最期の面影

もう、すべてが遠い過去になってしまった・・・・あんなにも願った唯一つの願いさえ叶わなかった。

あの人は総てを失い、一人で破滅に向かって行った。北の凍える大地。そこを凍えるわが身の終着点にした。

引き止められなかった、一緒に行く事も出来なかった。

それだけが私の悔い。

死にに行くあの人の刀にはもう鞘はいらない。

この身は抜け殻。死を待つのみ・・・・・ー

やせ細った身を縁側に置き、沖田は来ぬ人を待っていた。

毎日、毎日・・・・

自分に何も言わず何処かに行く事は無いと信じている。

しかし、その時が永遠の別れになる事も知っている。

(誰も、近藤先生のことを私に話そうとしない。それがかえって、私にはっきりと知らしめる。たぶん・・・駄目なのだと・・・

近藤先生を失くしたあの人は今どうしているのだろう。こんなときに私は傍にいる事すら叶わない。いつも一人だったあの人を

本当に一人にしてしまった。自分の前で時間が止まる。しかし、確実に死にむかっている・・・・

もう一度だけ。一瞬でもいい、逢いたい。最後にあの頃と変わらない笑みであの人を照らしたい。

人は私が太陽であの人が月だと言った。しかし・・・・私は太陽ではなかった・・・むしろ月だった。

あの人の情熱の照り返しが私の光。あの人は総てを制していた。

今思えば、近藤さんさえ、あの人の駒でしかなかった。

そして・・・冷血、鬼と言いつつ皆、あの人を愛するしかなかったのだ。

残酷ささえ、美しかった。愛せずにはいられない永遠の発光体。放つばかりで照らされる事のない太陽を、月は照り返していた。

逢いたい・・・・あぁ・・・一目だけでも・・)

深い物思いに耽っている沖田の前に、一人の洋装の男が歩いてきた・・・

ーはっー

刺客かと身構えた が、それは彼の待ち人であった。

(夢じゃないだろうか・・・)

一瞬目を疑った。

総髪の西洋式の軍服を着た優男ー

「お前、目ぇ開けて寝てんのか?」

反応のない沖田に土方は突っ込んだ。

「夢かと思っちゃった・・・突然くるんだもの、びっくりするでしょ」

(だまってりゃあ、ほんとに美男子なのに・・・口を開くと台無しだなあ)

「北で戦う。エゾ地に行くぞ」

「義経みたいですね」

「死に場所は、北がおあつらえ向きだ」

(死に場所・・・・)

沖田の顔が曇る。

「闘う前に凍えて死んじゃうよ」

沖田は立ち上がって土方の手を取る。

「ほら。こんなに冷たい手してる」

「お前が熱っぽいんだよ、また痩せたな」

待ち人を前にして、言いたい事の半分も言えずにいる自分がもどかしい・・・・

「もう、逢えないかと思った・・・」

「・・・もう、逢えないかもな。」

「逢えたからいい。」

ほっとした沖田は土方の懐にくず折れる・・・・

「寝てろと言ったろう」

沖田を抱えて土方は縁側から部屋に上がり床に寝かせる。

(なんて軽いんだ・・・)

抜け殻のような軽さ・・・・・もう、長くはないと証明しているかのような軽さ・・・

(総司・・・最後の力をくれ・・・もう、何も残っちゃあいねぇんだ。俺には)

「いかなきゃあ駄目なの?」

自らの頬に置かれた土方の手の上に手を重ねて、沖田は最初で最後の我侭を言った。

「すまんな」

つくづく、自分は受身だと感じる。いつも土方の言葉に一喜一憂し、翻弄され、待っていた・・・

(近藤先生、最後の最後に私という鞘は用無しになりました。この人は鞘を捨てて死にに行きます)

「一人にしてすまない」

(自分も一人ぼっちの癖に・・・・)

「近藤さんも、永倉も斉藤も原田も皆一緒だ。俺の事は心配するな」

(歳さんは最後の嘘をついた。皆一緒なんかじゃあない。右の眉が上がってる。歳さんは嘘をつくと右の眉が上がるんだ・・・)

近藤も知らない沖田だけの秘密・・・・たぶん、本人も気づいてはいないだろう・・・・

(涙は見せない決して、笑みでこの人を送り出すと決めたのだ)

沖田は必死に瞳の中に溢れてくる涙をこらえた。土方の胸に刻む最後の面影は笑みでなくてはならなかった。

「来てくれて嬉しいです、待った甲斐がありました。」

「連れていけなくてすまない、しかし、いつも俺の想いはお前に繋がっていることだけは疑うな。認めたくないが、とどのつまり

俺はお前と言う呪縛から最後まで逃れる事ができなかったんだ・・・どうしてもここに来ちまう・・・」

「・・・これが、別れじゃあないんだね。これからもずっといっしょなんだね・・・」

待っていた永い日々さえ孤独ではなかった。沖田はいつも土方の気配を感じていた・・・

「これ・・・」

土方は懐から白い紙に包まれたものを差し出した。沖田は起き上がりそれを受け取り、包みを解いた。

「髪の毛?」

「断髪したときの髪だ。家に収めてきた残りをお前にやる」

「形見?」

こんなことをされては本当に永久の別れのようで、沖田のこらえた涙が再び溢れてくる・・・

「女々しいか?」

自嘲するような土方の言葉に沖田は首を振る。

「なんか・・・嬉しいですよ。私のこと気にかけててくれたのかなって」

そっと・・土方は沖田をひき寄せる、力無く土方の肩に頭をもたせかけて沖田はその胸に顔を埋めて

静かにこらえていた涙をこぼした。 土方に見られぬように・・・・

沖田の涙が止まるまで、土方はじっと待っていた。沖田が涙を見せまいとしている以上、自分は

気づかないふりをするつもりだった。

痩せて骨ばった沖田の肩の振えと、軍服を濡らす涙に耐えつつ、彼は徐々に戦いの意思を固めてゆく

いつもそうだった。身を凍えさせつつ戦い続けた。少しでも暖かい所にいると士気を失いそうで・・・

「御武運をお祈りいたします」

そう言って上げた沖田の顔には、涙の痕は無く、優しい笑みが浮かんでいた。

沖田が最愛の人に総てを賭けて、捧げた最後の餞だった

そして・・・土方がもっとも必要としていた最期の面影だった。

「総司・・・ありがとう」

去ってゆく後ろ姿を見送りつつ、沖田は瞳を閉じる。総てが走馬灯のように通り過ぎる・・・

(全身全霊をかけた最期の笑みを、あの人は確かに受け取ったのだ・・・もう思い残すものは何も無い・・・・

今もはっきり言える。貴方のために犯した総ての罪を悔いはしないと・・・・・・)

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