帰還と逃亡 4

 

 

「何か言われたか?」

部屋に入ると、馨がそう訊いてくる。

「ああ、バレてた。当たり前か。別にうるさいこと言わないよ、あの人は。ただ心配してただけだ」

テーブルの前に座る光輝の前に、馨は湯のみを差し出す。

「おつかれさん」

うん・・・

菓子入れにある煎餅をバリバリ噛みながら、光輝は茶を飲む。

「まあ、なじられても、びくともしないけどな」

馨を失う痛みと比べれば、蚊に刺されたくらいにしか感じない。

「俺は、これくらいで潰れない。あっちでキャリア積んで来たからな。まあ、送ってくれた事には感謝するよ」

「そうだよ、初めっから素直に、1年我慢して行きゃいいものを・・・」

馨の自分の茶を飲む。

「無理、絶対無理。1年なんて超〜限界だから」

我慢して行って来たじゃん・・・・

と、光輝を見つめる馨の手を、光輝は握る。

「お前、何で拉致られたか、判ってねえな?」

え?

「監禁して、1年分ヤルからな」

「それ、どういうエロゲーだ?」

「マジ、一段落着いたから、今夜から本格的に・・・」

擦り寄って馨の肩に腕をまわす。

 「1年の間、恋人、作らなかったのか?」

「作る気なかったし。セフレとか、ナンパとか論外だ」

「お前、モテたろうに・・・」

確かに、光輝は昔から、男にも女にもモテた。

渡米した先で、好意を寄せて来る教授や大学生は多かった・・・

「でも、馨の代わりなんて何処にもいない・・・お前だって、ずっと独りでいたって、玲子さんが・・・」

「俺はモテないし・・・」

「嘘付け・・・女性ファンが今でもキャーキャー言って、追いかけているじゃないか・・・」

ふっ・・・・苦笑して、馨は光輝にもたれる。

「好かれているのは、うわべだけ。丸ごと、この傷までも愛してくれたのは、お前だけだった」

長い年月に薄れつつも、消えることの無い手首の傷・・・・

「これは馨のチャームポイントだろ?つーか、こんな傷くらいで、お前は潰れない。むしろ傷ついて

得る事のほうが多い。源氏だって、親父との事が無きゃ、あそこまで深く理解できなかっただろう?」

光源氏を実体験した・・・その言い分に、馨は爆笑する。

しかし、言い得て妙である。

不倫、裏切り、心中、かなりダークな世界を身をもって知ると、様々な感情を理解できるようになった・・・

「そうか・・・」

「そういう自信が急に湧いてきたから、さらったんだ。破滅行為じゃ断じて無いぜ。スキャンダルも

実力で乗り越えられると思ったからだ」

あの時・・・・馨は、自分の前に現れた鷹瀬光輝をただ、何も考えずに迎えた。

マスコミの面前で・・・・・

「そうか、限界が来ていたのは、俺の方だったんだ・・・」

どうして言えなかったのだろう。独りはつらいと・・・ずっと待っていたと・・・

こらえていた涙が溢れる。

「お前、我慢するの趣味か?ドMな奴だな・・・」

光輝は服の袖で、馨の涙を拭う。

「誰も甘えさせてくれなかったから、慣れてないんだ・・・」

「一生、俺に甘えて暮らせ。」

そう言って、馨を胸に抱きかかえる。

「しょうがないな・・・馨が限界なら、夜まで待たずに、今すぐでもいいけど?一緒に風呂行く?」

そんな光輝の極端な、階段落ち級の思考回路も懐かしい・・・と馨は思う。

「焦らなくてもいい・・・もう、ずっと一緒なんだから・・・」

馨は微笑んで身を起こす。

「実はまた俺、久しぶりで緊張してるし・・・」

「まったりでいい、昨夜も、傍で眠れただけで幸せだった」

「と言っても・・・いきなり原稿にかまけて、キス一つしてないってアリか?」

それだけ忙しかったのだ・・・

「あれから、どうなったかな・・・」

テレビのリモコンをとった馨の手を、光輝は握る。

「見なくていい。後の事は後で考えよう。どうせ、取り返しつかないんだからな。」

うるさい雑音は無いほうがいい。今は・・・・

「後悔しないだろ?」

「ああ、俺は拉致られたんじゃない。一緒に逃げただけだから」

そう、自分の足で光輝と逃げたのだ。

うん・・・・・

頷いて光輝は、馨の背に腕をまわして、そっと口づける。

「ずっと逢いたかった・・・」

一目、遠くから見るだけでも・・・そう思った。

しかし、逢えば触れたくなる・・・・離したくなくなる。

「もう、逢えないと思ってた・・・」

その覚悟で馨は光輝を送った。

光輝の首に腕をまわして、馨は愛しい人を抱きしめる。

「これだけしつこい腐れ縁なんだから、もう離れるなよ」

腐れ縁・・・馨は光輝の肩越しに、部屋を見渡す。

昔、一度ここに来た事がある。君子とも初対面ではない。なのに、彼女は何も言わなかった。

佐伯馨という作家を、彼女も知っていたはずだ。にもかかわらず担当と呼んだ。

先ほど、光輝を呼び止めて交わした話は、恐らく光洋と馨の過去・・・

 過去は消せない。いや、消す必要も無い。

すべては光輝に繋がっている・・・・もう光洋にも、何の感情も無い。

「そういうものか・・・・」

つぶやいて、馨は光輝の肩に頬を乗せる。

「どういうもの?」

「腐れ縁さ・・・・」

もう、どうしても自分は、光輝から離れられないのだ。

これで終わり・・・そう思った時、すぐに新しく始る。

離れても、引き合うようにまた、巡り逢う・・・・

運命を、宿命を恐れる事さえ、バカらしいと思えた。

 「別に、ここに昔、親父と来てたとか聞いても、俺はビクともしないからな!」

やはり、君子は自分を覚えていた。さっき光輝に話したのはおそらく、この事・・・・・馨は苦笑する。

「こんな事で一々拗ねてたら、俺の相手は務まらないよな?」

開き直った馨が、光輝にくちづけた。

このふてぶてしさが、忘却の証なのだろうか・・・・

ぼんやり、そんなことを考えつつ、光輝はされるがままになっていた。

 

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