氷恋ー追憶ー
いつでも、何処にいてもあの人は私を探せる。
近藤先生に嫌われるのは怖かった。でも、あの人には絶対嫌われない自信があった。
昔から私たちは一つだった−
「御用改めである」
近藤局長の一声で、この事件は幕を開けた。後に「池田屋事件」と呼ばれる事件が。
一瞬にして修羅場と化した池田屋で、私も かかってくる敵を斬りつつ奥に進んで行った。
(桂は?何処にいる・・・)
小者などに用は無い。桂小五郎を捕らえる、もしくは斬るのが私の目的・・・
血をすった畳は滑る。まるで地獄絵のような有様にも、私の麻痺した心は痛みを感じない。
また、感じている暇もない・・・斬らなければ斬られる。何人斬ったか、誰を斬ったか判らなくなるほど斬り続けた・・・
ほぼ、処理済みの二階の奥で息をつく。
息があがっている・・・ずっと止まらずの咳が再び出る。風邪が治らない。咳は1ヶ月程続いているだろうか・・・・
咳に誘われて、なにかが上がって来た・・・胸の奥から
「ごほっ・・」
生暖かい物が口から溢れた。血の匂いがする・・・返り血を浴びていない隊服に血が滲んでいく。誰の血でも無い自分の血が・・
(風邪じゃない・・・・血を吐いた・・・風邪じゃなかったんだ。)
眩暈がする・・・窓際にくず折れて肩で息をした。
その時・・・倒れていた男が、最後の力を振り絞って起き上がり向かってくる。立ち上がろうとしても立ち上がれない・・・
(歳さん、まだ来ないの・・)
寺田屋にむかった歳さんは、山崎の報告を受け、こちらに向かうはず・・・・刀を杖にして身を起こし脇差しを抜いた。
こちらから動くのは無理だ、向こうが来るのを待つしか・・・・
ゆっくり近づいてくる敵が、私の目の前で倒れた。その後ろに歳さんがいた。
「とどめはちゃんと刺せと言ったろう?斬りが甘いぞ」
「副長・・・来てくれたんですね」
ほっとしてくず折れる私の肩を、歳さんは支えた。
「けぇるぞ総司。」
その声を聞きつつ私は気を失った・・・
夢の中、私は足をくじいて泣いていた・・・
幼い頃、隣の村の子供達と、かくれんぼをして、高い木に登った。
日が暮れる頃、私を見つけられずに皆帰ってしまった。あわてて降りようとして足が滑り、木から落ちて足をくじいた。
腫れ上がった足では歩けない・・・周りには誰もいない・・・・日は暮れてくる・・・・
このままここで凍え死ぬのか・・・と思うと心細かった。
「おい。晩飯の時間にけぇらねぇで何してる。」
歳さんがむこうからやってきた・・・通りがかったのではない。ここは歳さんの通り道じゃあない。
「探しに来てくれたの?」
「勝ちゃんが探しに行こうとしたから、俺が来た。こんなとろこじゃあ、勝ちゃんは朝になるまで探せねぇからな」
確かに・・・今日はいつもとは別の場所で遊んでいた。しかも、かなり道場とは離れていた。
「近藤先生・・・怒ってる?」
「恐いのか?」
そういって歳さんは手ぬぐいで私の涙を拭いてくれた
「嫌われたくない」
「総司は勝ちゃんのこと好きなんだなあ」
笑いながら歳さんは、その辺の木の枝で私のくじいた足を固定して手ぬぐいを巻いて応急処置をした。
「嫌われねえよ。心配すんな。」
そして私を背に負ぶった。
「どうして歳さんは私を探せたの?」
「声が聞こえた。お前の泣く声が。」
「そんな大声で泣いてないよ・・・・」
はははは・・・・歳さんの背中が揺れる。
「耳で聞いたんじゃあねえんだ。頭の中に響くんだ」
「変なの」
近藤先生と違って、歳さんは子供嫌いだ。愛想もすこぶる悪い。(でもそれがかえって魅力なのだと女の人たちが言う)
なのに私のことは一々かまってくる。確かに子供扱いはしない・・・道場の門下生として対等に接してくる。
頭脳明晰なくせに使いどころが無くて、自分をもてあましているように見える。(悪知恵ばかり働かせてる)
でも近藤先生は歳さんが好きだ。言わないけど道場の皆は歳さんが好きだ。
そして・・・私も・・・・
「助けてくれたお礼に、皆が歳さんのこと嫌いになっても、私だけは嫌わないであげるね」
「なんで俺が嫌われんだよ」
「身に覚えあるでしょ?」
「ねえ!」
ムキになっている所が怪しい
「礼なんか無くても、お前の危機のときは助けに来てやる」
「きっとだよ」
歳さんは私が何を言おうと怒らない。何故か嫌われないと言う自信が私の中にあった。
安心した私はいつしか歳さんの背中で眠っていた・・・・
額のひやりとした感覚で私は目を覚ました。
濡らした手ぬぐいを歳さんは私の額に当てていた。
「気がついたか。うなされてたぞ。」
「そう?凄くいい夢見てたんだけどなあ」
「美女でも出てきたか?」
「歳さんじゃああるまいし・・・・でも、美人は出てきた。男だけど」
「なんだ。俺か〜」
