天使の微笑 5

 

 

夕食後、食後にコーヒーを飲みながらヘンリーと光輝、馨はテーブルを囲んだ。

「ヘンリー、ウチはアルコールは無いからな。飲みたかったらメンバーと飲め」

「コウキは向こうにいる時でも飲まないなあ。飲めないんじゃなくて飲まないんだ。

なんで?ミスター・サイキに酔っているから?」

ああ・・大げさにため息をついて、光輝はダイニングの椅子にふんぞり返る。

「そういうクサイ台詞はお前のパートナーにだけ言えよ。で、いつ帰るんだ?」

「今晩は泊めてくれるだろう?3人で川の字になって寝よう」

それ、西洋人の言うことか・・・馨は苦笑する。

「なんでお前と寝なきゃならないんだ。頼むから一人、別室でおとなしく寝てくれ」

ええ〜不満げなヘンリーに同情する馨を、光輝は諭す。

「馨、同情は禁物だ。こいつは冗談で寝込みを襲うような奴だから、気をつけろ」

「ひどいなあ〜いくら邪魔されたくないからって、そんな言い方しなくても。そんなにミスター・サイキと

離れていたくないのか?それでよくも招待講師やってたねえ」

それを言うな!と光輝はテーブルを叩く。傷口に塩を塗りこむような所業である。

 「冗談で寝込みを襲うって、光輝、それは実体験か?」

馨に突っ込まれて光輝はしどろもどろになる。

「いや、それは・・・」

「ドンウォーリー、未遂だから。コウキは隙のない男でねえ〜」

この上品な顔立ちの英国紳士の口から出てきたとは思えない言葉に、光輝と馨は唖然とする。

(それ、フォローしてない、ヘンリー・・・)

滝汗をかきつつ、光輝はどうフォローすべきか思考を巡らせる。

「というか、本当にコウキは君だけを想い続けていた、それは本当さ。さあ、歯を磨いて寝るかな〜明日も学会なんだ」

そう言うとヘンリーは旅行カバンから洗面道具を取り出し、立ち去る。

「今のうちに空き部屋に布団敷こう。川の字は冗談とは思えないからな」

光輝がそう言いつつ、客用の布団を空き部屋に運び始める。

「でも、西洋人を床に寝かすのは、どうだろうか?」

それを手伝いながら、馨は心配そうに呟く。

「あいつは日本慣れしてるから大丈夫だ。つーか、タダで泊めてやるんだから文句言わせないからな」

とりあえず、素早く空き部屋に布団を敷くと、光輝はヘンリーのカバンを空き部屋に運び、洗面所から出てきた

ヘンリーを空き部屋に誘導する。

「君の部屋を準備したから、ゆっくり休んでくれ」

「いや、僕は一緒でいいんだけど?」

「俺が嫌だから〜」

「え〜」

「え~じゃなくて、早く寝ろ」

 とりあえず、空いている部屋にへンリーを送り、床に就かせた光輝は、ため息混じりにダイニングに

やってきた。

「やっと寝たよ。世話が焼けるなあ」

ダイニングで一人コーヒーを飲んでいた馨の向かい側に腰掛けると、光輝も先ほど飲みかけていたコーヒーを飲みだす。

「でも根はいい人みたいだね。光輝の事、本当に心配していたみたいだし」

うん、頷きつつコーヒーを飲みながら、光輝はヘンリーとの日々を回想する

 馨のいない空虚な、長い時間の中で、笑えたのは彼のおかげだったのかもしれない。

「光輝がちゃんと幸せかどうか、確認しにここまで来たんじゃないか?」

「本当に、余計なお世話だなあ・・・」

そう言いながらも、光輝は微笑んでいた。

 

 

次の日、ヘンリーは学会に参加するため、光輝の出勤と同時にマンションを出た。

「光輝、もう絶対に手離すなよ?大事な人を」

出勤する光輝の車に同乗したヘンリーが、助手席でそう言った。

「ああ、もう離れられないよ。別れても出会っちまうんだ。何度も何度も」

「マグネットだな」

「そう、磁石のように引き合う・・・運命なんだな。ところでお前、どこまで行くんだよ?どこで降ろせばいい?」

「コウキの大学さ。今日はそこでハットリに会ってから一緒に移動する」

伯父さんと?光輝はちらとヘンリーを見た。

「甥がお世話になったからと、昼食も奢りだそうだ」

ははは・・・と笑う彼に呆れつつ、憎めないそのキャラクターが羨ましくもあった。

「コウキに会う前から、学会で何度か会ってたけど、コウキのおかげで親しくなれた。ありがとう」

高貴な笑みを浮かべてヘンリーは、大学の駐車場で光輝の車を降りて人文学科の校舎に向かって歩き出した。

(あいつの本性知らないんだろうな・・・伯父さんは)

幸いなことなのか、不幸なのかは判らないが、知らなくてもいい事は世の中多いのだと自分に言い聞かせた。

 

後で、ヘンリーは光輝が翻訳した馨の論文を高く評価し、馨の事を東洋の天使と讃えていた事を

服部から聞いた。

才色兼備で天使の微笑を持つ優秀な学者を、ただの作家にしておくのはもったいない、とまで言ったらしい。

馨は買い被り過ぎだと苦笑したが、光輝と服部は別の部分で安心していた。

遠い昔に馨が失った天使の微笑を、今、やっと取り戻せた。第三者が評価したなら、それは真実なのだろう。

 

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