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空港のロビーで、 セント・ローザン教団の祭司である来栖志門(くるす しもん)とシスター・アゼリアが、バチカンから帰還するはずの神父を待っていた。

「いやぁ〜円(まどか)君に会うの久しぶりですねえ。最後に見たのは、こんなに小さかったけど・・・あれから修行だかなんだか忙しくて

何でも山に篭ってたとか・・・大学はイタリア留学、やっと教団本部から戻ってくるんですねえ・・・感慨深いな〜」

カトリックの大きな教団の祭司を務めているにも関わらず、志門はいつも笑顔で気さくだ。

やせた身体に背広を着て、へらへら笑う姿は、ただの愛想のいいおじさんでしかない。

代々、来栖家の祭司は、こうなのだと聞かされて、シスター・アゼリアはなんとなく受け入れてはいる。

しかし、バチカンの教団本部にいた彼女は、この気さくさに余計緊張を煽られるのだ。荘厳、静粛。それが教会本部なら、こちらは和気藹々と言うところか・・・

そういうものに慣れてはいない、根が真面目なのだろう。セント・ローザン女学院を卒業し、修道女になる決意の元、彼女はバチカンに修行に向かう。

そこで4年間厳かに、静かに神に使え・・・

ようとしていたのに・・・

 「シスター・アゼリアは向こうで、円(まどか)君と一緒だったんですよね。どうですか円君は?ちょっと生意気でお茶目でしょ?」

教団きってのエリート神父を”円君”扱いし、生意気だのお茶目だの言ってのける人物は志門だけだ。

この円君こと、紫村円(しむら まどか)は7歳の洗礼の時に、大天使ミカエルが降臨し、以後ミカエルの申し子、大天使の申し子という

大げさなキャッチコピーを持つようになった。

それから彼はエリート路線をひた走る・・・親元を離れて、教団の寄宿舎で中学を卒業するまで神学を叩き込まれ、高校以降は

教団一のエクソシストについて悪魔払いの修行に出る・・・

その後、大学はイタリア、卒業後は教団本部にて神父の資格を取り、数年そこに勤め、今回こちらの薔薇十字軍に正式に赴任してくる事になった。

エミリオ・マリーニ これが今の彼の名である。

バチカンの本部教会では年配の司祭、神父達からも崇められていた大天使の申し子、天使の誇りがやってくるという事で

セント・ローザンの東京本部では大騒ぎだった。

皆こぞってお迎えにあがりたいと言う中を、とりあえず祭司と、唯一イタリアで一緒だったシスター・アゼリアが代表として空港に来た。

「ちゃんと見ててくださいよ。ここで円君の顔知ってるのは、シスター・アゼリアしかいないんですから」

そう。彼女だけが大天使の申し子の顔を知っていた。

ーねえ、ねえ、ファーザー・エミリオってどんな方?天使のようにお美しいのかしらー

シスター達は皆、そんな事を訊いてくる。

天使のように美しいかといえば、とりあえず、美しい とシスター・アゼリアは答える。

カラスの濡れ羽色の黒髪は、動くたびに、さらさらとなびく。・・・長身の華奢で端正な姿、陶磁器のような滑らかな皮膚。通った鼻筋

アジアン・ビューティーと絶賛された切れ長の瞳・・・・・・神聖を絵に描いたようである。

しかし、彼女は知っている・・・というか知ってしまったのだ。その裏の顔を。

「来栖のおじさん!お久しぶりです」

え・・・振り返れば噂のファーザー・エミリオがこちらにやって来る。

(え!?祭司様をおじさん扱いですか?)

おろおろするシスター・アゼリアの横に、すでに彼はやって来ていた。

ふわっ・・・ラべンダーの香りが漂った。イタリアにいた時の事を思い出す。

「シスター・アゼリア?貴方がお迎えとは・・・」

珍しいと言わんばかりである。

「お、お久しぶりです・・・ファーザー」

「嫌われてるかと思ってたけど」

嫌ってはいない・・・ただ、苦手なだけだ。

「円君、こんなに大きくなっちゃわからないよ?しかもスーツ着てるし。神父服は?」

背広姿の祭司に言われては、返す言葉もない。

「あれ着て飛行機乗るの、目立つから嫌なんですよ」

「判る判る〜」

「おじさんも相変わらず背広姿ですね」

(この二人は同類項なのだわ・・・)

