復帰1

 

 

沐浴後、リビングで講義の資料の整理を終えた光輝が寝室に入ると、ノートブックを前に作業中の薫の姿があった。

「先に寝てろって言ったろ?」

「いや、締切迫ってて・・・」

そう言いつつ、そそくさと作業を終える薫を覗き込み、光輝はため息をつく。

「何?見ちゃダメな原稿なのか?」

「恥ずかしいから」

苦笑しながら立ち上がり、ベッドに腰掛けるとスタンドの明かりを灯し、光輝に部屋の明かりを消すよう促す。

「最近、官能小説とか書いてんのか?」

そう言いつつ、部屋の明りを消し、馨の隣に腰掛けた光輝は、自分の髪に手をやり、洗い髪が乾いたかどうかを

確かめる。

「まさか。でも、これはサプライズ出版するから絶対見せない」

ふうん。頷いて光輝はそのままベッドに倒れ込んだ。最近、光輝はあちこちの大学に呼ばれて講義する事が

増えて、その準備で夜も忙しい。そのため一緒にいながらも、馨とはすれ違いの生活を余儀なくされ

寂しい想いをしていた。

「なんか俺たち遠くないか?」

はあ?馨は首をかしげて光輝を振り返った。大学教授として今、光輝は一番充実しているように見え

彼自身もやりがいを持って取り組んでいる。そんな光輝を傍で見守れる事の幸福を、馨は感じているにもかかわらず

光輝は2人の距離は遠くなっていると落ち込んでいる事に疑問を感じる。

「ベッドが一緒でも、寝る時間が別々でレス状態じゃないか・・・」

「すまない、俺が先に寝るのが悪いんだな」

いや・・・起きて待っていろと言って、馨が待っていたとしても、時間的に無理がある。

睡眠時間を削るのは、明日の仕事にさしつかえるので、どのみち光輝は眠るしかない。

「いや、寝ててくれて感謝してる。お前が起きてたら自制きかずにヤってるし、そしたら次の日ヨレヨレで

講壇に立つことになるしな」

「かなり疲れてるなあ・・・」

「だから、癒してくれないか?久しぶりに」

とベッドに腰掛けている馨の腰を撫でさする。

「明日は?」

「午後から出勤だから、少しは余裕ある」

そうか・・・そういえばここ一週間、お預けだったような気がする。が、光輝と自分のこの温度差はなんなのだろう。

というか、自分が幸福に満たされている間、光輝は苦痛を抱えていたとは・・・

「年かな?衰えたのか?枯れたのか?」

呟く馨を、光輝は素早く押し倒し、ベッドに寝かせる。

「何が?」

「今までレスが苦痛じゃなかったから」

「え?マジ?倦怠期か」

そんな会話をかわしつつも、光輝は馨のパジャマのボタンを慌ただしく外している。

「もう、年だしな・・・」

「じじいみたいなこと言うな!なんか俺、可愛そうだなあ。はっきり言って、お前あんまりヤル気なさそうで

いつも虚しい思いをしてるんだぞ?もっとベタベタしててきてもいいじゃないか?」

「性格だから。こういうのは」

「俺の事どうでもいいのか?欲しいとか思わないのか?」

ああ、馨はかすかに頷いた。光輝は疲れているのだ。しかし疲れているので、そっとしておこうと思っていた

自分の考えが間違っていた事に気づく。

「我慢しかしてこなかったから、我が儘になれなかったんだ。ただそれだけだよ」

そう言うなり、馨は光輝を組み敷いた。

「光輝はジッとしてろ。今日はしてやるから」

いきなりのことに驚いた光輝の首筋を、馨の唇が這い回る。

「おい」

「たまには積極的になるのも、悪くないかなと思って」

あまりの極端な行動に、光輝は言葉も出なかった。

 「というか、やはり可愛い教え子だな〜と思ってさ」

と馨は微笑みつつ、光輝の髪をなで上げた。

「何いきなり教師ヅラしてんの?」

「眠かったらそのまま寝ていいから。処理は任せといていい。たまにはそういうのもアリだから」

いつの間にかパジャマを脱がされ、全裸の状態で抱きしめられた光輝は苦笑しつつも、なぜかとても安らいでいた。

母親に抱かれているような安心感に満たされた。

貪るように攻める自分とは違い、馨の愛し方は包み込むように柔和だ。

求められないことに不満を感じていた自分を、光輝は恥じた。いつもこうして馨は光輝を包み込んでいたのに気づかなかったのだ。

「こうしてじっと抱かれてるの、気持ちいい」

深呼吸して、目を閉じた光輝の唇に馨の唇が降りてきた。

「焦らなくてもいい、安心していい。俺はもう逃げないから、ずっとお前の傍にいるから」

耳元で囁かれた言葉に、光輝は不覚にも涙を流してしまった。

不安だった、今まで。ずっと長い間、光輝は馨を追いかけていた。手に入れたとたん、するりとすり抜け

馨は去っていく・・・一緒にいてもその不安はどこかにあった。

「本当に、これが最後で永遠なんだな?」

光輝の涙を唇ですくい取りながら、馨は寂しく笑った。

「俺が限界なんだ。お前なしではいられないから」

バカ・・・馨の背に腕を回し、光輝は強く引き寄せる。

「だからなんで身を引いたりするんだよ?もう残りの時間、どれだけ一緒にいても足りない位なんだぞ?

一晩一晩が貴重なんだぞ?」

 何度こんなやりとりをしただろうか。そして離れたのはいつも馨ー

「すまなかった。もう何も考えない事にする。何も考えずにお前の傍にいる事にする」

それが本心からの本音の本音だった。

 

 

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