教団での挨拶もそこそこに、エミリオは暇乞いをして、尋ねてきた実弟を乗せて、教団の車で友人宅に向かう。

エミリオは元来、教団の運転手付きの車で移動する事になっているが、今回は私的な用向きなので自分で運転している。

バチカンでもそうだったが、行動をいちいち監視されてるような気がして、公用以外は自分で運転することにした。

そのために、わざわざ取らなくてもいい運転免許を取ったのだ、

「すみません、兄さん。帰国するなり呼び出して・・・でも緊急事態なんだ」

紫村一角(しむら いっかく)20歳の大学生。エミリオの幼馴染である朝倉亮一のところでバイトしている。

実はこの朝倉亮一に異変が起きたというのだ。

「亮一は今、何をしているんだ?」

ハンドルを握り、前を向いたまま、助手席の一角にエミリオは訊く。

小学生の頃から教団で特別扱いされていたエミリオは、学校でも異色な存在だった。

強い霊力の持ち主だと言って、友達は敬遠する中で、唯一類友で、話が合ったのが朝倉亮一。

変人扱いされないように自らの能力を隠していた亮一は、初めてエミリオに全てを明かした。

そして、人外魔境のつらさを語りあったものだった。

「風の便りでは、呪術師を生業にしていると聞いたが、本当か?」

あ・・・一角は苦笑する。兄の情報網の広さには感心する。

「そうだよ。召還魔術を主にしていて・・・よく知ってるね」

「蛇の道は蛇と言うだろう。この業界は色々噂が立つ。亮一ほど派手にやらかしてりゃ、なおさらだ」

派手に・・・一角は苦笑する。確かに、大技をかます事で有名ではあるが・・・

「しくじったのか?」

「憑かれたんだ」

はぁ?エミリオは一角を見つめる。

「兄さん、僕も亮一さんのとこ、時々手伝っていたんだけど」

「イタコに使われていたのだろう。人の弟をなんだと思っているんだ、あいつは」

それくらいは見当が付くといわんばかりだ。

実は一角は憑依体質で幼い頃から、よく色々なモノを憑けてきた。

エミリオが一緒だった頃は、彼が処理していたが、イタリアに行った後は、亮一が祓ってやっていたのだ。

「亮一さんが憑かれたなんて考えられないけど、いるんだ・・・なんか・・・」

「どんなモノか見えるんだ?」

「それがさ・・・セント・ミカエルかと思うような綺麗な・・・」

(おい・・・セント・ミカエルはもう充分だ)

エミリオはため息をつく。しかし・・・

「え、なんでそう思うんだ?」

「え?」

「天使みたいだと・・・」

 

一角は自分の目で見た事実を語りだした。

その日、いつものように一角は、朝倉亮一の住居兼事務所に掃除をするために行った。

室内のソファーには銀髪の麗人が座っていた、半裸状態で・・・

 

「おい、それは唯の露出狂じゃないのか」

エミリオの突っ込みに苦笑しつつ、一角は否定する。

「ヒトじゃ無かったよ、何か別のもの。その後、来た依頼人には見えてなかったもの」

「ヘンタイだからスルーしたんじゃなくて?」

なわけ無いでしょ・・・言葉を失う紫村一角。

「まあ、お前も”見える”からおそらく、ヒトで無い何かなんだろうな。しかし、天使のよう・・・というのは容姿が美しく西洋人のようだからという理由か?」

「うん、着ているものが、教会の大聖堂の天使みたいだったから」

ええ・・・エミリオは首をかしげる

「衣服を着ていないのではないのか」

「半裸と言ったはずだよ、僕は」

ああ・・・エミリオは手を額に当ててため息をつく。

「それは・・・あれか?腰に風呂敷きか何かを巻いてるとか、そう言う事か?」

一角は頷いた。

「そうそれそれ〜」

ながい沈黙が流れた後、エミリオは口を開いた。

「俺・・・帰りたいんだけど」

「だめだよぉ〜兄さんいつも言ってたじゃん。悪魔は天使の姿で現れるって・・・亮一さん危険だよ?」

悪魔・・・その可能性は充分にある。何故なら、亮一は召還魔術を行っていたのだから。しかし・・・

「問題ない。それはきっと亮一が召還した悪魔だろう」

「でも、ずっといついているよ?」

「一角、亮一はお前よりも霊力の強い男だ。お前が心配する前に、自分で何とかできるだろう」

それが・・・突然一角がうるうるし始めた。

「亮一さんおかしいいんだ。なんか、眼に生気が無いし、目にクマ作ってるし、すっごく疲れてて・・・ぜんぜん別人なの。なんか、このまま

死んじゃうんじゃないかって・・・」

「判った」

幼馴染と弟に免じて一旦、行ってみる事にした。

 

