氷恋                                                

 

 

              雨の中沖田は傘をさし、屯所に向っていた。

 

ー中川右近を殺ってくれー

今朝、土方が沖田を部屋に呼んでそう告げた。

中川右近・・・・一ヶ月前入ったばかりの新入り。腕は確かだったが、山崎の密偵探知眼に引っ掛かった

結果は黒。

 

人なつっこい笑顔で、沖田は中川を河原に連れ出した。

沖田に誘われると誰も断れない。何人もの間者がその手にかかっている。

 

ーすまんな.....こればかりは俺には無理だー

新選組の鬼の副長に誘われてついて行く者はそういない

間者とは言え、仲間を暗殺する仕事。

”新選組の人斬り包丁” 密かに、そう呼ばれているのを沖田は知っている。

暗殺は慣れている。昔、芹沢鴨を手にかけた夜にすでに壊れていた。

もう痛みさえ感じない。もう戻れないのだ

そうまでしても失いたくなかった。

土方の頼みなら何でもする....

実際、彼は”土方の人斬り包丁”になっていた。

 

 

中川がいくら強くても、一番隊長の沖田にかなうはずもなかった。

電光石火の早業で、血飛沫の一滴も浴びることなく事を終えた。

 

暗い空から雨は陰気にしとしと降り続けた。

闇はすべてを隠す.........

屯所の門をくぐった沖田は、庭に佇む人影を見た。

「副長?」

土方が雨にうたれなから沖田の帰りを待っていた。

「どうしたんです?傘もささずにこんな所で...」

沖田が傘をさしかける。

「お前にこんな事をさせて、俺が部屋でのんびりしていられるとでも思うのか」

自分よりも、もっと傷ついている土方が愛しくて沖田は彼の為なら、何でもしてやりたくなる。

「処理しました。終わりましたから、もう中に入って下さい」

沖田は土方の肩に手を掛け促す。

(何時から雨の中にいたんだろう....)

着物はすっかり濡れている。初冬の雨は土方の身体を氷のように冷やしていた。

 

 

部屋に入るなり沖田は火鉢の火をおこす。

「部屋もこんなに冷え切って....風邪ひいたらどうするんです?早く着替えてくださいよ」

氷のような冷血さを見せる普段とは、うって変わった憔悴ぶりに彼は戸惑う

「私は大丈夫ですから...周りが感付きます...こういうことは、もう、しないで下さい」

沖田と出かけた中川が辻斬りにあい、屯所では副長の様子がおかしいとあっては、感付く者は感付く。

 

 

「平気なのか?」

着替えた土方が沖田の隣に座る。

「今更・・・でしょう??」

「・・・すまんな・・・」

火鉢の上に翳した土方の手を、沖田は両手で包み込む。

「手が氷のように冷え切ってますよ」

あの夜も......土方の手は驚くほど冷たかった

冷徹な鋼の精神、沖田だけに見せる迷い、氷の奥に隠された情熱.....

 

「おやすみなさい」

立ち上がろうとした沖田の腕を、土方は掴んで引き寄せる。重心を失い土方に向かいあった姿勢で片手をつく沖田。

「行くな。今夜は一人にするな」

「副長...」

「ふたりだけの時は副長と呼ぶな」

冴え冴えとした瞳で、冴え冴えとした声で土方は哀願する

 

守りたかった...沖田だけは.....しかし守れなかった....

理想とはうらはらに罪に手を染めてく.......

その沖田は必死で、土方を守ろうとしていた....

「今夜は帰してください」

いつもの無邪気な笑顔で沖田はそう言った。

「人斬りの身をこれ以上晒したくありません」

とたんに沖田は強い力で引き寄せられた。

「晒せ すべて晒せ、その身が汚れていると言うのならその身で俺を汚せ」 

腕の力とは裏腹に声は氷のように冷めていた。

 

いつしか、罪を共有することが快感に変わるのを彼らは感じていた。

彼らは知っていた。今夜、中川を斬ることで、さらに互いを呪縛することになることを。

互いをがんじがらめに縛りつつ捕獲する................

そこには局長 近藤勇さえも介入を許さない二人だけの世界があった。

 

 「いつも、どうしてこんなに凍えているんですか?」

土方の凍てるその身は、抜き身の刃を素肌にあてがわれているような殺気さえ感じる

 

 

ーあいつは抜き身の刀のようだ....総司、もしものときは、歳の鞘になってくれ。でないと、とことん落ちてゆくぞ...ー

 

昔、近藤が沖田にそう頼んだ事があった......

 

「私がなれるんですか?」

沖田は身を起こして土方を見つめる.....

「あなたの鞘に.......」

まっすぐ見つめてくるその瞳が愛しくて、土方は沖田の女のような赤く美しい唇に自らの唇を重ねる・・・

おそらく未だ誰も触れる事のなかったであろうその唇.........後ろめたさに顔を上げる....

「大丈夫か.....」

「一度抜いた刀をそのまま収めたら、士道不覚悟ですよ」

そういいつつ、瞳をそらす沖田の艶めかしい媚態に誘われるように土方は再び唇を重ねる.....

今度は貪欲に貪り続ける.........

 

土方の凍てた身体が、徐々に熱を帯びてくるのを沖田は感じた........

恋焦がれていた、氷の奥に潜む隠された炎に焼き尽くされる快感に震える....

彼らは一瞬を永遠のものにする為にすべての情熱をこの一時に注ぐ

近寄るものを、すべて斬り尽くす 抜き身の刀がようやくその狂気を鞘に収め、安息の時を迎えた.......

 

 

  

 

 

「私といる時は歳さんは凍えないんですね....

土方の肩に頭をもたせかけて、沖田がつぶやく。

「以前、お前が言ったんだぞ、温めてやると....」

(ああ....そうだった....もし、私がいなくなったら、この人は凍えてしまう)

 

最後まで土方と生死を共にする事を沖田は切に願う

それが叶わぬ願いであったとしても、ただ、願わずには いられなかった

 

                                完

 

 

               *あと(あ)がき あるいは言い訳*

                 BL系に挑戦してみたんですが・・・・・・・・

                 ラブシーンが苦手でどうしても避けて通ろうとする

                 無理やり書いたらこんなカンジ・・・・・とほほ・・・

                 しかし・・帰る気も無いのに「帰してください」な魔性の沖田・・・引き止められたがり

              

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