大学教授 2 

 

 

出版社に打ち合わせに行っていた馨を近くで拾って、パスタの専門店で、光輝は昼食をとる。

「家にいると思ってたのに、いきなり出版社にいたのか・・・」

念のため、店の中の一番奥の席をとった。

「家で編集さんと打ち合わせしていたら、いきなり出版社に呼び出し食らって、編集さんの車で出版社に向かったんだ」

「なんかあったのか?」

「アメリカの雑誌の特派員が取材を希望してきたとかで、いきなりな・・・お前の声明書、翻訳されてあちらに行った

らしい」

はあ・・・

沈黙が流れた。ウェイトレスが来て、オーダーした料理がテーブルに並べられ、再びウェイトレスは去ってゆく・・・

「論文の著者と、翻訳者が愛の逃避行とか、今までのいきさつとか、バレたって事か・・・そりゃ取材したいだろうな」

もう、人事のように笑うしかない光輝だった。

「いや、お前を送り出した俺の献身に皆、感動したとかで・・・一目、サイキ・カオルに会いたいと・・」

「どんな奴か、拝みに来たって事か?」

まあ・・・そう言う事になる。

「災難だったな」

「いいや、お前があちらで皆に認められて、愛されていた事がよく判ったよ」

「まさか、また・・・応援してますから〜とか言われたんじゃないだろうな・・・」

ああ・・・苦笑する馨を見て、光輝も苦笑する。

罵倒されたり、非難されるよりは数段いいが・・・・しかし・・・

 「とにかく、身を挺してお前を送ったことに対して、感謝されたよ」

そうか?光輝はフォークをとって食事を始めたが、ふと手を止めた。

「写真撮られたか?」

「ああ・・・」

嫌な予感がした。

「向こうでも人気出て、お前、呼ばれたらどうする?」

それは無いだろうに・・・馨は首を傾げる。

「まあいい。お前が呼ばれたら、俺が専属通訳で付いて行くから」

何の心配を光輝がしているのか判らないまま、馨は再び食事を再開する。

「で、何の話だったんだ、学長に呼ばれたのは?」

光輝は馨の取材の話ですっかり忘れていた、大学教授の話を思い出した。

「俺に、英文科の教授やれって・・・」

「いい話じゃないか」

馨にあっさり言われて、光輝は声も出ない。

「お前は俺と違って、社交的だし、見栄えもいいから、裏方の翻訳者なんかより教授の方がずっと適性だと

思っていたんだ」

「そうか?実は、その為に親父が教授辞めて、英会話の塾を経営するとか言い出して・・・」

馨は俯いて微笑む。光洋の最高の気遣いだっただろう。

光洋自身はきっと、親子で教授する事を夢見ていたに違いないのに・・・・

「馨が望むならしてもいいけど?」

ははははは・・・・光輝があまりにも可愛すぎて馨は大笑いしてしまう。

「して欲しい。俺もお前を大学教授にしたい」

「教授したら、もっと俺の事、愛してくれる?」

「あ、それは無理」

ええ・・・光輝のしょっぱい顔を見つつ、馨はまた大笑いする。

「今現在、最大級に、もうこれ以上無いくらいにお前を愛しているから、これ以上は無理」

「ええ?嘘・・・もっと愛せるだろう?それに毎日大学に出勤したら、夜帰るまで馨に会えないんだぜ・・・」

「じゃあ、昼間会えない分、夜はべったりくっついてやるよ」

「約束だぞ・・・べったりだぞ・・・」

うん、頷いて馨は、何もかもいい方に向かっている事を実感した。

「おめでとう」

馨が喜んでくれるので、光輝もだんだん嬉しくなってきた。

「毎朝、ちゃんと送り出してくれる?」

「うん」

「行ってらっしゃいの、ちゅーとかしてくれる?」

「うん」

教え子の、大学の教壇に立つ姿を夢見ながら、馨は微笑む。

アポロンが輝いてこそ、月も輝けるのだ。

 

 

「それにしても、お前の受けた取材、気になるな・・・後で記事の切り抜き送ってもらおうかな・・・」

いまだに光輝に手紙や、メールを送ってくるアメリカの教授や、学生達が何人かいた。

彼らも、光輝が日本で教鞭を取ると言ったら喜んでくれるだろう。

「気になるか?」

「少し。お前の事、中傷してたら抗議してやる」

光輝の馨バカは、今に始まった事ではない。

 「お前がカミングアウトした時に、もう、人の言う事は気にしない事にしてるし、いいよ」

「お前がよくても、俺が嫌なんだ」

しょうがないなあ・・・頷きつつ馨は席を立つ

「今日はお祝いしなきゃな・・・ワイン買って帰るか?」

「いい。別に祝う事でもないし、酒は、わざわざ飲みたいわけじゃないし」

上着の内ポケットから財布を出しつつ、光輝も立ち上がる。

「とにかく、昼は俺の奢りだから」

「ご馳走様」

レジで会計中の光輝の後ろで馨は笑う。

「あら・・・鷹瀬光輝さんですよね・・・まあ!佐伯先生も・・・ご来店の記念にサインいただけますか?」

レジに用があって出てきた店長が光輝と馨を見つけてやってきた。

40代の上品なキャリアウーマン風の女性である。

「二人書くのはちょっと・・・あ、佐伯馨先生のサインで許してください」

翻訳者、そのうち大学教授・・・サインを求められるほどの者ではないと光輝は自覚している。

「佐伯先生・・・いただけますか?」

レジの後ろの棚から色紙とサインペンを取り出し、店長は馨に差し出す。

「ウチは、若い女性のお客さんが沢山来られるので、人気アイドルや、歌手、作家先生が来られると、

サインいただいて飾らせていただいてるんですよ」

入り口付近の壁は、若い女性が好きそうな芸能人、著名人のサイン色紙が飾られていた。

「一枚の色紙に、お二人のサインをいただけると嬉しいのですが・・・お忍びで来られているのなら仕方ないわね・・・」

「プライベートと言ってください」

にっこり、笑顔で馨は威嚇しながら、サイン済みの色紙を差し出す。

「お礼に、今日のお食事はサービスさせていただきますわ。またお越しくださいね」

女店長の笑顔に送られて、二人は店を出た。

 「予想はしていたけど、やはりひっかかったな」

これだから外食は控えていたのだが・・・

しかし、一般のファンに見つかってギャーギャー騒がれるよりは、ましだと光輝は思う。

「格調高く、作家先生のサインを飾るのも悪くないよな」

「作家じゃないよ。俺は」

あくまでも、学者でいたい馨だった。

「こんな事を気にして、何処にもいけないんじゃつまらないしな。こういう事は慣れていくべきかな。誰かに

遠慮なんかしている時間は無いんだ」

光輝の言葉に馨は頷く。自分達は遠回りしすぎた・・・それは馨も自覚している。

「近くの土手まで足伸ばそうか・・・」

駐車場の車に乗り込みながら光輝は笑う。

「空が、綺麗だったんだ・・・だから、お前と一緒に見たくて誘ったんだ」

そうか・・・・

助手席に着きながら馨も笑う。

昔、孤独に独りで見つめていた空を、最愛の人と共に見る日が来ようとは・・・

「空なんて、見るの久しぶりだな・・・」

「俺達、縮こまって生きてたよな・・・・今まで。だから、手足伸ばそうぜ」

総てを許し、抱擁する空の下で初心に帰って素直な心を取り戻したかった。

 

 

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