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 次の日、恭介は納品に自分から結城屋を訪れた。

誠次郎は普段と変わらぬ笑顔で、彼を部屋に通す・・・

「恭介、仕事料と、戸の修理費だ」

笑顔ではあるが、何処かつっけんどんだった。

「怒ってるのか?」

金を受け取りつつ、昨日から、いつもと違う誠次郎に恭介は慣れない。

「当たり前だ、ウチの悠太に痣なんか作りやがって・・・この色ボケが!」

笑いつつ怒る誠次郎が、とても恐ろしい・・・

「・・・・昨日、もしかして・・・悠太剥いて調べたのか?」

はあ・・・・

誠次郎の笑顔が消える

「もしかして・・・・ひっくりかえしたり・・・広げたり?」

 

・・・・・・・・・・・・・・・

無言で冷めた目を向けられて恭介は気まずくなる・・・

 

「だからお前は色ボケなんだ」

ぼそりと呟かれた、その言葉に沈没する。いっそ、ののしられた方がましだった・・・・

「正直に言え、悠太に何した?」

「いや、未遂だし・・・」

ドン!

誠次郎は畳に拳を振り下ろす。怒っている・・・確実に怒っていた・・・

「何もしてないのに、手首に指の痕がついて、首筋にいかがわしげな痣が付くって言うのかい?」

「そんなの・・・転んでもできる・・」

「出来ないでしょ!一体どんな転び方したら、そうなるんですか?」

「俺は・・できるけど〜」

「そうかい!じゃ作って見せてもらおうかい・・・」

はあ・・・・・

恭介は完全に目が点になった。

「誠次・・・人格変わってるけど・・・」

「知らなかったのかい?結城屋誠次郎は腹黒だって?」

巷ではそう言われていた・・・・

しかし恭介は、想いに目がくらんで勝手に、にこやかで、温和な誠次郎像を作ってしまっていた・・・

あばたも笑窪というやつだ・・・・

「手首掴んで、押し倒したのは明白だ、後は?」

「判ってんだろ?想像つくだろ・・・」

「お前の口から聞きたいねぇ〜」

(サドか・・・こいつ・・・)

「首筋に吸いついたから・・・痕が出来たんだろ・・」

元武士なのに、商人にタジタジになっているなんて・・・自尊心が傷ついた・・・

「余罪は?」

(何だよ・・・・それ?)

「証拠が残っていないからといって、何も無かった事には、ならないんだぞ!」

(狂ってる・・・こいつ・・・ヘンタイだ・・・)

まともな振りしているが、異常だと、恭介は誠次郎の本性を悟る。

「帯を解いた・・・で・・印籠が発覚して・・・」

「何処触ったか言ってみろ」

ぎょっ・・・・・

(ほんとにヘンタイだ・・・)

「おい!」

「・・・いちいち覚えてねぇよ・・・」

「そんなにあちこち触ったのか!え?!」

 

「・・・・若旦那・・・・」

静かな・・・威嚇した声が響いた・・・・

お茶を持ってきた悠太が、少し怒った風に入ってきた。

そのとき、恭介は見た。誠次郎の腹黒が白く変わるのを・・・・

「ああ、悠太、おいで〜」

(なんだ?悠太にはカワイ子振りやがって!!!!)

「何のお話ですか?」

笑顔ではあるが、明らかに威嚇している。

「ああ、こいつに説教を・・・もう二度と、お前に危害加えたら、ただじゃおかんとか・・・なんとか・・・」

いままで、あんなに優位に立っていた誠次郎が、悠太の出現でいきなりしぼんだ・・・

「大丈夫ですよ、恭介さんは馬鹿では無いんですから、(色ボケだけど・・・・)若旦那の事も諦めたんですよね・・・」

鋭い瞳が恭介を直撃した

(こえ〜〜〜〜誠次よりこえ〜〜〜)

恭介は怯える。悠太の正体を知った後では、さらに恐怖は募る。

(悠太って・・・ふだん可愛い振りしてるけど、もしかして結城屋の大ボス?)

