12

 

悠太が湯をつかって部屋に戻ると、誠次郎は横にならずに待っていた。

「若旦那・・・」

「怪我、しなかったかい?」

そう言って、悠太の夜着をめくる誠次郎に悠太は驚く。

「あっ・・・」

首の付け根に、恭介につけられた痣があるかも知れない事を思い出した。

鏡で確認しなかったが・・・

「これ、恭介だろ?」

やはり・・・思い当たる箇所に誠次郎の中指が触れる・・・

「殴られたりはしなかったかい?」

「はい。」

「これはまた酷いな・・・」

手首に恭介につかまれた指の痕がついていた。

「若旦那・・・もう・・」

 脱がされてしまいそうな誠次郎の勢いに、悠太は戸惑う

「あ、ごめん、そういうつもりじゃないんだ。ただ、心配で・・・」

昔、兄の差し金で佐吉に襲われた誠次郎は、小刀で切りつけられ重症を負った。

その傷は今も残っている・・・

(若旦那の古傷を開いてしまった・・・)

悠太は俯く

「怖かったかい?手をつないで寝てやろうか?」

くすっ・・・

そんな誠次郎の優しさが嬉しい。

「大丈夫です。何にもなかったんです。本当に」

「すまなかったね、私の我侭で、悠太は・・・」

しかし、誠次郎の我侭な独占欲が、悠太には嬉しい。

「いいえ、嬉しかったです。私の気持ちも同じでしたし。」

「いいのかい?ほんとうに?お前は鳴沢の・・」

悠太は誠次郎の手を取る

「そんなものより、若旦那の方が大事ですから。」

うん・・・・

誠次郎は頷く。

悠太は強い。自分で道を切り開いて生きてゆける・・・

「忘れてください。今日あったことは。私も忘れます」

身分など知られたくはなかった。

自分が鳴沢の嫡子だと知ったら、誠次郎は離れてゆくような気がしたから・・・・

「ねえ、悠太、おいで。今夜は抱いて寝てあげるから」

え・・・

戸惑う悠太を、誠次郎は引き寄せて、自分の布団に寝かせる。

「今は平気でも、後からだんだん恐怖感が湧いてくるかもしれない」

(若旦那・・・)

誠次郎の胸に顔を埋めつつ、悠太は涙を流す・・・・

怖かったろう・・・誠次郎は。

自分は15歳だけど、誠次郎は12歳で襲われ、相手を刺した。その時は動転していて、感情が無かったかもしれない。

が・・・一人で夜、闇の中にいると恐怖が再び襲ってきたのだろう・・・

12歳の誠次郎は、こうして誰かに抱きしめられて、眠りに就きたかったのかもしれない。

しかし・・・彼を抱きしめて守ってくれる者はいなかったのだ。だから、彼はあの時の自分を抱きしめて守っているのだ・・・

悠太の胸に、誠次郎の孤独が押し寄せる。少しでも過去の悲しみを無くせるのなら・・・・

悠太はそっと誠次郎の背に腕をまわす。

(貴方は私が守ります・・・)

そう誓う・・・

 

「ねえ、悠太はお母さんの記憶あるかい?」

しばらくして、誠次郎はそう訊いてきた。

「ありません。物心ついたときはもう、乳母のお鶴と暮らしていましたから・・・」

「その、お鶴さんに、身分を教えられたのか?」

「はい、父の名に恥じぬよう生きて行けと」

悠太の潔さ、気高さは血筋なのだろうと、誠次郎は思う。

いつでも腹を切る覚悟のできている人種・・・恥よりも死を選ぶ人種・・・それが武士だ。

「お前は、惚れ惚れするほど美しいね」

自分に無かった強さを持つ悠太を、美しいと思う。

「父が私に託した思いは、お家再興ではなく、生きる事でした。家臣に対しても同じ思いだと思います。

無駄な血は流したくない」

「重かったろうね・・・お前の背負ったものは」

徐々に誠次郎の体温を感じて、悠太は安心するどころか、緊張してきてしまった

「恭介のことも知っていて、知らん振りしていたのか?」

「彼には、簪職人として生きて行くことが最善だと思われたので・・・」

そう言いつつ、動機息切れまでしてくる・・・・

「悠太?具合悪いのか?熱っぽいぞ」

「若旦那こそ、平気ですか?人と接触していて・・・」

あ・・・

今頃気付く誠次郎・・・

「そうだった・・・何で平気なんだろう。ぜんぜん嫌悪感が無い」

人と触れ合うことなく生きるのは、やはり、寂しい事だろう・・・誰もが体温を欲しているのだ。

「本当は、私のほうが不安で、安心したくて、こうしているのかも知れないな」

え?

