回帰1

 

二人で大学に通う日々が続き、光輝も、馨も、二人を迎える学生達も何となく慣れてきた頃に、春休みが始まった。

「なんか、一緒に仕事休みって嬉しくないか?どこか旅行行く?」

今までは、休暇が同時期でなかったため、不自由していた光輝が今度ばかりはと浮かれている。

「どこかに行っても、騒がれるから家にこもりたいんだけど」

消極的な馨に、少しがっかりしながら、光輝は気を取り直す。

「そうだな、家でまったりもいいか・・・つーか、実は一日中ヤッてたいとか?一週間ヤリ続けてたいとか?希望あるか?」

春休み第一日目の朝食の席で、いきなりそんな話が出てくることに呆れながらも、馨は頷く。

「昨夜ハメ外したから、今日は昼間からやる気はないけど、一日中隣で過ごすっていうのをやってみたいんだ」

「隣・・・」

「読書するときも、講義案作るときも、食事も、テレビ見るときもずっと隣で・・・」

ふうんー 光輝は頷く。簡単そうで、それはなかなか出来ないことだと思う。

「じゃ、風呂も一緒か?」

スクランブルエッグをフォークでつつきながら、光輝は笑う。

「それは・・・」

「この際、一緒に入る!たまにはいいだろ?」

曖昧に頷きつつ、馨はロールパンにバターを塗る。

「マジ?やったー」

やはり、どこか旅行に行くほうが良かったかな、と馨は密かに後悔した。

「あ、明日俺と一緒に  桜華学園に行かないか?同窓会あるんだが、お前と行きたくなった」

桜花・・・馨が古典教師として赴任し、そこで高校生の光輝と出会った場所・・・あの頃は光輝とこんなふうになるとは予想もしていなかった。

ただ、暗く重い心を引きずるように通った初めての職場だった。若い青年だちの希望の学び舎である、あのエデンの園は今の馨にはどのように見えるのだろうか?

光輝と二人、あの中庭に佇んだとき、今なら何が見えるだろうか・・・

「しかし、俺が行くと何かと好奇の目で見られてお前が辛いだろう?」

「いや、自慢してやる。佐伯馨を俺はゲットしたってな」

コップの牛乳を一気飲みして、光輝は笑った。

ええ・・・馨の脳裏に、嫌な昔の記憶が蘇る。クラスメイトと光輝が交わした賭けー 佐伯馨をモノにするー報酬はセント・ローザン女学院の文化祭のチケット・・・

「でも、実際は、モノにされたのは俺のほうだけどな」

先ほどの笑顔はどこへやら、ため息混じりに俯く光輝が、可笑しくて馨の中の不快な感情が跡形もなく消え去った。

「そんなことないだろ?」

「あるよ、結局、翻弄されたのは俺のほうだ。きっと今だって、求める思いは俺のほうが強い」

やれやれ、馨はため息をつく。自信過剰かと思えばすぐ自信をなくす・・・特に馨のことに関しては、光輝はいつも不安を抱えていた。

まるで、昔の自分のようだと馨は思う。光洋と不倫していた頃の自分と似ているのだ。

「あんなに愛してやっても、そんな情けないこというかな?親父さんの爪の垢でも煎じて飲めよ」

食べ終わった食器を片付けながら、馨は笑う。

「だって」

「だってじゃない」

これは昔、高校生時代に愛を弄んだ報いではないかと思われた。今なら、別れ話に泣いてすがってきた女学生たちの気持ちがわかる。

随分ひどいことをしてきたもんだと思う。

「仕方ないのか・・・」

ショボンとうなだれたまま、光輝は食卓を片付け始める。

「行ってみようか、桜花に。お前との原点だからな」

洗い物を終えて馨は光輝を振り返る。

「あの中庭に二人で佇んでみよう。辛い思い出を塗り替えるんだ」

うん。頷く光輝に、馨はリビングのテーブルに置かれている著書「天使の雫」を手渡す。

「ちゃんと読め。お前に当てたラブレターなんだから。こんなに思いを綴ってもまだ、わからないってありか?」

本当は、わかっている。痛いくらい・・・自分のために身を引くほどに、馨は自分に自己犠牲の愛を与え続けた。

それなのに、光輝はただ、愛してくれとダダをこね続けただけだということも・・・

でも、それでも・・・涙が溢れた。こんなに愛してやまない誰かが現れるとは、あの時、思いもしなかった。こんなに、誰かを愛することが苦しいなんて思いもしなかった。

「そうか」

馨は諦めたように、光輝に近づき、抱きしめる。

「お前は言葉ではわからないんだな」

包容力があるように見えて、実は甘えん坊。それが鷹瀬光輝なのだ。

そっと唇を重ねた後、馨は光輝の顔を覗き込む。

「寝室に行こうか?隣にいるより、二人でごろごろしていたくなった。腕枕とか、膝枕とか」

「咥えたりとか、突っ込んだりとかは?」

かろうじて微笑みを浮かべ、光輝は馨を抱き上げると寝室に向かう。

「おい、教授がそんな下品なことを言うもんじゃない」

笑いながら馨は光輝の鼻をつまむ。やっと光輝らしさを取り戻したことに、ホッとしながら。

「あれ?じゃ、それなし?」

ゆっくりと、ベッドに馨を下ろしながら拗ねる光輝。

「いや、ありだけど」

「じゃ、さっそく」

のしかかってくる光輝を受け止めながら、馨はこの温もりに永遠を感じる。光洋には終わりを見たが、光輝には永遠を感じる。

それが心地いい。

「何処も行かずに、毎日ヤリっぱなしって憧れるなー」

「憧れるな!そんなものに」

「でも、今まで出来なかったことだからさー」

 一緒に暮らしていても、仕事の都合ですれ違うことが多かったかもしれないと、馨は気付かされる。

「とりあえず、明日は桜花行き、決まりだからな」

馨は、にわかに原点に立ち戻りたくなった。今なら思い出さえも塗り替えれれる気がして。

辛い思いを抱えたあの時の自分に、今は幸せだと告げたくなった。

そこから、もう一度やり直せる気がして・・・・

  

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