復帰5
大学の学食の隅で、人目を避けるように光輝と馨は向かい合って昼食をとる。
馨が大学に来て1ヶ月が経とうとしていた。なんとなく同じ職場勤務に慣れ始めた頃だ。
「お前、いつもいないじゃないか」
日替わり定食を前に光輝がぼやく。
「よその大学に呼ばれてあちこち行ってたんだ。いろんな意味で”話題の人”だからひっぱりだこだな」
これではタレント作家やっていた時と変わらないではないかと思ったりした。
「佐伯先生は教壇に立っていても”キャーステキ〜”とか言われてる訳?」
まさか・・・苦笑しつつ、箸をとる馨。
「もう、それじゃ助教授とばして教授になれるだろ?」
さあ・・・他の教授たちの目があるので何とも言えない。作家をしていてもルックスで売っているだの、
イケメンは得だ・・・だのイヤミをさんざん言われていたのだから。
「こんなに目立ってるのに、控えめにしているのが、かえってイヤミなんじゃないか?」
ポテトサラダをつつきながら、光輝は穿った意見を発する。
目立っていて、さらにふてぶてしく、図々しい父、光洋とはまったく逆のタイプだ。
しかし、光洋はそれでも憎まれないのだ。心中未遂のスキャンダルさえ、スルーされてさえいる不思議な男だった。
だからといって、馨に光洋のようになれとも言えない。柄ではないからだ。
「確かに、目立ってるな」
隅っこに席をとっているにかかわらず、生徒たちの注目を浴びている事に困り果て馨はため息をつく。
「気にするな〜気にしていたらここで教授なんてやってられるか。少しは親父のふてぶてしさを見習えよ」
「あ、鷹瀬先生はお元気か?」
今では何のわだかまりもなく、光洋の事をお互いに話題に出せるようになっていた。
「ちゃっかり、お前の抜けた人生相談やってる。塾の方はそのコマーシャル効果もあってか大評判だしな。
あちこちから腕のいい講師呼んで、今じゃ全国に進出なんて話もある。息子の俺が言うのもなんだが、ありゃ
人生舐めてるな」
なんにせよ、うまくいっているならそれに越したことはない、馨は安心する。光輝と自分のために退いた
教授職なのだ、後悔して欲しくはなかった。
「でもさ、人生相談は佐伯馨にゃ敵わないって、つくづく感じるそうだ。俺が家に帰る度に愚痴るんだ。
器が違う事、思い知れとか言ってやったんだけど」
実父になんてことを・・・馨は言葉を失う。
「とりあえず、今日は一緒に帰れるのか?」
「そうだな、今日はこれからずっとここに居るから」
ふうん、光輝は頷きつつ、カバンからステンレスボトルを取り出し、食後のコーヒーを飲む。
「伯父さんの講義について回ってるんだ。ご苦労さん」
「助手だからな。って、お前、水筒にコーヒー入れて持ち歩いてんのか?」
水筒?光輝は眉間にしわを寄せて反論する。
「これはステンレスボトルだ、水筒と言うな。うちの英文科の校舎の自動販売機が故障中で、期間限定で
持ち歩いてる。お前も飲め」
蓋になっているコップに重なっている、予備のコップにコーヒーを注いで光輝は馨に差し出す。
「講義が終わった後、質問に来た生徒とお茶するのもいいだろ」
「なかなかいい先生だな。高校時代は中庭でタバコ吸う不良だったのに、成長したな」
「うるさい、タバコは二十歳で辞めたから」
と光輝は席を立つ。
「いや、それ逆だろ・・・」
突っ込みつつ、馨は飲み終えたコーヒのコツプをテーブルのステンレスボトルにセットし、光輝に渡し、立ち上がる。
なんにしても、職場で馨に会えるのが光輝には嬉しくてたまらない。
「帰り、迎えに行くから」
「いや、いい。ケータイにメールするから駐車場に集合しよう。いろいろ人の目があるしな」
光輝の誘いをあっさりと断り、馨は手をあげて去っていく。
(ええ・・・つれないなあ・・・)
しかし、確かに人目はある。先ほどの2人の会話の間にも痛いほどの視線を感じていた。
が、気にしないポーズをとることにしていた。周りも静かに見守る体制をとっているのだから、つきすぎず離れすぎずで行こうと決めていた。
(別に家でも逢えるんだし、いいんだけど)
校舎が離れているだけでも良かったのだろう。ずっと一緒だと身が持たない気がする。本音はもう一時たりとも離れていたくないのだから。
(親父もよくこんな状態で、ばれずに馨と不倫してたよな)
義兄である、服部という隠れ蓑はあったにしてもだ。
「鷹瀬教授・・・」
振り返ると英文科の1年の男子学生がいた。まだ幼さの残る華奢な青年で、大学に入学したばかりの馨も
こんなふうだったのかと、光輝は頭の片隅で考えていた。
「ああ」
「質問していいですか」
まだ世間知らずな純粋さと、若い情熱を内に秘めて、その学生は佇んでいた。
「プライベートな質問でなければ、なんでも訊け」
ははは・・・冗談ぽい光輝の言葉に、彼は笑顔を無防備に見せた。
きっと、馨もこんなふうに笑っていたのだろう。
(その馨を親父が踏みにじったんだ・・・)
光輝の悲しげな表情を学生は見逃さなかった。
「教授・・・」
「なんでもない。そこのベンチで聞こうか?」
自動販売機の傍のベンチを指して光輝は笑う。彼と馨は違う、別の人間だ。そして馨は今は光輝の最愛なのだ。
感傷に浸っている自分を笑い飛ばし、光輝はベンチに座り、学生のノートを覗き込んだ。
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