関わってはいけないと思った・・・・

誠次郎にも・・・・悠太にも・・・ここは魑魅魍魎の巣窟である・・・

「もちろんです、鳴沢公への忠誠をかけて、お二人の間に横槍を入れるようなマネは決して・・・」

悠太は笑いつつ、恭介と誠次郎に茶を勧める。

「若旦那も、過ぎたことは水に流して・・・」

「・・・はい・・・」

(一体どっちが主人だよ〜!!!それに歳の差は!!!)

心で突っ込む恭介・・・・

 

「若旦那〜ちょっと来て下さい・・・」

お峰の呼ぶ声に誠次郎は立ち上がる。

「すまないね・・・行ってくるよ」

と部屋を出て、店の方に向かう・・・

 

 

「若旦那、何か訊いてたでしょ?」

しばらくして、悠太が恭介に尋ねる

「めちゃめちゃ心配してるぞ、あいつ。お前ら、ほんとに何にも無いんだな。確信したよ」

え・・・

悠太は恭介を見る

「俺に先越されたのが悔しいんだ。自覚はないがな」

「先越されたって・・・何もなかったじゃないですか?」

「あいつにとっちゃ、あったのさ。あいつ、お前の事ベタベタ触ったりしないだろ?首に吸い付いたりしないだろ?」

ええ〜!!!

悠太は思いっきりひいた

「恭介さん!なんて事を!!そんないかがわしい事口にするなんて!」

いや・・・

あの時、襲われてもひるまなかった悠太は何処に行ったのか・・・・

恭介は首を捻る・・・

「あの・・・だから・・自分がやってないのに、先に俺にそんな事されちゃムカつくわけよ」

え?それって・・・

悠太は恭介を見つめる

「なんか、普段と違う事無かったか?昨夜?」

そういえば・・・・

火傷の痕を見せろといった・・・・

普段人の目に触れないその傷痕を見るということで、特別な存在になろうとしたのか・・・

物思いにふける悠太を見て、恭介はいぶかしむ。

「!まさか・・・いきなり最後までヤッちまったとか?」

「恭介さんじゃあるまいし・・・」

(え!?俺って一体何よ!悠太も誠次も俺の事、誤解してる・・・・)

少し寂しい恭介だった

「でもよ、いつか、あいつ お前を自分のモノにしようとするぜ。覚悟しとけ」

そんな時が来るのだろうか・・・

悠太は半信半疑だった。

「あいつは俺みたいに色ボケじゃないから、心してかかれ。命がけで受けないと怪我するぜ」

くすっ

悠太は笑う

「恭介さんも、ただの色ボケじゃないんですね・・・」

「何だよそれ。」

そう言った後、恭介は遠い目をする

「俺はまだ最愛の人を忘れられないでいる。叶わなかったけど、それでも今でも愛している。」

「その人は、恭介さんの気持ちに気付いていたのですか?」

初めて見る恭介の切なげな表情だった。

「あの人にとっては、俺はただの家臣。それに最愛の奥方がいたしな・・・」

え・・・

悠太は息を呑む

「そうさ、主君、鳴沢公。俺にはあの人だけなんだ、死ぬまで。」

悠太の頬を涙が伝う・・・

亡き父を今でも愛し続けている人がいる・・・・伝わらなかった想いを抱いて・・・・

「泣くなよ」

「鳴沢公は・・・幸せ者ですね」

「そうか?」

そう言って笑う恭介の笑顔は、美しかった。

 

「おい!悠太泣かせたな!なにした〜」

しんみりした雰囲気は、誠次郎の侵入でぶち壊された。

「昔話を・・・恭介さんの亡くなった想い人の話です」

ふっ・・・

笑って恭介は立ち上げる

「長居しちまった。帰る」

「恭介さん、相思相愛の人を見つけて、幸せになってください」

悠太は恭介の背中にそう告げる

(父上もそう願っていると思います・・・)

声にならない言葉を恭介に投げかける。

もともと、悠太は恭介が嫌いではなかった。悪人ではないと信じていた。

襲われても、心のどこかで彼を信じていた。

お鶴も言っていたのだ。まだ新参者だったけど、内山恭介は鳴沢公のお気に入りだったと。

鳴沢公は切腹の最期の時に、内山だけを奥の間まで同行させたと・・・・

長い年月の果て、失望や焦りや、反感などで心がすさんでも、鳴沢公が恭介を支えていた事は事実だった。

 

だから祈るのだ・・・・

幸あれと・・・

 

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