 

「これは・・・」

マンションのドアを開けたとたん、車の中で聞いたとおりの状態が、エミリオの目の前に展開されていた。

応接室のソファーに放心状態で横たわる亮一、その隣には・・・

「あれ?俺の事、見える?」

と珍しげに寄って来る銀髪の半裸の麗人・・・

「マジ、ヘンタイじゃないか」

本当に、その辺の風呂敷きを腰に巻いているのだ・・・

「これ、無理やり巻かれたんだけど、あんまり意味が無いよね」

と風呂敷をひらひらさせている。

「いや、つけていろ。見苦しいから」

「自分もおんなじモン付けてるじゃん?」

「だから見たくないんだ・・・つーか、付いてるんだなやはり」

おかしな方向に話が行ってしまい、一角は不安になる。

「兄さん・・・」

「一角、いいかよく聞け。付いていなければ天使、付いていれば悪魔だ。こうして見分けろ」

ええ・・・一角は困る。出合った直後に衣服を剥ぎ取り確認しろとでも・・・それは自分が一番ヘンタイではないか?

「つまり、天使はノン・セクシュアルということで・・・つーか、お前ちょっと来い」

麗人の耳を引っ張りながら、エミリオは召還室に連れてゆく。

奥の部屋のドアを開けると、部屋の中央に大きく魔方陣が描かれていて、銀のチェ−ンが周りを

縁取っているのが見える。

麗人を魔方陣の中に押し込み、エミリオは聖句を唱える。

  「悪霊よ去れ・・・・尊き神と精霊の御名のもとに我、エミリオ・マリーニが命ずる・・・・」

  「無駄だよ。俺は祓えない」

  「という事は、契約を?」

 嫌な予感がした。

  「あたり〜亮一と契約を結んだんだ」

 何も無い空間から、麗人は紙切れを取り出し渡した。

「これは正式なものか?お前はインキュバスだろう?幻を見せたり、洗脳しての契約は無効だぞ」

「朝倉亮一は俺の贄だ。彼は俺に処女を捧げた・・・その契約の印は彼の処女の証の血。これ以上の契約がどこにある?」

それが本当なら、かなりピンチだ。しかし・・・エミリオには突っ込みどころが満載だった。

「亮一は男だぞ、亮一の処女とは・・・」

「処男て言うべきかな?つまり後ろだよ〜」

なんだって!あまりな事にエミリオは眩暈がする。

「お前、それは強姦・・・」

はははは・・・部屋に笑いが響く。

「まさか〜和姦だよ。俺、淫魔じゃん?相手の好みにあわせて自由自在、テクもはんぱないし・・・教えてあげようか?彼、7回昇天したよ?

それから毎日5回はイッてる」

なんでこんなのにひっかかるんだ・・・エミリオは嘆いた。

普通の人なら、ひとたまりも無いかも知れない。しかし、朝倉亮一ほどの能力者が・・・

「どうして、亮一なんだ?」

「普通の人間より精が強いから。夢魔の糧は人の精だからね」

(だからって、勢いよく吸いすぎだろう。あれじゃあと何日も持たないって・・・)

意を決して、エミリオは懐からロザリオを取り出すと、玉を繰りながら祈り始めた。

しばらくして麗人は、エミリオに白い翼の天使が光とともに舞い降りるのを見た。

ーミカエル・・・−

懐かしい、切ない気持ちになる・・・我知らず涙が零れ落ちた・・・

「ルキナス」

エミリオの言葉に我に返った。

「お前の名はルキナスだ」

名を言い当てられた悪魔は、言い当てた者に服従しなければならない。

「ミカエルがそう言ったのか・・・」

「俺が7つの時にセント・ミカエルが降臨してな、それからは色々教えてくれるんだ。啓示とか預言みたいなものかな」

ーミカエルの申し子ー

魔界でもその名は聞いたことがある。しかし、それがこの男だったとは・・・

 

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