・・・・あほ・・・呆れて物も言えない。・・・・・・でも、当たり。
「子供の頃の夢・・・足くじいて泣いてたら歳さんが来て、負ぶってくれた時の・・・・」
「そんなこともあったな」
「危機のときは助けに来てくれるっていったよね。今回も助けられたね。」
「遅く来てすまなかった」
歳さんも私も、あの頃の総司、歳さんではもうない。会津藩お抱えの新撰組副長と一番隊長だ。
小さかった私の背は伸び、歳さんを追い越した。
しがない薬の行商人は、今や泣く子も黙る新撰組の鬼の副長・・・・・姿や身分は違っても歳さんは私と繋がっていた。
「私の声聞こえました?」
「ああ」
「なんて聴こえましたか?」
「歳さん、まだ来ないの・・・」
え!?ほんとに私の心の声が聞こえるんだ・・・・
「それより、お前、吐血したんだぞ。これがどういうことか判るよなあ」
「・・・・局長には?」
「言えねえよ・・・今は池田屋の後処理で忙しい。今日も会津藩主に呼ばれて行った。」
「副長は行かれなかったんですか?」
「お前を置いていけねぇだろう?局長も付いててやれと仰った。今回のことで新撰組は一目置かれるようなった。局長もひっぱりだこだ・・・」
近藤先生の晴れ姿・・・見たかったろうなあ・・・・歳さん・・・
「医者に通え。以後、討ち入り禁止。お前は留守番だ。」
「え〜!!!」
「お前!あの時俺の寿命10年縮まったぞ!判ってんのか!!」
「・・・そうは見えなかったけど・・・」
寿命縮まった人の吐く台詞が・・・斬りが甘い・・・なの?
なんか・・・”総司!!!大丈夫か!!”とか”しっかりしろ!!”とか・・・そういうこと言えないの?
表に出ない感情・・・副長になってから特に・・・
「あんまり動揺して、あんなに弱ってる相手に思いっきり斬り込んじまったじゃあ無いか!刀が刃こぼれして今、修理中だ。」
そういえば・・・あの死体・・・真っ二つだった・・・
「今日は、一日傍にいてくれるんだね。」
「・・・うれしいか?」
「ええ。なかなか副長を独り占めになんてできませんから。」
「そんなことしたがる奴いねえよ」
「人前じゃあ冷たくするし、時々追い返すし、自分勝手に呼びつけるし、少しくらい私につきあってくれてもいいよね。」
呆れ顔の歳さん・・・・
「そんなにたまってんのか?」
「!・・・・・」
「不満が・・・・」
・・・なんだ・・・不満の事か。びっくりした!
「とことんお前に はまり込むのが恐くて抑えてるんだ。やはり清い仲でいるべきだったか・・・」
何それ・・・・
「今の関係は不純なんですか・・・・」
「総司の魔性に翻弄されてる・・・」
「人聞きの悪い・・・・天真爛漫な私をつかまえて何言うんです!!」
歳さんは遊び人の癖にいざと言う時、だらしが無い
あの時も、私が帰ると言わなかったら、きっと朝まで火鉢囲んでお茶すすってたさ・・・・
「人斬った後と、俺を見る目が魔性だ・・」
「それは・・・歳さんが私にメロメロになってるってこと?よかった。」
「何が?」
「両想いですね。私たち」
黙って歳さんは私の額の手ぬぐいを取り替えた。
「俺より先に死ぬな」
「人聞きの悪い。」
笑い飛ばそうとしたその時、歳さんの目から涙がこぼれた。
私は起き上がって彼を抱き締めた。とても置いてゆけない。この人一人残せない・・・
「そうやって私に弱みを見せると、誘惑したくなるでしょ?歳さんがいけないんだ・・・」
「ばか・・・」
もう私は足をくじいて負われている子供ではないのだ・・・あの頃受け止められなかったこの人の悲しみを、今なら受け止められる
「もし、勝ちゃんがいなかったら、お前と二人だけで暮らしてたかもな・・・」
そう、この人の人生は近藤先生のもの。私の人生は・・・歳さんのもの・・・・だから私には必要だった・・・
歳さんとの内外のつながり。心だけでなく身体も・・・
「後悔して欲しくないよ。私には歳さん丸ごと必要だったんだから。そのせいで歳さんが悶々するのは自業自得」
「いいさ・・・吉原にも島原にも彼女はいるし・・・」
思いっきり負け惜しみをいう歳さん・・・・・
「やきもちなんて妬かないよ」
「なんだ。妬けよ〜」
「妬かない」
歳さんの一番やわらかい、弱い部分を守っているのは他ならぬ私だと信じているから・・・
完
あと(あ)がき
沖田サイドで書いて見ました。
本当は喀血してからの話は辛いから書かないと決めてたんだけど・・
まだ冷めてないな、新撰組熱・・・・歳ちゃん泣いちゃうし・・・
へこむ歳ちゃん萌えの沖田でした・・・
土方の近藤への想い 沖田の近藤への想い・・・
実は隠れたモテモテ、近藤勇!!うらやましい・・・
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