービスします」

お茶に大福がついている。

「いや、俺、甘いもんは・・・」

恭介は甘党ではなかった。

「残念ですねえ・・・」

苦笑する悠太。

「いいよ、お前食えよ」

大福の皿を悠太に差し出す、

「恭介さん、鳴沢公は、若旦那に似てましたか?」

へ?

恭介は悠太を見つめて、言葉を失う。

「いえ、恭介さんて、桔梗さんとか、若旦那が好みだとすると、鳴沢公も・・・」

ああ・・・・

恭介は顎に手を当てて頷く。

「そうか、それでか・・・似てたんだ」

追い求めていたのは、亡き主君の面影だった。

「今気付いたよ」

「私は父親似でしょうか?母親似でしょうか?」

茶をすすりつつ恭介は、悠太を見つめる。

「見かけは、奥方似だけど・・・ふとした表情が鳴沢公だな。」

もう少し、鳴沢公に似ていれば、わかったろうに・・・と恭介は思う。

「では、私は大きくならないんでしょうか?」

「でかくなりたくないのか?」

湯のみを置きつつ恭介は首をかしげる。

「若旦那より大きくなったら、なんか生意気みたいで、嫌じゃないですか?」

はあ?

悠太の言葉が理解できない恭介・・・

「関係ねえだろ?背なんか・・・」

そうなのかなあ・・・・・悠太は頷く

「なあに?悠太は可愛いままでいたいわけ?」

(廓の環境のせいか?)

恭介は首を捻る

「可愛い方が、愛されやすいでしょう?」

へえ?恭介は言葉も無い。

(何考えてんだ?)

・・・・・・・・・・・・・

長い沈黙の後、恭介は大笑いする。

「つまり・・・誠次に可愛がられたいから、でかくなりたくないのか?」

真剣に悩んでいるのに、笑うとは・・・・恨めしそうに悠太は恭介を見る。

「あいつ、お稚児のシュミ無いから、問題なしだぜ?」

どうして判る・・・・悠太の眉間にシワがよる。

「信じろよ〜俺の勘を〜それに、子供の頃いじめにあってたあいつが、子供に何かできるわけ無いじゃん。

むしろ、子供っぽくないほうが上手くいくかもよ」

「・・・でも、ガテン系になっちゃったら・・・」

・・・・・・・・・

沈黙が流れる・・・・

「お前、実は、物凄くやる気満々じゃないかい?」

え・・・・

そういう天然なところが可笑しくて、恭介は笑う。

「恭介さん・・・」

「お前は陰間じゃないんだからな。媚びるのは辞めろよ。誠次はお前が可愛いから

溺愛してるんじゃねんだぜ。お前の魅力は、相手に屈する事の無い、気高さなんだからな」

といっても仕方ない。惚れた弱みなのだ。

 

「何の話だい?」

突然現れた誠次郎に、悠太は慌てる。

「若旦那・・・」

ははははは・・・・恭介は大笑いする。

「誠次〜悠太がもし、お前追い越して、大男になったらどうする?」

はははは・・・

誠次郎も大笑いする

「そりゃ〜大助かりだ、重い荷物も持ってもらえるし・・・用心棒にもなるし。第一

恭介みたいな色ボケに狙われないですむし」

「若旦那・・・本気でそんな事、仰るんですか?」

 ふと、笑いをとめて誠次郎は、ため息混じりに言う。

「だってね〜お前が可愛いと、町娘とか、ソッチのオヤジとかが付きまとってくるじゃないか・・・

独り占めできやしないからさ。」

「すさまじい独占欲だな・・・」

恭介は腕を組んでうなる。

 でも・・・おそらく、悠太は骨格からして、か細いタイプだろう。

平次が見込んで、花魁候補にしていたくらいだ、間違いは無い。恭介は、そう確信している。

 

「悠太さん・・」

丁稚の嘉助に呼ばれ、悠太は席を立つ。

 

「なあ、誠次・・・悠太、可愛くないとお前に嫌われると思って、心配してるぞ」

どうして?誠次郎は首をかしげる

「あいつ、廓にいたから思考が陰間になってるみたいだ・・・なんとかしてやれよ。

つーか、時々女装なんかさせてるお前にも問題がある」

びしっと人差し指で指されて、誠次郎はたじろぐ。

「悠太を、男か女か判らん奴にするなよ。一応、鳴沢藩の若君だぞ・・・」

ああ・・・・

ははははは・・・・・緊張感の無い笑顔が復活した。

「あれは、おふざけでしてるだけで・・・」

「マザコン」

一瞬、誠次郎の笑顔がひきつる。

「あたりだろ?大番頭が、悠太はお前のお袋に似てる、なんて言ってるの聞いたぜ〜」

ははははは・・・・・

さらに大きく笑う誠次郎。

「母親の代わりとか、幼い自分の代わりとか・・・そういう事の為に、悠太は成長を拒んでるんだ。気付けよ」

笑顔の下で誠次郎はかなりピンチだった。

(こいつ、色ボケのクセにあなどれん)

「お前が腹黒いの、判ったけど、悠太に酷いことするなよ。悠太は自ら進んで、お前の言いなりになるような奴なんだぞ」

それは感じていた。総てを委ねて誠次郎の前にいる悠太・・・

だから、そこにつけ込んで来た事は否めない。

「私がものすご〜く悪い奴みたいに聞こえますねえ・・・」

心ではかなり衝撃を受けて、反省したりしているのに、弱みを見せまいと笑ってみせる誠次郎。

「いや、悠太も好きで従ってるんだからいいけど・・・でもな、俺は許せねぇ。若君がお前の奴隷になるなんて、

まっぴらごめんだ。」

100トンくらいの衝撃を受けているにも関わらず、なけなしの強がりで誠次郎は笑う。

「奴隷は酷いなあ・・・・」

このしぶとさに、恭介はあきれ返る。

「お前より、悠太の方が思いのたけが深い、もっと大事にしろよ」

いきなりキャラが変わってしまっている恭介に、誠次郎は疑いの目を向ける。

「お前、チョット前までは、悠太のこと嫌ってたのに・・・よくもそんなこと」

「事情が変わったろう?」

(手の平返すように豹変しやがって)

「ナンだ?その目は?」

腹黒で、自分勝手で、人生放棄してる・・・

そんな訳のわからない男に悠太はどうして、こうも一途なのか・・・・

恭介はため息をつく。

しかし・・・誠次郎は魅力的だった。

奥底に光るものを内包しながらも、それに気付かれまいと覆い隠しているような・・・

わざと悪ぶっているような・・・

誠次郎の本質を悠太は見つめ、信じ、愛している

新参者の自分を”お前は大物になる”と引き立ててくれた鳴沢公のように

今でなく、未来を見つめる瞳を持って・・・・

 

 

 

「お前って、駄目主人だな。悠太にちゃんと育ててもらえよ・・・」

恭介は立ち上がった。

「お前、何で突然キャラクター変わってんだよ!」

誠次郎もつられて立ち上げる、

はははは・・・

恭介は吹き出した

「本当は、俺のほうが若君に、軌道修正されたのかもな・・・」

そう、あの人に恥ずかしくない生き方をしたい。そう思い始めた。

悠太に幸せになって欲しい、鳴沢公の変わりに見守って行きたい、そう思えた。

部屋を出て歩き出す恭介の後姿に、誠次郎は訪ねる。

「刀、捨てたのか?」

「ああ、髷も、町人にする」

キャラクターを変えたのだ、恭介は。

今を生きる事にしたのだ。

変わってゆける、きっかけさえあれば・・・

誠次郎は久しぶりに心から微笑んだ。

 

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