11

 

 

誠次郎が不在の為、代わりに来たと悠太が現れた時、恭介は怒りが頂点に達した。

しかし笑って上がれと家に上げた。

ただで帰す気など無い。

居間に上がると、奥の間にすでに敷かれた布団が見える。

「見たか?そういうことなんだよ。お前が来ても迷惑なんだ」

「もう、若旦那に付きまとうのは辞めてください。そのお願いに伺いました」

「お前、関係ないだろ?ちょくちょく俺ら、ここで逢引してんだぜ。俺んとこに行く時は

誠次は、お前を連れていかねえだろ?」

それは・・・嘘だ・・・悠太には判る

「なんだ?信じねえのか?もうだいぶ前から、あいつは俺の女なんだぜ」

「嘘は辞めてください。」

「確信持ってんな、何でだ?お前」

(やはり・・・こいつ、誠次となんかあったな)

いきなり悠太の腕を掴むと、恭介は奥の部屋に連れ込む

 

 

「お前、邪魔ばっかするよな」

少しもひるまない悠太が、余計に憎らしい

(ちったぁ怯えろよ!)

力任せに布団に押し倒す

「お前判ってんのか?この展開が!」

「私はどうなっても、若旦那だけは・・・」

その決意はゆるぎない

「何でそこまで?」

「あの方は、人に触れて傷つく方、人に触れられて傷つく方。あの方を傷つけないでください!」

そう言う悠太の凛とした瞳・・・恭介は何処かで見た気がした。

「お前、誠次と寝たのか?」

「性的な関係は一切ありません」

ふうん・・・・

「じゃ、誠次の代わりにお前を犯ることにした」

「若旦那から手を引いてくれますか?」

「ああ、その代わり、お前が俺んとこに週一で通え」

明らかに嫌がらせだった・・・・

「後悔しますよ・・・・」

静かな・・・刺すような一言・・・・

何故ここまで冷静でいられるのか・・・高々15歳の小僧が・・・・

廓出身・・・・

恭介の脳裏に、前に聞かされた悠太の生い立ちが思い出される・・・・

(地獄から這い上がった者の強さか?)

しかし・・・・

この、悠太の高貴さはなんだろうか?

獣にその身を剥がれながらも、ひるむ事は無く、屈しない。

 

 −内山、後は頼んだぞー

主君、鳴沢永之進はそう言って奥の間に消えた・・・・

 −よいか、余は殺されるのでは無い。自らこの道を選んで行くのじゃ。この最期、しかと心に刻めー

 

あの瞳・・・・

命を奪われても魂までは奪えない・・・

そんな鋼の砦を心に持った、亡き主君・・・・

 

(なんで今、こんなことを思い出すんだ・・・俺は?)

そう思いつつも、恭介は悠太の帯を解き、着物を剥ぎ取る。

白い襦袢に負けぬ、白い肩が闇に輝く

「やはり、廓出身だけあっていい肌だな・・・女より滑らかだ・・・」

首筋をまさぐる恭介の指に構わず、悠太は帯が解けた時、何処かに落ちただろう、印籠を目で探す

(あの印籠は、恭介に見つかってはいけない・・・)

首筋に恭介が顔を埋めた瞬間、悠太は見つけた印籠に手を伸ばす・・・

(あと少し・・・・)

恭介に見つからないように隠さなければ・・・・

しかし・・・

「おい」

恭介に伸ばした腕をつかまれた

「襲われてるのに、何を余裕こいてんだ?それとも、寝首でも掻くつもりで凶器でも探してんのか?」

起き上がって、悠太の手の先を見た恭介は声を失った。

蝶の紋の印籠・・・・

急いで手に取る。

「これを何処で手に入れた!」

終わった・・・・・

悠太は目を閉じる。

「父の形見です」

「お前、母親代わりの女に育てられたと言っていたな?その女の名は?」

「お鶴。乳母です」

悠太はゆっくり起き上がると、身づくろいを始めた。

「何か聞かされていたか?乳母から・・・」

「はい、総て。私は鳴沢十二万石の城主、鳴沢永之進の嫡子、鳴沢冬馬。

お家お取り潰しになり、お鶴と供に城を逃れました」

恭介は愕然とする

「知っていたのか?俺の事も?」

「はい。お鶴は、家臣の内山恭介の居所が判ったと、そちらに向かうと言って

家を出たきり、追っ手に捕まり・・・」

「死んだのか・・・」

 身づくろいを済ませた悠太が、奥の間から出て行く・・・・

恭介も、つられて居間に出る。

「どういう経路で廓に?」

「お鶴の家も、お鶴がいなければ年老いた祖母と子供達だけ、

生活もままならず、借金のカタに連れて行かれました」

「どうして?なんで若君を?」

「私は身分を隠す為、女の格好をしていましたから・・・息子達の中で女一人の私を、

いやおう無しに、借金取りは連れてゆきました」

恭介の目から涙が流れる・・・

思いを隠して慕い続け、無残な結果で失った主君、鳴沢公の忘れ形見・・・

愛しい主君と同じ目をした若君・・・・

恭介は悠太の前に手をついた

「冬馬様、今までの無礼、お許しくださりませ。」

さっきの ー後悔しますよー その言葉が思い出される

若君を、家臣が手篭めにするなど言語道断、切腹ものではないか・・・・・

 

