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夜、誠次郎の寝室で、悠太は布団を敷き終わると、文机に向かう誠次郎に声をかけた。

「若旦那、お床の用意が出来ました」

「ああ・・・」

ソロバンをおきながら、今日の売り上げの計算をしていた誠次郎は振返る。

「もう少しで終わる、先に休みなさい」

あいかわらず、へらへらと笑っているが、悠太は心配そうに誠次郎の横に歩み寄り、座る。

わずか18歳で病死した腹違いの兄、誠太郎より出来がよかったと噂の誠次郎は、

昔、寺子屋を主席で卒業。読み、書き、ソロバンはお手のものだった。

集中している誠次郎の顔は、いつものしまりの無い顔とは違い、凛々しい。

(この方は、こういう表情もするのだ・・・)

思わず悠太は見惚れてしまう

 

ふう・・・・

しばらくして、誠次郎は顔を上げる

「終わった・・・悠太、何をそんなに見つめているんだい?」

あ・・・・

俯く悠太・・・・

「真剣な顔の私が、珍しいのかい?」

「いいえ、とても、素敵だと・・・」

にっこり笑って、誠次郎は悠太を見る。

「悠太に、そう言ってもらえると嬉しいねえ」

何時まで、こんな幸せな時が続くのか・・・・悠太はふと切なくなる。

「若旦那、お休みください」

そう言って、悠太は誠次郎の掛け布団をめくる

頷いて誠次郎は自分の床につく

「若旦那、あの、今日のことですが・・・」

「なに?」

「仕込みの・・・」

はははは・・・・

大笑いする誠次郎

「気にするな。お前を責めているわけじゃない。平次がお前に、いかがわしい事したんじゃじゃないかと心配したんだよ」

「すみません、私は廓の出ですから、若旦那に蔑まれても仕方ありません。身は売りませんでしたが、

純粋無垢だなんて言えるものでない事は、自覚しています」

ふっ・・・

困ったように誠次郎は笑い、悠太の頬に右手を当てる

「そんな事は無いよ。お前は誰より汚れの無い子だ。それに、私も平次の職業や

お前の過去を、とやかく言う資格はないのさ」

源蔵から昔、聞いた事がある・・・・

誠次郎は、当時の売れっ子太夫、明石が結城屋の主人に身請けされた後、身篭って生まれた子だと・・・

 ー廓出身、女郎の子ー 

継母や腹違いの兄から、そう呼ばれていた・・・・

「若旦那・・・」

「馬鹿だね。気にするなよ、そんな事。暴力も含めて、愛情無しの接触は心に影を落とすからね・・・」

恐れている・・・この人は恐れている。

触れる事で、誰かを傷つけるかもしれないと・・・触れられて傷つくのではないかと・・・

悠太は唇を噛む

「若旦那・・・」

思わず、悠太は誠次郎を抱きしめた。母親のように

「もう傷つかないでください。私が守ります」

(悠太・・・)

 −お志乃さんに、何処か似ています・・・−

悠太を初めて見た時、源蔵はそう言った

源氏名は明石・・・・本名は志乃。誠次郎の実母。

(そうか・・・)

誠次郎は微笑んだ。昔、遠い昔、母に抱かれた感覚が蘇る。

そっと、悠太の背に腕をまわし、抱きしめる。恐々・・・・

「私は、貴方を傷つけたりしません。だから、怖がらないでください」

誠次郎の頬を涙が伝う

子供の頃に飲み込んできた涙が溢れてくる。

悠太の小さな体は、それでも誠次郎を包み込む・・・・

 

涙の洪水の後、誠次郎は悠太の胸で眠りについた

それを悠太はそっと布団に横たえて、掛け布団をそっとかける

「おやすみなさい」

(強くて、優しくて、脆くて、儚い 愛しい人・・・・私は貴方の重荷を、供に背負いたいのです)

春の夜は静かに静かに更けて行く・・・・

 

ずっと誠次郎が、自分だけのものである事を悠太は望む。

強い独占欲。

誠次郎の、悠太に向けられるそれより、もっと強く激しい独占欲。

確かに、平次の言葉は嘘ではない。心のどこかで深い繋がりを望んでいる。

一つになりたい思い。

それを見透かされて、悠太は拒絶反応を起したのだ・・・・

そんな自分を誠次郎に知られることが怖い

(きっと嫌われてしまう・・・・この方は、金で遊女や陰間を買うような、汚らわしい男達とは違う。

醜い欲望の欠片も無い清い人なのだから)

誠次郎の寝顔を見つめつつ、悠太は微笑む。

だから・・・

(私はこの方を兄のように慕えばいいのだ・・・・)

誠次郎の頬の涙を拭いながら、悠太はそう決意する

「誰にも、渡さない」

そっと誠次郎の唇を指でなぞりつつ悠太は呟いた・・・・

 

 

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