復帰2

 

学食で昼食を摂っていた光輝の隣に服部が日替わり定食を抱えてやってきた。

「おう、元気か?」

「伯父さん、ヘンリーのお守り、大変だったろう?」

いいや・・・笑って席に着くと服部は食事を始める。

「彼はなかなか礼儀正しい英国紳士でね、どこに行っても人気者だったよ」

ええ?光輝の箸を持つ手がとまる。

(猫かぶってるのか?あいつ?)

TPOはわきまえているようではあったが、まさか服部にまだ本性がバレていないとは・・・

「ところで、お前に頼みたい事があるんだ、佐伯を説得して欲しいんだ」

はぁあ?わけも解からず嫌な予感がした。

「あいつをただの作家で終わらせちゃいけない、学者として才能を伸ばしてやりたいんだ。年齢からして

最後の機会だと思う。だから、お前からも・・・」

「ちょ、ちょっと待った。その不吉なキーワードは何やらデジャブーを予感させるが、俺に馨をどこかに送れと

言っているのか?」

うん。服部は頷く。

「察しがいいな、お前だって招待講師のキャリアを積んだから今こうしてるんじゃないか、ここで恩返しをだな」

馨がもう離れないと言っているのに、その馨を服部は光輝の手で引き離せというのか?

「断る。俺たちはもう離れないと誓ったんだ」

「別に、離れろとは言って無いぞ?」

はあ?長い沈黙が流れた。

「勘違いするな。私は佐伯をこの大学に呼びたいから、その手助けをしてくれと言っているんだ」

そんな話は馨から一言も聞いてはいない。訳が分からず光輝はただ服部を見つめた。

「聞いてなかったのか?佐伯から。やはり断るつもりでいるんだろうか・・・」

頷きつつ、服部は事の次第を説明し始めた。

今回、来日したヘンリーが佐伯馨の能力を証し、日本の古典文学のさらなる発展のために教授として大学に

迎え入れることを学長に要求したというのだ。

学長自身も馨にその意思があるならば受け入れる旨を伝え、ヘンリー自ら馨を説得をするために

自宅を訪問した。

「じゃ、あの時、俺が帰るまで馨とその話をしていたのか。それで、馨の返事は?」

「まだもらっていないが、お前と同じ大学に通う事に抵抗があるようだ。もうスキャンダルも逃亡も声明書も

過去の事だし、誰も気にしないというのにな」

もともと、馨は服部が将来は助手にするつもりで大事に育てていた愛弟子だった。

そのまま行けば、この大学で教授になっていただろうに、それを鷹瀬光洋が台無しにしたのだ。

馨が服部の下につく事には、大学側は何の抵抗もない。

むしろ翻訳されて海外に出た論文の著者と、その翻訳者2人ともを所有している事が大学の名を高める事にも

なると喜んでいるくらいだ。

「そうだな、親父も、もういないから問題ないしな」

「鷹瀬が自ら大学を退いたのは、お前のためだが、馨のためでもあったんだぞ。最後の日に、馨を頼む

必ず元に戻してくれと言った。これがどう言う意味かわかるか」

元に戻す・・・堕天使を空に還す・・・

「親父と出会う前の人生に戻す・・・か?そこまで親父は考えていたのか」

確かに、光洋は馨を無残に摘み取り、踏みにじって人生を変えてしまったが、それは本心ではなかった。

初恋だったと言ったのだ・・・ゲームのように恋愛を楽しみ、浮名を流し続けた男の唯一の純情だったのだ。

「まあ、俺も一緒に通勤できるのはラッキーだし、説得してみるよ」

「職場が同じだからと校内でイチャつくなよ?生徒の目があるからな。スキャンダルは確かに過去の物に

なったが、お前と馨のファンクラブみたいな集団は、まだこの大学にも存在するんだからな」

ああ・・・光輝は思い出した・・・声明書の騒動の時

ー鷹瀬さん、佐伯先生、お二人を応援しています必ず愛を貫いてくださいー

と言いつつ署名運動していた若い女性たちの集団がいたことを・・・

世間では腐女子とか呼ばれているその集団は、光輝の教え子の中にもいて、時々馨の事を眼光をギラギラさせながら

聞いてくる。

うう・・・身震いして、光輝は頭を振った。

「ああ、ゴメンだ。気をつけないとな。あいつらの脳内で俺ら凄い事になってるからな〜」

「まあ、それは 事実だから・・・」

服部に、ぼそっと突っ込まれた光輝は絶句する。

(伯父さんまで・・・)

「そういう事だから、私に対して、色々感情はあると思うが、全て水に流して佐伯自身のために大学に

来て欲しいんだ」

そう言って服部は立ち上がった。

(ヘンリーも色々考えてくれてるんだな・・・あれで)

昔から世話をやいても押し付けがましくないところがヘンリーの魅力だった。

(馨はどうするつもりなんだろう?)

帰ったら聞いてみなければ・・・そう思いつつ、光輝は席を立った。

 

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