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「若旦那〜」

早朝の店先に、明るい声がこだまする・・・

その声を聞くや否や、帳場の机の下に誠次郎は隠れる。

山吹色の振袖が華やかな美少女、瑠依。誠次郎の許嫁である。

「お瑠依さん、若旦那は今出かけていて・・・」

悠太は助け舟を出すが、そんな彼に、瑠依は敵意バリバリの視線で応戦する。

「悠太さん!いくら貴方が若旦那のお気に入りでも、男同士で所帯はもてないのよ。判ってる?」

はあ?

いきなり何のことか判りかねる悠太・・・・

「そこに隠れてるんでしょ?出てきなさいよ!」

 と帳場を指す瑠依に、悠太は苦笑する。

よく言えば明るくお茶目。 悪く言えば・・・じゃじゃ馬・・・

 

はははははは・・・・

笑いながら出てくる誠次郎。隠れんぼは諦めた。

「お瑠依ちゃんにはかなわないね」

「もう〜私の気を引く為に、こんなことして〜誠次さんてお茶目ね」

店中、ブリザードが吹き荒れた・・・・・

「あんみつ食べにいきましょうよ〜」

と誠次郎の腕を引っ張る

「そうかい、悠太も一緒に行こう」

(若旦那・・・)

悠太は苦笑する。

これだから、悠太は瑠依に恋敵にされるのだ・・・・

「駄目。二人でいくの!デートなんだから」

強引に引っ張られて行く誠次郎を見つめつつ、悠太はため息をつく。

 

「お瑠依ちゃん、ほんとに若旦那が好きなんだね・・・」

源蔵は腕を組みつつそう言う。

でも・・・・誠次郎は、お瑠依といる時は、かなり無理しているように見える。

仮面を被って対応している。悠太といる時は自然体なのに・・・・・

「悠太より2歳年上なのに、ほんとに落ち着かないお嬢さんだ・・・」

それだけ悠太は苦労してきて、瑠依は苦労知らずという事なのだろうが。

「必ず・・・若旦那は、祝言挙げないと駄目なんですか?お瑠依さんと・・・」

悠太は心配そうに訊く

「無理だろ?若旦那があれじゃ、お瑠依ちゃんも幸せにはなれないよ」

「あの・・・跡取りとか・・」

「跡取りかい?まあ、お店の事思えば、必要なんだけどね・・・養子でも貰うって手もあるし、

わたしゃあ無理強いしたくないんだよ。二人とも不幸になるしね・・・」

親同士が決めた縁談。呉服屋と小間物屋コラボレーションを狙っての事・・・

しかし、そんな政略結婚で愛の無い結婚が生まれ、結婚の無い愛が生まれ、犠牲になったのが誠次郎ではなかったか?

源蔵は東吾郎の事を考える・・・

店の為に仕方なく冨美と結婚した。が、彼にはすでに最愛の志乃という女がいた・・・・

しかし、廓の女と言う事で、志乃とは許されなかった。

志乃は、後で妾として囲えと言われて、冨美と祝言を挙げる。

そんな夫婦が幸せなはずは無かった・・・・

誠次郎が生まれると、東吾郎は誠次郎を可愛がり、冨美と誠太郎はやがて、誠次郎を疎ましく思い始める・・・・

「一番被害を受けるのは、罪も無い子供なんだよ・・・」

悠太は源蔵の言葉に頷く。

 「大番頭さんは理解があるから、若旦那も幸せですね」

いいや・・・・源蔵は首を振る

「わたしゃ無力だよ・・・」

誠次郎の幼少期を見てきた源蔵は、その心に刻まれた深い傷を知っている。

「傍にいながら、どうする事も出来なかったんだ・・・」

大きなため息と供に、源蔵はそう言って仕事を始めた。

 

 

「やれやれ・・・困ったもんだね・・・」

笑いながら誠次郎が帰ってきたのは夕方、暗くなってから。

「あれから芝居見物だろ?友達呼んで団子食べながら世間話して、寿司食べて、蕎麦食べて・・・・食い倒れツアーだね。ありゃ・・・」

「お疲れ様でした。」

源蔵は頭を下げる

「みんな、夕飯は食ったかい?」

「はい、私も帰らせていただきます」

「ごくろうさん・・・悠太は?」

悠太の姿がさっきから見えない

「内山さまの所に。注文の物が出来たので、取りに来いとの言伝を受けて、若旦那の代わりに出向きましたが・・・」

え・・・・

不吉な予感がする

「行って、どのくらい経つ?」

「そういえば・・・遅いですね・・・もう帰ってきてもいいのに・・・」

「源さん!恭介の処に悠太を行かせるなと、あれほど言ったのに!」

めったに見れない誠次郎の怒った顔。

「すみません、悠太が行くと言って聞かないので」

誠次郎は急いで店を出て駆け出した。

 

不安は2つある・・・

恭介が嫉妬心で、悠太にセクハラするかも知れないということ・・・

もう一つは・・・・・

自分のついていた嘘がばれること・・・・

 

(悠太・・)

恭介がすんなり悠太を帰すはずが無い。

悠太の持っている印籠が、恭介の目にふれれば、誠次郎は悠太を完全に失う事になる。

恭介を傍に置いておくのは危険だと判っていた。

しかし、監視しておかなければ、いつ恭介は”若君”探し当てるか判らない・・・

(やはり、一緒に連れて行くべきだった・・・)

後悔は次から次から沸いてくる

恭介の怒りをかう事など怖くない。悠太を失うくらいなら、恭介にその場で斬られても本望だ。

いや、むしろ斬られたい。

悠太の無い人生など無意味だ・・・

 

(使いを寄こして、とりに来いということは、恭介は私を家におびき寄せて襲うつもりだったに違いない。

そこへ悠太が現れたとなると、悠太はただですまない。印籠は帯に挟んであった、悠太の帯が解かれれば、

印籠は恭介に見つかる。)

はやる気持ちを隠しきれず、誠次郎は夜道を駆ける。

(悠太は・・・どう思うだろう?こんな私を。知っていながら、悠太の身分を隠匿した私を)

とにかく、悠太は守らなければ・・・・

その一心で誠次郎は恭介の長屋に向かった。

 

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