大学教授5

 

 

番組の収録を終えてスタジオから出ると、馨は不意に肩を掴まれ、振り返ると、鷹瀬光洋が立っていた。

「鷹瀬教授・・・」

「もう教授じゃない。塾長・・・かな?」

退職してからも光洋は、テレビの英会話教室を続けており、いつもの癖で教授と呼ぶ共演者に、

”もう教授じゃありません”と突っ込むのが番組のお約束になっている。

「社員食堂行くか?」

すでに昼食の時間を過ぎていた。

「教授も、昼食まだでしたか?」

「ああ、収録終わったところだ。スタジオ出て、廊下歩いていたら、お前がそこから出てくるのが見えてな」

馨は頷いて歩き出した。

鷹瀬光洋と佐伯馨・・・スキャンダルな組み合わせだが、避ける事がかえって自尊心を害する気がする。

そんな理由で、周りに もう過去の事、気にしてはいない・・・ と言わんばかりの行動に出る。

 

「雑誌で人生相談やっていたのは知っていたが、まさかテレビにまで出るとはなあ・・・」

社員食堂の、日替わり定食を置いたテーブルに向かい合って、光洋は苦笑する。

実は今、馨が出ている人生相談の番組は昔、光洋が出演していて、光輝の声明書事件で自ら降板した番組だった。

「断りきれなくて・・・」

「評判よかったからな、雑誌のほう・・・」

不倫、心中未遂、過去の不倫相手の実の息子との交際・・・

豊富な人生経験を生かしてはいかがですか などと誘われて、最初は気分を害した。

しかし、実際、ファンレターの中に似たような人生相談を持ちかけてくるファンも少なくなく、ガラではない事を

承知で始めた。

親身で、情が深く、適切との評価を得て、一気に人気が上昇し、テレビ出演に至る。

「なんというか・・・私などは理論的で、うわべだけの回答が多かったが、お前は本当に自分の事のように

1件1件回答しているのが人気の秘訣なんだろうな・・・しかし、よく出たな。昔のお前では考えられない。

これも、光輝のお陰なのか?」

「さあ・・・傷が完治していなければ出来ないですね、こんな事は。ただ・・・同じように悩んで、迷っている人が

いるのを見ると何とかならないかなと・・・人の人生に割り込むのは傲慢以外の何物でも無いと知りつつも

ほっておけなくて・・・」

「前向きだな」

ええ・・・馨自身、そう思っている。被害者意識を持っていた昔の自分は、いなくなった。

 「視聴率に貢献とか、人気取りとか正直関係なく、今、悩んでる人の役に立てればと純粋に思いますよ」

マスコミが、そんな馨の真意を理解できていないとしても、構わないと思う。

相談者には伝わっているはずだから。相談者のために回答しているのだから。

「ああ、お前は私よりもずっと立派なカウンセラーだ」

ー光輝をよろしく頼むー

そう言い残して光洋は立ち上がった。

その後ろ姿を見つめつつ、馨はふと考える。

じぶんにとって今の光洋はどんな存在なのか・・・

過去の不倫の相手、心中未遂を起こした相手、最愛の恋人の実父・・・そのどれでも無い気がした。

 

「佐伯先生、お久しぶりです。鷹瀬先生とツーショットなんて、なかなかスキャンダラスですね」

自動販売機のコーヒーのカップを両手に、野口暁生が馨の目の前に現れた。

「座っていいですか?」

答えを聞く前から、向かい側に座り、コーヒーを差し出す。

「もう、何の感情も無いから、こうして話が出来るんですよ。と言うか、お元気でしたか?」

ポーカーフェイスのSモードに突入した馨・・・・・・

「ええ、まんまとやられましたよ。貴方と鷹瀬光輝氏には。あんなに否定しておいて、『実はそうでした』

って暴露ですか?酷いですね。よくも俺や新井先生をコケにしてくださいましたね」

「貴方達が勝手にやった事でしょう?自業自得ですよ」

表情ひとつ変えずに、馨はぶてぶてしくうそぶく。

「本当に面の皮厚いね〜どんな面下げて流行作家?悩みの相談?不倫、心中未遂、おまけに親子どんぶり

そんな事実バラしてもまだ支持されてるとは、世間も甘すぎるよな」

負け犬の遠吠え・・・としか聞こえない。馨は冷たく嘲笑した。

新井俊二事件以降、野口は芸能人たちからのバッシングを受けていた。

いつも、野口がスクープしたスキャンダルを掲載している写真雑誌や、婦人週刊誌には

スキャンダルをネタに恐喝、セクハラ三昧の芸能記者の実体が、被害を受けた芸能人達の肉声で

つづられ、実名を晒さないまでも、問題の芸能記者が誰なのかは検討が付く内容になっていた。

その口火を切ったのは二宮玲子だった。

彼女が被害者たちを説得して、真実を明かそうと企画したのだ。

そのお陰で野口は、記者生命を失いかけていた。

「おかげさまで。しかし、野口さんがまだ業界に生き残っていたとは、驚きですね」

はあ?野口の顔が歪む。

「綺麗な顔して言う事エグいね。あ、だから堕天使なのか?」

事実、どこの雑誌からも野口は締め出されている。得ダネを探してうろついてはいるが

もう、スター達のスキャンダルを好む時勢でもなくなった。

スターも人だ。それを考慮したうえ、ファン達は実生活にあえて蓋をした。

夢は壊されたくない・・・という思想に徹している。

「他人のスキャンダル書くより、自分自身の所業を暴露して出版したら売れると思いますよ」

超エベレスト級のイヤミに野口は言葉も出ない。

忘れていた・・・

佐伯馨は、その容姿に似ても似つかない毒を備えている事を・・・・・・

自分を攻撃してくる者には、容赦なく噛み付くと言う事を。

立ち去る馨の後姿に、野口は天使でも、悪魔でもない、力強い翼を見た。

太陽神の加護を得た、堕天使の聖なる翼を・・・・・・

 

 

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