10
「若旦那〜」
早朝の店先に、明るい声がこだまする・・・
その声を聞くや否や、帳場の机の下に誠次郎は隠れる。
山吹色の振袖が華やかな美少女、瑠依。誠次郎の許嫁である。
「お瑠依さん、若旦那は今出かけていて・・・」
悠太は助け舟を出すが、そんな彼に、瑠依は敵意バリバリの視線で応戦する。
「悠太さん!いくら貴方が若旦那のお気に入りでも、男同士で所帯はもてないのよ。判ってる?」
はあ?
いきなり何のことか判りかねる悠太・・・・
「そこに隠れてるんでしょ?出てきなさいよ!」
と帳場を指す瑠依に、悠太は苦笑する。
よく言えば明るくお茶目。 悪く言えば・・・じゃじゃ馬・・・
はははははは・・・・
笑いながら出てくる誠次郎。隠れんぼは諦めた。
「お瑠依ちゃんにはかなわないね」
「もう〜私の気を引く為に、こんなことして〜誠次さんてお茶目ね」
店中、ブリザードが吹き荒れた・・・・・
「あんみつ食べにいきましょうよ〜」
と誠次郎の腕を引っ張る
「そうかい、悠太も一緒に行こう」
(若旦那・・・)
悠太は苦笑する。
これだから、悠太は瑠依に恋敵にされるのだ・・・・
「駄目。二人でいくの!デートなんだから」
強引に引っ張られて行く誠次郎を見つめつつ、悠太はため息をつく。
「お瑠依ちゃん、ほんとに若旦那が好きなんだね・・・」
源蔵は腕を組みつつそう言う。
でも・・・・誠次郎は、お瑠依といる時は、かなり無理しているように見える。
仮面を被って対応している。悠太といる時は自然体なのに・・・・・
「悠太より2歳年上なのに、ほんとに落ち着かないお嬢さんだ・・・」
それだけ悠太は苦労してきて、瑠依は苦労知らずという事なのだろうが。
「必ず・・・若旦那は、祝言挙げないと駄目なんですか?お瑠依さんと・・・」
悠太は心配そうに訊く
「無理だろ?若旦那があれじゃ、お瑠依ちゃんも幸せにはなれないよ」
「あの・・・跡取りとか・・」
「跡取りかい?まあ、お店の事思えば、必要なんだけどね・・・養子でも貰うって手もあるし、
わたしゃあ無理強いしたくないんだよ。二人とも不幸になるしね・・・」
親同士が決めた縁談。呉服屋と小間物屋コラボレーションを狙っての事・・・
しかし、そんな政略結婚で愛の無い結婚が生まれ、結婚の無い愛が生まれ、犠牲になったのが誠次郎ではなかったか?
源蔵は東吾郎の事を考える・・・
店の為に仕方なく冨美と結婚した。が、彼にはすでに最愛の志乃という女がいた・・・・
しかし、廓の女と言う事で、志乃とは許されなかった。
志乃は、後で妾として囲えと言われて、冨美と祝言を挙げる。
そんな夫婦が幸せなはずは無かった・・・・
誠次郎が生まれると、東吾郎は誠次郎を可愛がり、冨美と誠太郎はやがて、誠次郎を疎ましく思い始める・・・・
「一番被害を受けるのは、罪も無い子供なんだよ・・・」
悠太は源蔵の言葉に頷く。
「大番頭さんは理解があるから、若旦那も幸せですね」
いいや・・・・源蔵は首を振る
「わたしゃ無力だよ・・・」
誠次郎の幼少期を見てきた源蔵は、その心に刻まれた深い傷を知っている。
「傍にいながら、どうする事も出来なかったんだ・・・」
大きなため息と供に、源蔵はそう言って仕事を始めた。
「やれやれ・・・困ったもんだね・・・」
笑いながら誠次郎が帰ってきたのは夕方、暗くなってから。
「あれから芝居見物だろ?友達呼んで団子食べながら世間話して、寿司食べて、蕎麦食べて・・・・食い倒れツアーだね。ありゃ・・・」
「お疲れ様でした。」
源蔵は頭を下げる
「みんな、夕飯は食ったかい?」
「はい、私も帰らせていただきます」
「ごくろうさん・・・悠太は?」
悠太の姿がさっきから見えない
「内山さまの所に。注文の物が出来たので、取りに来いとの言伝を受けて、若旦那の代わりに出向きましたが・・・」
え・・・・
不吉な予感がする
「行って、どのくらい経つ?」
「そういえば・・・遅いですね・・・もう帰ってきてもいいのに・・・」
「源さん!恭介の処に悠太を行かせるなと、あれほど言ったのに!」
めったに見れない誠次郎の怒った顔。
「すみません、悠太が行くと言って聞かないので」
誠次郎は急いで店を出て駆け出した。
不安は2つある・・・
恭介が嫉妬心で、悠太にセクハラするかも知れないということ・・・
もう一つは・・・・・
自分のついていた嘘がばれること・・・・
(悠太・・)
恭介がすんなり悠太を帰すはずが無い。
悠太の持っている印籠が、恭介の目にふれれば、誠次郎は悠太を完全に失う事になる。
恭介を傍に置いておくのは危険だと判っていた。
しかし、監視しておかなければ、いつ恭介は”若君”探し当てるか判らない・・・
(やはり、一緒に連れて行くべきだった・・・)
後悔は次から次から沸いてくる
恭介の怒りをかう事など怖くない。悠太を失うくらいなら、恭介にその場で斬られても本望だ。
いや、むしろ斬られたい。
悠太の無い人生など無意味だ・・・
(使いを寄こして、とりに来いということは、恭介は私を家におびき寄せて襲うつもりだったに違いない。
そこへ悠太が現れたとなると、悠太はただですまない。印籠は帯に挟んであった、悠太の帯が解かれれば、
印籠は恭介に見つかる。)
はやる気持ちを隠しきれず、誠次郎は夜道を駆ける。
(悠太は・・・どう思うだろう?こんな私を。知っていながら、悠太の身分を隠匿した私を)
とにかく、悠太は守らなければ・・・・
その一心で誠次郎は恭介の長屋に向かった。
ヒトコト感想フォーム |
ご感想をひとことどうぞ。作者にメールで送られます。 |