遠巻きに二人を見つめつつ、そんな事を考えるシスター・アゼリア・・・

エミリオが、神父服を着て来なかったのは判る気がした。

飛行機の到着時刻から、かなり送れてやってきたのは、喫煙コーナーで煙草を吸っていたのだろう。

何故なら、エミリオは煙草の匂いを消すためにラベンダーのフレグランスを使っている事を、シスター・アゼリアは知っている。

煙草を吸った後は必ず、ラベンダーの香りでカムフラージュしていた、そして今も・・・

「ところで、おじさん、円君は辞めてくださいよ〜一応、俺はセント・ローザンの神父ですよ?」

談笑しつつ二人は歩き出し、シスター・アゼリアも、その後に続く。

「そうですねえ、セント・ミカエルの申し子ですものねえ・・・ファーザー・エミリオ、私の事も、おじさんじゃいけないでしょう」

「すみませんでした。祭司様。でもいいんですよ、無理にミカエルの申し子と言わなくても。影で呼んでるでしょう?エンジェル・ダストって」

エンジェル・ダストー エミリオ自身が自らをそう呼んでいる。

セント・ミカエルの申し子、大天使の申し子、大天使の誇り・・・このたいそうなタイトルはエミリオを追い詰めた。

いつ何時たりとも神々しくないといけない、威厳を保て・・・わずか28歳の若造に、そのような枷を教団は強いた。

その枷の重さに耐えかねて、彼は自らをエンジェル・ダストー天使の埃、ゴミ と表現しているのだ。

元老や長老達は謙遜と笑ったが、シスター・アゼリアは、そんなエミリオが痛々しく思えた。

「エンジェル・ダストって何ですか?初めて聞きますねぇ・・・」

「俺の新しい称号ですよ」

はははは・・・志門は笑う。

「一体、いくつ称号を持てば気が済むんですか?」

はははは・・・エミリオもつられて笑った。

「まったくです」

似た者同士なのかもしれない。志門といい、エミリオといい、どこか枠に収まりきらないところがある。

器の大きさ・・・なのか・・・融通の利かないシスター・アゼリアは、それについてゆけない。

なぜか志門の雰囲気になじめず、バチカンの教団本部に戻りたいと、ずっと思いつつ2年過ごしている。

 

ー人事異動ですよ、シスター・アゼリアー

2年前・・・修道院の院長であるシスター・エスターから辞令を渡された。

日本の東京本部に移動が決まっていた。

ーそこはセント・ローザン女学院があるところです。セント・ローザンで女学生達のお世話をしてください

日本では、来栖家が代々、祭司をされていて、女学園も祭司様の主管圏です。よくお仕えしてくださいねー

 

来栖家は世襲制度で代々祭司をしている。唯一、婚姻を許されており、子女は一男三女と決まっていた。

三人の娘達は薔薇の巫女として、マリア様に仕え、未通女のままマリア様を守って一生を終える。

 それは神と天に守られた、また同時に、神と天を守る家系なのだ。

自らの出身校でもある、セント・ローザン女学院には、その薔薇の巫女も在学していた。

紅薔薇の巫女、白薔薇の巫女、黄薔薇の巫女・・・・3人とも美しく気高い憧れの女学生だった。

薔薇巫女に憧れ、薔薇巫女を守る薔薇十字軍に入りたくてシスター・アゼリアは修道女となった。

なので、日本への人事は薔薇十字軍への近道なのだが・・・

在学中には気づかなかった来栖家の、和気藹々にモチベーションが下がった。

もともと神秘的なもの、神聖なものに憧れていたシスター・アゼリアには、少し違う世界が繰り広げられているのだ。

といっても、志門の事は尊敬している。こう見えても非常時には刃物のような鋭さを見せる。

そして、驕らず謙遜柔和、汝の敵を愛せよ・・・キリスト教の教えには沿っている。人格者でもあり、器も大きい。

 

「シスター・アゼリア、こちらにまだ慣れませんか?なんだか、バチカンに帰りたそうですね」

エミリオはタクシーに乗り込んだ後、そう言って笑う。

「いえ・・・そんなことは・・・」

無いことは無い。大有りだ。エミリオは強い霊力を持っているため、人の感情にも敏感だ。

シスター・アゼリアが、エミリオを苦手とする原因はそれだった。

「形式にこだわらず、本質を見抜く能力を養ってください。悪魔は天使の顔で近づいてきます。そして一番らしくない者が本物です」

それは、ここに来る前、シスター・エスターにも言われた言葉だった。

「貴方は、まだ夢見る乙女ですからね」

え・・・シスター・アゼリアは膨れた。バカにされたような気がして・・・

 

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