悠太はかすかに顔を上げる。間近に誠次郎の喉もとが見える。

「恭介に悠太を取られると思った。あいつは色ボケだけど真面目だし、武士に誇り持ってて、若君見つけたら、お家再興するって、

それが口癖だったから・・・それに・・」

言いよどむ誠次郎を。悠太は見つめる。

「誰かが悠太に触るのは許せないんだ・・・お前の水揚げが決まった時なんか、イライラして仕事も手がつかなかったし

お前の旦那になる奴を呪い殺そうかと藁人形までつくったんだぞ〜」

はははは・・・悠太から笑いが漏れる。

「私も、あの時は、若旦那が水揚げしてくれたら、どんなにいいかと思いましたよ」

「ほんと?」

消えない火傷の跡も、結果的には、誠次郎の元で暮らせるきっかけになったのだから、よかったのだ。

「でも、火傷しなかったら悠太は本当に、あの加納屋のおっさんと、そんな事になってたのかい?」

考えたくは無いけれど、そうなっていただろう・・・

「恭介も許さん!悠太に痣なんか作りやがって・・・」

夜着から垣間見える、誠次郎の首の付け根の傷跡は痛々しい・・・

普段は見えない位置にある事だけが救いだった

 

「悠太、火傷の痕、見せてくれないかい?」

何故、突然、誠次郎がそんな事を言うのか判らないまま、悠太は戸惑う

「嫌ならいいよ」

「いいえ、貴方になら、かまいません」

起き上がると、悠太は覚悟したように左肩を晒す

背中の左上にそれは現れた・・・・

誠次郎も起き上がって見つめる。3年経って、徐々に薄いでいる火傷の痕。

「痛むかい?」

「いいえもう、何も感じません」

その時、誠次郎に後ろから抱きしめられた。

「若旦那・・・」

「すまない・・悠太、私がもっと早く、お前を手元においていれば・・・」

古傷に落とされた唇・・・・・

「でも私は、この傷を愛している・・」

売り物にならなくなった原因の傷。それを愛してくれる人がいる。

 「醜いでしょう?」

火傷の跡など、美しくは無いだろう・・・

「いや、綺麗だ。」

そう言って、もう一度、誠次郎は傷跡にくちづける。

 傷を負った者同士。それが誠次郎と悠太なのだ。

「でも、もう傷ついてはいけないよ。私が痛いからね。」

昔・・・白梅に焼き鏝を当てられた時、駆けつけた誠次郎に抱きとめられ、安心して気を失った・・・

耐えていた我慢の糸が、ぷつりと切れた瞬間だった。

誠次郎が、すぐに水で冷やしたため、最悪の傷跡は防げた。

これで、鳴沢の嫡子が男娼になる事だけは防げたのだから、感謝すべきだろう。

悠太は誠次郎を振り返る。

(若旦那・・・貴方のその傷を、こうして愛してくれる人はいましたか?)

一人で傷つき、一人で耐えて・・・

 

悠太はあふれる涙を抑えられないでいた・・・・

「一人で店を出てはいけないよ、私が心配で堪らないからね」

そういって誠次郎は悠太の夜着をなおす。

「休もう」

そういって横たわり、誠次郎は伸ばした腕に悠太の頭をのせる。

 

 

やがて、安らかな寝息を立てて、眠る誠次郎の寝顔を見つめつつ、悠太は微笑む。

子供のような、兄のような・・・父のような存在・・・

こんなに近くにいられる事が奇跡のようだ・・・

とても大切な人・・・そっと誠次郎の頬に触れた

 

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