天使の微笑 1

 

 

 イベントに出演した馨が、夜遅く帰ってくると、光輝がダイニングで深刻な表情で待ち構えていた。

「光輝・・・夕飯食べたか?」

上着を脱いで、浴室に向かう。

「今何時だと思ってるんだ。夕飯なんてとっくに食ってるだろ・・・」

何を怒っているのか・・・光輝の気分がよくない事は確かだ。

(俺の帰りが遅くて怒ってるのか?)

首を傾げつつ浴室のドアを閉める。遅くなったといっても仕事でだ。そんな事で光輝はいちいち怒った事は無かった。

 

 「何か怒ってないか?」

洗い髪をタオルで拭きながら、馨はダイニングの椅子に座る。

「これ・・・」

差し出された雑誌には、先週のテレビ局での鷹瀬光洋とのツーショットがスクープされていた。

ああ・・・今日のイベントの打ち上げでも話題に上がった。皆、心配していたのだ。

「野口暁生が嫌がらせに書いた記事だ。気にするな」

 「気をつけろよ。スタジオで鉢合わせはしょうがないとして、なんで一緒にメシ食うの?俺はなんとも 

思わないけど、周りが変な目で見るって自覚しないと」

 自分と鷹瀬光洋はどう見えるのだろう・・・ぼんやり、馨はそんな事を考える。

過去の不倫カップル、心中未遂を起こした二人・・・鷹瀬光輝の恋人と実父・・・

どれにしてもスキャンダルなのだろう。だから周りは心配する。馨が傷つかないか・・・

それがありがたい。感謝の思いが湧きあがるほどに。

「判ってるのか?」

答えの無い馨に、光輝がいらついている。

「気にしていないー それをアピールしたかったのかな。避けたら余計に批判者の思うツボだと思った」

光輝自身も、父の光洋に対して微妙だ。しかし、それを他人に悟られたくなくて、普通を装う事はある。

が・・・

「心配、してくれてるんだろ?光輝も。ありがとう」

「お前が周りに色々言われるのが辛い」

ふっーこらえきれず笑いが漏れた。

「それが、あんなカミングアウトした奴のセリフか?少なからず、尻拭いはさせられたぞ?俺」

そうだな・・・光輝は頷く。あの時、もう誰の言葉も耳に入れず、お互いだけ見て生きてゆこうと誓ったのだ。

 「という事で・・・」

いきなり立ち上がると、光輝は馨を抱きかかえた。

「寝室に行く」

「いや、お姫様抱っこしなくても・・・自分の足で行ける・・・」

いいの・・・そう言いながら、光輝はベッドに馨を降ろす。

「まだ、少し複雑なんだって判った。親父とお前が一緒にいると。さっきのは・・・嫉妬だ・・・」

じゃあ・・・馨は顔を上げる

「以後、気をつけるよ」

鷹瀬親子の間に入り込んで、仲違いさせたのは自分・・・自覚はある。

 光輝から父親を奪おうとしたのも、光洋に復讐するために光輝に近づいたのも自分。

結果的に、光輝を光洋から奪っていったような形になった。

「少なくとも、光輝を不安にさせたくは無い」

光輝を悲しませない事、光洋に対する謝罪は、もうこれしか残されていない。

そして・・・馨にとっても、光輝は自分自身よりも、何よりも大切な最愛なのだから。

 「なんで・・・」

と、光輝は馨の上に倒れこむ。

「不安なのかな。いつも、毎晩一緒なのに」

自分のせいだー馨は苦笑する。嘘をついて光輝のもとを何度も去った。

だから、もう、光輝を不安にさせたくは無い。

「ずっと、一緒にいる。離れないから」

だからもう、苦しまないで欲しい。光輝の腕に腕を回してひきつけると、馨はそっとくちづけた。

光輝は知っている。

馨が自分のもとを去った理由は、いつも光輝のためだったと。それが、どれだけ辛い選択であったかも。

だから責めるつもりは無い。が・・・不安は、どう努力しても拭い去れなかった。

「馨は、いつか醒める夢のようだ・・・」

出会った時からそう感じていた。だから魅かれたのかもしれない。

「それは嬉しくない・・・」

馨は苦笑する。昔、光洋にも同じ事を言われた、そしてその言葉は別れの予兆だった。

「夢ではなく、現実になれないのだろうか」

そうだなあ・・・現実とは何か、夢とは何か・・・馨の問いかけに、光輝は考える。馨のどこが現実離れしているのか・・・

「もっと、感情的になるとか、本能的になるとか?馨はどこか、おすましな所があるからな〜」

習慣か・・・今まで抑えて殺してきた感情・・・確かに、光洋に出会う前の自分は感情が豊かだったような気がする。

それでも光輝といると、だんだん感情が啓発されている自分を感じている。最近は以前に比べて表情が豊かに

なったと自覚もしているのだ。

「普段はおすましでもいいけど」

すでに大学教授の貫禄で、光輝は講義口調で馨にパジャマのボタンを外し始める。

「こういう時は素直な表現が好ましい。自分の欲望に忠実になるとか、思いっきりハメ外すとか」

「とんでもないエロ教授の出来上がりだな・・・つーか、話の趣旨がずれてないか」

「ずれてない。これが核だ。宇宙の根源だ」

どうして、ここで宇宙が出てくるのか判らないまま、馨は光輝のなすがままになっている。

肌蹴られた肩のラインに沿って光輝の唇が這い、首筋に移動する・・・

「ほら、息止めないの。おすまししないの〜一番原始的な感情がこの世の現実です」

変に雄弁になった光輝に、馨は呆れる。

「つまり・・・」

無駄のないしぐさで馨はパジャマのズボンを引き下ろされ、裸身を晒す。

「寝室では理性を崩壊させて、乱れまくるのが、佐伯馨の現実です」

はあ?

 冗談なのか本気なのか・・・判断がつかないまま、馨は光輝の教授振りを眺めていた。

   

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