帰還と逃亡 5

 

 

朝、目覚めた時に、隣に光輝を見た馨は安堵して、もう一度眠りにつく。

いつも、一人で目覚める朝はつらかった。なのに、いつも一人だった・・・・

馨の気配を感じて、光輝も馨を見つめる。

以前から、目覚めてすぐ隣を確認する癖が、馨にある事を知っている。

こんなにも孤独を恐れている彼が、光輝を送り出す決意をしたことは、どれだけの勇気が必要だったろう。

そして、1年間・・・一人でどうやって過ごしてきたのか・・・

(馨の方が、俺よりつらかったかも知れない・・・)

ふと、そんな思いになる。

「今朝はゆっくりしていいぞ?徹夜明けで、昼まで休むって言っておいたから」

そう言って馨を抱き寄せる。

「長い間、熟睡できなかったのに、お前の隣なら、よく眠れる・・・」

まどろみながら馨は囁く。

「そうか?俺はお前がいると、眠れないけど?」

え?馨は薄目を開ける。

「眠らせるの惜しいし・・・」

ふっ・・・馨は笑う。

「眠っていても、お前はずっと傍にいてくれるから・・・」

「もう、ずっと傍にいるから。戻ったら、お前んちに住み込むからな」

もう隠す必要も無い。

 「1回くらいは、お前も引っ張り出されるだろうな・・・・」

「逃げた時に、すでに覚悟してるよ」

笑いつつ、馨は光輝の肩に頭を乗せる。

「一緒に出演してやるから〜」

「いいよ・・・」

どっちが年上なのか判らない・・・・

一応恩師なんだぞ・・・と思いつつ、馨はとりあえずの休息をとる。

そんな馨の髪を掻き上げながら、光輝もまどろむ。

何が待ち構えていても、隣に馨がいてくれるのなら構わない。馨を失う事以上に辛い事はない。

たとえ、馨を傷つけることになろうとも、それ以上に愛する自信がある。

とはいえ、玲子からのメールにあった、声明書が発刊される日は、明日午後に迫っていて、

全然平気と言うわけでもない。

(何とかなる・・・・)

一旦、自分の出した結論に間違いは無いと思っている。

後悔もない。覚悟も出来ている。

(だから・・・いいんだ・・・・)

そう言い聞かせて瞳を閉じた。

 

 

 

「なんだかんだ言いつつ、10時には起きるんじゃないか・・・・」

「そう寝てもいられないだろう?」

起き抜けに緑茶を飲みつつ、馨は読書を始める。

「いや、だから・・・じゃ、もう一回くらいさせてくれても・・・」

「時間がもったいない」

「する事無いくせに」

「人をプー太郎みたいに・・・」

しかし、本当のことだ。馨は一仕事終えたばかりなのだから・・・・

「庭に出てみるか?いい天気だし・・・」

旅館の袢纏を羽織って、光輝がつっかけで庭に降りる。

馨も読みかけの本を持って、庭に出た。

 

風は冷たくは無い。

木々の緑は色濃く、すでに春になっていた

一番大きな木にもたれて、二人は並んで座る。

「何もしないで、ボーっと二人でいた事なんてなかったよな・・・・」

光輝は青い空を見上げる

「そんな余裕も無かったしな」

ああ〜〜〜ため息の光輝・・・・

「馨と出会って、手放しで幸せだった期間はホント、短かったよなあ・・・・」

「それは、すまなかった・・・・」

不幸の元凶のように言われて、馨は少し拗ねる。

「カップルになってからも、愛する事に必死で、まったり〜とか、ぼー とかする余裕無かったし。

て・・・それは俺だけか?」

そう言って、光輝は、馨の肩に頭を乗せる。

いや・・・・

馨は首を振る・・・・馨にも余裕は無かった。

これは、いつか終わるのだ・・・そんな恐怖に怯えていた・・・

「こんな余裕、あってもいいよな・・・」

「ああ・・・」

無かった事自体、おかしいのだろう。

「でも、好きすぎたら、余裕は無くなるよな・・・」

 「ああ・・・」

 激流が大きな海に帰るように、やっと穏やかな気持ちになれた。

外の事情はさて置き・・・・だが。

「なあ・・・」

永い沈黙の後、光輝が口を開く。

「もう、親父の事、なんでもないか?」

とても今さらの事に、馨は驚く。

「遠い昔の事・・・かな。もちろん、過去は消えないけど」

過去の愚行は決して消えない。消そうとも思わない。それも自分なのだから。

「お前と出会うための通過儀式だったんだと、今は思うよ」

「じゃあ、俺が終着点か?」

最初の愛には、なれなかったけど、最後の愛になれた。

「もう、行くところなんかない・・・」

というか、囚われて何処にも行けない、というべきか。

うん・・・

頷いて、光輝は馨の膝を枕に、横になる。

停止した時間の中にいる・・そんな気がする。

「帰りたくなくなるな・・・ここにいると」

決戦は明日。

「でも、もう逃げないから」

そう決めた。

今までは、馨を世間の醜聞から守ろうとしていた。

そして、それが、かえって自分達を締め付け、引き離そうとしたのだ。

「もしお前が傷ついても、その時は、俺も一緒だからな」

そう言って、光輝は、自分の胸の上に置かれた馨の手を握りしめた。

 

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