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「若旦那、注文受けてほしいんだけど・・」

障子の隙間から若手の太夫、桔梗が遠慮がちに声をかける。

「仕事だ、行って来い」

平次の許可を得て、誠次郎は立ち上がる。

「悠太はここで待っておいで」

そう言いつつ、袂から筆と紙を取り出して出てゆく。

 

平次と悠太はお互いを見つめて一息ついた

 

「お前も大変だな・・・」

平次は苦笑する

「いいえ、私は一生、若旦那について行くと決めたんです」

湯のみを手にとり、茶を飲む悠太

「で・・・お前ら、正直、どういう関係なんだ?」

「主人と丁稚です」

(嘘だろ〜〜!)

平次は奥の棚から前田屋の大福を取り出し、悠太の前に置く

「な、この有名な前田屋の大福やるから、正直に言ってみな」

前田屋は有名な和菓子屋で、いつも行列が店の前に出来ている。

平次はいつも、いろんな人から、これを餌に秘密を聞き出しているらしい・・・

「言うって何を・・・」

「夜の話。一緒に寝てるの?」

「私は、若旦那の身の周りのお世話もさせていただいていますから・・・寝室は同室させていただいております」

頷きつつ、平次は悠太に大福を無理やり持たせる。

「まあ、お食べ。 で・・一つの布団?」

「いえ、隣にもう一つ、布団敷いて・・・」

「じゃあ、ほぼ毎日か?」

「何が?」

・・・・・・・・・・・

沈黙が流れる・・・・

「お前、雪花楼出身で、そのボケはないだろう?今更おぼこの振りなんかするなよ!」

え・・・・

悠太の頬が赤く染まる・・・・

「若旦那はそんな人じゃありません!」

「マジ?」

「大旦那さんは若旦那を誤解しています!」

(なにやってんだ・・・こいつら?)

あきれる平次

「大旦那さんも若旦那の友達なら、わかるでしょ?若旦那は、人との接触を極端に嫌うって。」

誠次郎は子供の頃に、継母と腹違いの兄から暴力を受けて育った。

彼にとっての人との接触は、暴力なのだ。触られる事も、人に触れる事も嫌がる。

「判ってるけど・・・お前には自然に触れるから、お前となら平気なんだと思ったんだ」

「私は、過去の若旦那の姿なんです。だから、あの方は、私を通して、過去の自分を庇い、愛そうとしておられるのです」

なるほど・・・・

平次は頷く

「私は色恋の対象じゃないんです」

悠太は正確に誠次郎を理解していた

「で・・・お前はそれでいいの?」

・・・・・・・・・・・・・

固まる悠太。

「お前は、誠次が好きなんじゃないの?」

悠太の唇がかすかに震える・・・・・

「あの方は、男色家じゃありません。私も、兄のように慕っているだけ・・・」

「つーかさ・・・あいつ、このままじゃ嫁も貰えないぜ。お前とみたいに布団並べて寝てるだけじゃ、離縁されるぞ」

え・・・・

悠太は驚いて顔を上げる

「そうなんですか!女って怖いですね」

「いや、普通そうだろ?跡継ぎが必要だ、子供産まなきゃならん・・・」

跡継ぎ・・・悠太はため息をつく・・・

「なあ、お前 何とかして誠次の心の病、治せないかな・・・」

「私が?医者でも無いのに」

「いや、こういうのって、一遍やると、やりまくりになる事もあるし・・・」

はあ・・・

イマイチ、反応が無い悠太が心配になる

「きっかけ作ってみたら?」

「無理です」

いやにきっぱり言われて、落ち込む平次

「俺・・・お前にはちゃんと仕込んだはずなんだけど・・・」

「そんな、金銭がらみの行為と一緒にしないでください」

(一緒だから・・・)

「あの方は高潔な方なんです。そんな醜い感情なんて無いんです」

変に潔癖症・・・悠太のそんなところは、平次も気付いていた。

だから、陰間に向かないのだ・・・・

「でも、誠次はともかく、お前は誠次に可愛がられたいと思ってるだろ?」

きゃあ〜

悠太が悲鳴を上げる

「大旦那さん!そんな・・・・辞めてください!いかがわしいです〜」

 

がらっ

障子が開いて、誠次郎が飛び込んでくる

「てめー何した!悠太に何した?」

半泣きな平次・・・・・

「お前、売り物には手ぇ出さんが、ウチの丁稚には手ぇ出すってか?」

 誠次郎に胸ぐらをつかまれて、凄まれている平次を、悠太は庇う

「違うんです。大旦那さんは、若旦那や私の事を思って、ご忠告してくださるんですが、私には刺激が強すぎて・・・」

「何?下ネタかましたのか?悠太は、溝の中でも汚れなく咲く、蓮の花なんだから、お前とは違うんだ。気ぃ付けろ!」

(つーか・・・悠太、なんでそんなに穢れが無いんだ・・・お前は・・・)

涙目で平次は悠太を見る

悠太は哀れな目で平次を見つめる。

(若旦那って・・・本当に、人に接触する時は、暴力振るう時だけ・・・)

今度は悠太が、平次と誠次郎を引き離す。

「すみません、辞めてください。過剰な反応をした私が悪いんです。」

一応、離れる二人・・・・

「いや、俺も軽はずみだった。仕込みの途中、お前にとって、こういうことが、どれだけプレッシャーか、

俺が一番よく知っていたのに・・」

その言葉に反応した誠次郎が、平次に詰め寄る

「おい、前から聞こうと思っていたんだが、仕込みって、どんな事するんだい?」

「客あしらいの教育だよ。」

さらりと言う平次に、さらに詰め寄る誠次郎。

「具体的には?」

「何が聞きたい?」

いい加減に、いらだってきた平次。

「つまり、悠太にお前、何したんだ」

「お前が疑ってるようなことはしていない。だいたい、売り物だぞ。先に手ぇ付いたら高く売れねぇんだ。

それに俺、違うからな。こんな商売してるけど、男は無いよ」

確かに、平次は仕込み屋を持たない。自分でしている。

親の代のときに色々見てきて、他人は信用できないと思っているらしい。

「そんなに気になるのか?悠太の貞操が。なんなら、お前が直接調べて見ろよ」

はあ・・・・

ため息をつく誠次郎。

「そんなこと言うから、悠太が悲鳴をあげるんじゃないか!」

と、ちらっと隣の悠太を見る

「ほら、かたまってるぞ。ここは悠太の教育に悪いから、もう連れてこない」

と言っても、店に置いて来るのも、不安な誠次郎なのだ。

 

(なんで、誠次はこんなに過保護なんだろう・・・)

平次は落ち込む・・・・

あの時・・・・

悠太が背中に火傷を負ったとき、誠次郎は 火傷を負わせた白梅を、鉄扇で打ち据えた。

殺してしまいそうな勢いだった・・・・

 

12歳の時・・・

誠次郎も、腹違いの兄の友達から襲われて、首の付け根を斬りつけられた・・・

平次が駆けつけた時、相手の小刀で誠次郎は、4人のうちの一人のわき腹を刺していた・・・

幸い、相手は死ななかった。

そのかわり、誠次郎は重症を負った

 

 

12歳の頃も、悠太の時も、誠次郎は、同じ夜叉の目をしていた

 

誠次郎は心に闇を抱えている。

その闇が、深ければ深いだけ、彼は笑い続ける・・・

自分を嘲笑うかのように・・・・

 

(悠太、冗談じゃないんだよ・・あいつは誰かに抱かれ、誰かを抱かなければ壊れるしかないんだよ・・・)

平次は祈るように悠太を見つめた・・・・

 

 

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