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今日は雪花楼に納品の日。

悠太は風呂敷を抱えて、誠次郎の後ろをついて行く。

春の日差しは温かく、のんびりと、のどかに誠次郎を照らす。

しかし、悠太は知っている。この結城屋の若旦那は笑顔で総てを拒んでいると。

(この人の、本当の心からの声が聞きたい)

いつもそう思う。

時々自分に見せる、怯えたような目が気になる。誠次郎の傷を垣間見たようで・・・

 

初めて誠次郎に会ったのは、雪花楼の店主、平次の部屋。

10歳の頃、雪花楼に売られて来て、当時は唄、三味線、踊りの猛特訓を受けていた。

そして、太夫たちの使いっぱしりと、店主の雑用・・・・

 −お客さんだから、お茶を入れといでー

そう言われて、お茶をもって平次の部屋に入ったら、誠次郎がいた。

初めは、にこにこと優しそうな人だと思った。

が、平次との会話を聞いていると、笑いながら棘を刺すイタイ人だった。

特に自分の事に関しては、どうでもいいような話し方だった。

 

 −新しい子かい?−

そう言って、誠次郎は悠太を見た

 −なかなか上玉だろ?末は太夫か花魁だ。−

嬉しそうな平次の言葉に、誠次郎は表情を曇らせる

 −藤若と申します。お見知りおきを・・・−

教えられた通り、挨拶をすると誠次郎は、この上もなく優しく笑った。

そして、袂から綺麗な和紙に包まれた、小さな包みを取り出した。

 −ちょうど、いい物がある。お前にあげようー

渡された包みを解くと、色とりどりの小さな星がひしめいていた

声も出せずに、我を忘れて見つめる悠太に、誠次郎は言った。

 −金平糖といってね、飴みたいなものだよー

そう言って、悠太の手の中の一粒をとって悠太の口に入れた

舌の上に広がる金平糖の甘さと同時に、悠太の中で何かが広がって浸透して行く・・・・

 −疲れたときにお食べ。他の者に見つかったら煩いから、見つかるんじゃないよー

自分だけにくれた、特別な物・・・・

それからは、悠太はその金平糖を御守りのように大切にしていた。

少しずつ食べてしまったが、親の形見といわれている印籠に、最後の3粒を食べずにしまいこんでいた。

 一年くらいとっておいた金平糖が、無残な姿で誠次郎に見つかり、大笑いされ

それ以来、定期的に誠次郎は悠太に金平糖をくれるようになった。

 

懐にしまった印籠に、悠太は思い出したようにそっと触れる。

 乳母のお鶴が亡くなって後、初めて自分に優しくしてくれた人・・・

あの日から、悠太の目は誠次郎だけを追い続けていた。

 

 

「悠太?何を遠い目してるんだい?」

誠次郎の声に我に帰る。

気付けば雪花楼の前。

「入るよ」

ここは男娼たちが春を鬻ぐ遊郭・・・・

中はとても大きく華やかで賑やかだった。

そんな表とは裏腹に、男娼たちの妬み、嫉妬、裏切り・・・どす黒いものが行き交う場でもあった。

あれから3年。

悠太の傷は過去のものとなって、ここにいても心が騒ぐ事は無い。

「平次〜いるかい?」

その声に陰間たちは振返る

「あら〜結城屋の若旦那〜いらっしゃい。相変わらずいい男ね。仕事じゃなくて、今度遊びに来てくださいよ〜」

ここで一番の売れっ子太夫、葵が出迎える

洗い髪を束ねている。湯殿から出てきたらしい

女より美しい男・・・

「太夫、おひさしぶりです」

悠太は頭を下げる。

「悠太、元気そうね。」

寂しい笑いを葵は浮かべる。廓で、ただ一人、悠太を庇ってくれた先輩だった。

「誠次〜待ってたぞぉ」

誠次郎と変わらぬ長身の平次がやってくる

ただ、平次は誠次郎と違い、ガッシリした体型だった。

強靭な体躯に物を言わせて、一筋縄でいかない陰間と渡り歩いているツワモノである。

「まあ、入れ」

と部屋に招き入れる

「悠太も、でかくなったな。もう、15か・・・相変わらず美人だな〜惜しい事した・・・」

ため息をつく平次を、睨みつける誠次郎

「お前が白梅をちゃんと躾ないから、こうなったんだぞ!自業自得だ」

ああ・・・・

悔やんでも悔やみきれない・・・・

3年前・・・

藤若の源氏名で水揚げ予定の、悠太の背中に火傷を負わせて傷物にした、当時の売れっ子太夫、白梅・・・

昇りつめて、落ちるしか先の無い自分に焦り始めた頃、大物の旦那もつき、これから栄えようとする藤若に嫉妬して

事件は起こった。

「お前には悪いが、悠太は私の処で幸せに暮らしてるから心配するな〜」

悠太の肩に手を置き、勝ち誇ったように笑う誠次郎

(コイツ・・・憎たらしい・・・)

極端に嫌な顔をする平次。

「すみません。大旦那さん。でも、本当に私は幸せに暮らしていますから・・・あの、感謝しています」

悠太にそう言われると、平次も何も言えない。

「そうだな。お前には陰間は向かないよな。男なら、別に背中に傷があっても問題ないし。

そのうち所帯でも持って、親父さんになって、幸せになるんだな」

所帯・・・・

考えてもいなかった。売られなかったとはいえ、廓にいた為か、女とつきあうなんて思ってもみなかった。

「つーか、誠次、お前、早く嫁貰え」

偉そうに言う平次は妻帯者、しかも一男一女の父・・・・

「余計なお世話だよ」

へらへらとかわす誠次郎。このへらへらはバリケードであった。

 「許嫁いるんだろ?そんなに待たせてどうするんだ?」

あ・・・

悠太は俯く

呉服問屋の一人娘、お瑠衣。親同士が決めた政略結婚である。

キャピキャピの現代っ子。17歳の適齢期。しかも、悠太の目にも可愛い。

「ガキのお守りなんてやだよ。」

女に興味ない事で有名な若旦那・・・・・

「何いってんだ、悠太はお瑠衣ちゃんより、2つ下だぞ」

平次のあきれた顔の前で、手をひらひらさせながら誠次郎は笑う

「精神年齢がダンチだよ。ウチの悠太は利発で、気が利いて、その上性格いいし・・・美人だし」

誠次郎の悠太自慢が始まった・・・・

そこへ下働きの少年が、茶を運んで来る。

「ごゆっくりどうぞ・・・」

そう言って出てゆく後姿に、昔の悠太の面影を見る。

「見習いかい?」

「ああこれから仕込む」

そういって平次は湯のみを手に取る

「あんないたいけな子を、お前の毒牙にかけるのか・・・」

「人聞きの悪い。俺は商品に手ぇ出さないぞ。」

確かに、平次は男色家ではない。妻帯して子供もいる身だ。

悠太はあの少年が心配だった。

これから男相手に媚を売り、男の身でありながら、女の姿を装い、女の扱いを受ける未来が待っている・・・・

そのことを思えば、背中に火傷を負って、誠次郎に拾われた自分は幸せだったと思う。

 

 

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