その時・・・

「悠太!」

つっかえ棒をかけて、外からは開かなくした戸を蹴破って、誠次郎が飛び込んできた。

そして・・・・

悠太の前に額づく恭介を見て、もう総てが終わったと悟った・・・・

 

「若旦那・・・帰りましょう」

誠次郎の方に歩み寄る悠太より早く、恭介は誠次郎を部屋に引き込み、壁際に押し付け、刀を抜く

「お前、知っていて騙したな!お前の後ろにいるのは誰だ!鳴沢藩再興を阻む不逞の輩め!」

恭介は簪職人の仮面を脱ぎ、武士の顔をしていた。

「言い訳しないよ。斬れよ、」

覚悟は出来ている。誠次郎は冷めた目を向けた。

「俺にお前が斬れないとでも思うてか!お前のお蔭で、

若君に取り返しのつかない罪を犯すところだったんだぞ!」

はっ・・

誠次郎は笑った

「そうか、未遂で終わったか。安心した。恭介!15の少年を手篭めにしかけたのは、

俺のせいなのか?この色ボケが!」

滅多に聞けない誠次郎の、ののしる言葉・・・・恭介は初めて聞いて固まった。

 

「内山!刀を納めろ!結城屋誠次郎は余を廓から救い出した恩人じゃ、危害を加えるな!

鳴沢の嫡子の前で刃傷沙汰とは、何事じゃ!」

悠太の言葉に、恭介ははっと我に帰る。

紛れも無く悠太には、最愛の主君、鳴沢公の血が流れている。

「申し訳ございません!若君。」

刀を納めてひざまづく恭介。

「結城屋誠次郎の言うとおりじゃ。お前は色事が過ぎる。そのために大儀を見失ったのじゃ。」

「はっ」

頭を下げる恭介・・・・

「若君、申し訳ございませんでした。私は貴方様のご身分を存じ上げておきながら、知らぬふりを通しました。」

誠次郎は悠太の前に額づく

「訳を訊いてよいか?」

「はい。鳴沢冬馬様となられたら、もはや、貴方様は私など捨てて、私の手の届かないお方となられるではございませんか。

私はそれが辛うて、口をつぐんでおりました。」

「聞いたか?内山。結城屋誠次郎には黒幕は無い。我らの敵では無いということだ」

恭介の頬を涙が伝う・・・・・

瓜二つだ・・・・若き頃の鳴沢公に・・・・

「よく聞け内山。余がお前に名乗りを上げなかったのは、これ以上、家臣たちに血を流させない為だ。

お家再興は無い。お前は簪職人として今を生きている。おそらく他の者も、生きる道を見つけ努力しているはずだ。

平穏に生きる家臣を、再び闘争に巻き込む事は、父上が望まれた事では無い。お前は今日限りで刀を捨てろ。

そして、鳴沢冬馬という名も忘れろ。若君は死んだと伝えろ。そして、結城屋誠次郎の事は諦めろ」

(若君・・・・)

顔を上げた恭介に、悠太はかがんでその手を取った

「今までの無礼は知らずにした事、許す。そして、父と余を忘れずにいてくれた事、礼を言うぞ」

「若君・・・」

「鳴沢冬馬として お前と話すのは、これが最後じゃ。名に恥じぬよう立派に生きろ」

そう言うと、悠太は恭介から印籠を受け取り立ち上げる

「帰りましょう、若旦那」

丁稚に戻った悠太が、誠次郎の手を取る。

「悠太・・・いてくれるのかい?傍に・・・何処にも行かないのかい・・・・」

「私に、他に行くところなんか、無いですよ。」

微笑みつつ出てゆく二人を見つめて恭介は、これでよかったのだと確信する。

(殿、若君は自分の道をしっかり歩んでおられます)

 

 

しかし・・・・・・

「やい!誠次!戸 直していきやがれ〜!!!」

蹴破られて無残な残骸と化した戸を前に、恭介は現実に帰るのだった。

 

 

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