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火事と喧嘩は江戸の華・・・とは言うものの・・・

老舗の小間物問屋、結城屋で、ここにも派手に騒いでいる町娘が一人。

店の前は人だかりになっていた。

 

「うら若い娘に盗人の疑いかけて、袂を探るとはどういう了見なんですか!」

ほっそりとした面立ちに、切れ長の目。なかなかの美人ではある

その良家の娘風な、その娘が、店の物を袂にこっそり仕込んだのを、大番頭が見つけて

注意したところ、逆切れしてこの騒ぎだ。

奥から出てきた若旦那、誠次郎は苦笑する。

今流行の、大きな店ばかりを狙う、新手の強請りである。

何処も、冤罪をまくし立てられて”御内密に”と慰謝料を払わされるハメになる。

この手は、”ちょっと奥に来てください”となると、とたんに大声張り上げて、外に人だかりを作る。

判っていても、若い娘だけに手を出しにくいとなっている。

(あれ?)

誠次郎は、その娘に違和感を感じた

「ちょっと、悠太、連れといで」

使用人のお峰にそう言うや否や、騒ぎを聞きつけて、奥から悠太が出てきた。

「若旦那。何の騒ぎですか?」

15歳の丁稚頭で、大きな目の、おとなしそうな美少年である。

「このお嬢さんが、大番頭に盗人呼ばわりされたと怒っちゃってね・・・」

こんな事態でもへらへらしている主人、誠次郎・・・

「確かに、帯止めと笄を袂に入れるの見たんですよ」

先代の主人からずっと、この店を守っている初老の大番頭、源蔵は静かにそう言う。

悠太は、娘の袂を見つめる・・・・

娘の着物は振袖・・・確かに物を隠すなら、ここだろうが・・・

難癖つけて金を巻き上げるつもりなら、袂と思わせて、盗品は別の場所だろう。

「悠太、あの娘さん、変じゃないか?」

誠次郎は耳打ちする。

頷きつつ、悠太は帯止めと、笄の並べてある棚の前に行き、かがむ。

見つけにくい隙間に、それらは落ちていた。

そのまま娘のところまで、かがんで移動して、いきなり立ち上がる。

体がぶつかって娘がよろけたところを、すかさず悠太は抱きとめた。

「すみません、大丈夫ですか?」

娘の肩を掴んだ悠太は、大きな瞳で彼女を覗き込む

「兄さん、女装なんかして、何処かの歌舞伎の女形ですか?」

え?

娘は青ざめる

「袂だけじゃなく、いっそ脱いで汚名を晴らしたらいかがです?」

言うが早いか、悠太は すばやく娘の帯を解く

ぎょおっつ

周りは青くなる。・・・・

「若旦那〜〜!!」

源蔵は泣きそうだ。

(終わりだ・・・100年続いた店も・・・もう終わりだ・・・)

するする・・・・

帯が落ち、着物が肩から落ち、悠太は娘の後ろから、長じゅばんを剥ぎ取る。

おおおぉぉ!!

驚きの声が上がり・・・

「男じゃねえか・・・」

所々からささやく声がする

「まさか、これでも自分は女だとか言うつもりじゃないですよね・・・帯止めも笄も、袂に入れる振りして、

棚の下に落としたでしょう?調べても何も出ませんよね?最初から強請りたかりが目的なんですよね。

普段は男だから、どんなに探しても、こんな町娘は何処にもいないし。捕まる訳ないですよね・・」

「何で、判ったんだ?」

「匂いで判ります。肩掴んだ時に確信しましたけど」

(あれは・・・わざとか・・・・)

「何もんだお前は!」

 

その時、結城屋の通報によって駆けつけた岡引の六助が、人垣を掻き分けてやって来た

「えれぇ騒ぎだな・・・」

「この方でしょ?六さんが追ってた、今 流行の弁天小僧もどきは。」

緊張感の無い笑顔で、誠次郎は娘を指す。

「え・・・男だったのか?つーか・・・よくも剥いだな。女だったらセクハラものだぞ!怖いもの知らずな奴。」

そう言いつつ、女装の強請りに縄をかける

「女だったらどうする気だったんだ?」

「伊達に雪花楼の平次と幼馴染じゃないんですから。それに、悠太の目に狂いありませんから」

雪花楼はこの界隈では、名の知れた陰間専門の遊郭で、そこの太夫には女性ファンも多い。

 

あいた口が塞がらない・・・・

苦笑しつつ、六助は強請りを引っ立てて出てゆく

 

「お前も、運が悪かったな。結城屋だけはやめとけよ・・・」

縄を引きつつ、六助は同情する

「何で!あんな、へらへらした主人、ちょろいモンだと思ってたのに・・・」

まだ信じられないという風な、女装の強請り。

「ば〜か・・・近所じゃ〜結城屋の誠次郎は、天下無敵で通ってるんだぜ。へらへらしながらも中身は腹黒で、

守銭奴の雪花楼の店主とダチなんて、得体のしれねえ化けモンさ」

 

 

はくしゅん・・・・

「若旦那・・・風邪ですか・・・」

「いや、誰かが噂してる・・・」

事件が収まった店内にぽつりぽつりと客が来る

「しかし・・・男の癖に美人だねえ、あいつ。うっかり騙されるとこだった〜」

相変わらずへらへらしている若旦那に、源蔵は苦笑する。

「寿命縮まりましたよ・・・」

「悠太の目には狂いないからな」

そう、悠太は昔、雪花楼の陰間たちの中にいたのだから。

源蔵は、最初は若旦那が気まぐれで連れてきた、この少年が疎ましかった・・・

しかし、歳若い割には、彼は利発で、働き者で、誠実だった。

今では、丁稚頭を務めている。 もう、元陰間のタマゴ と蔑む者はいない

 

「今の、六さんに貸しだから、源さんつけといて〜」

(この人は無償の人助けとか、奉仕と言う言葉を知らんのか・・・)

源蔵はあきれる。

「悠太には、お手柄だったから金一封やっとくれ。忘れるな」

 

(甘い・・・甘過ぎる・・・)

悠太に甘すぎな若旦那・・・・

25歳の男が15歳の少年に頼りきってどうする・・・

(先代を亡くした当時の若旦那は、わしを父親のように頼っていたのに・・・今は悠太悠太・・・)

嘆く源蔵に目もくれず、ご機嫌な若旦那。

「悠太〜〜〜いっぺん振袖着てみろよ〜〜お前が着たら、あんな弁天小僧より、も〜〜〜っと綺麗だぞ〜〜〜」

(バカが大爆発してるじゃないか・・・・)

源蔵は心で突っ込む

「もう・・冗談は辞めてください。若旦那・・・」

「ほんとだってば〜〜〜〜」

 日本人離れした長身に細身の体、切れ長の瞳と通った鼻筋、逞しい口元・・・・

黙っていれば、、いい男なのに、いつもへらへらして緊張感の無い若旦那。

人生の総てを、おもちゃにして生きて行く男・・・・

頼れるんだか、頼れないんだかよくわからない。

何に対しても、執着しないという点で無敵だ。

"誠次郎を頼む”

これが先代の遺言だったため、源蔵はひたすら彼を支え、仕えてきた。

この理解不可能な主人は、しかし、複雑な過去を持ち、背負った傷も多い

だからこそ、源蔵はひたすら彼の幸せを、心からの笑顔を望まずにいられなかった・・・

 

 

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