帰還と逃亡 2

 

 

突然ノートパソコンを開いて、作業を始めた光輝を横目に、馨は縁側で読書を始める。

確かに、何らかのアクション無しには戻るわけには行かない。

声明書を発表して、ほとぼりが醒めた頃、こっそり戻るのが無難だ。

が・・・・・

(ほとぼりなんか醒めないだろうなあ・・・・)

火に油を注ぐようなものでは無いだろうか・・・

まあ、新井俊二というワンクッションはあるにしても。

(本当に全部バラす気か・・・・)

光輝の横顔を見つめて、馨は考える。

「教授には一言断っておいた方がいいぞ・・・・つーか・・・実名出す気か?家庭崩壊しないか?」

「うるさい!気が散る 今、消してるところだ。実名を・・・」

だろうなあ・・・・頷きつつ馨は庭に目を向けた。

伏せても、どうせ判る事だが・・・・

キーを打ちながら携帯で通話したり、色々忙しい光輝を、馨はただ待つしかなかった。

嘘をついて別れたという引け目から、何も言えない馨はただ、光輝のいきなりの行動力に圧倒されている。

記者会見の事はニュースで、報道されたはずだ。

今頃は大騒ぎだろう。気になってもテレビをつける事さえ憚られる・・・

(もう別にいいけど・・)

こんな時に何故か、馨はせいせいした気分になっていた。

変に隠して言い訳して・・・これこそがストレスだった。

それに、光輝が傍にいる・・・・・この事実だけで、もう満足だ。

世間から非難されようが、文壇から追放されようが、どうでもいい。

どれほど仕事があっても、どれほど世間から評価されても、光輝のいない日々は地獄だった・・・

 

縁側のソファーでうつらうつら寝てしまい、起きると光輝は作業を総て終えて机で眠っていた。

「おい、布団で寝ろ」

光輝をひきずりつつ、奥の部屋に敷いてある布団に寝かせる。

(帰国して疲れていたんだろうに・・・・)

ぐいー

光輝の腕が馨を引き寄せる。

「おい・・・」

抱きかかえられて、馨は動揺する

「何処にも行くな。傍で眠れ・・・」

寝言ともつかない声で、光輝はそうつぶやく。

「今は無理だけど・・・明日からは1年分取り戻すから、覚悟しろ・・・」

そうして、本格的に眠りについた。

出逢った時は高校生だった光輝が、いつの間にか自分を抱えている・・・

2度身を引いた・・・2度再会した・・・

(もう逃げられない・・・)

運命と言うには皮肉で、因縁と言うには切ないこの関係は、これで終結するのだろう。

限りなく遠回りを繰り返して、それでもめぐり逢い続けた。

タブーだらけの光輝との関係を、天は許したのだろうか・・・・

つらい別れを繰り返しつつ、引き寄せられるようにめぐり逢う・・・これを運命と信じていいのだろうか・・・

何もいらない、ただ、この時が永遠である事を望んだ。

天から降ってきたアポロンは、堕天使を抱えて再び天に還る・・

それとも・・・地上にとどまるのか・・・

それもどうでもいい。地にいても、天にいても、アポロンは輝き続けるだろう。

今は、それを信じる事が出来る。

自分こそが、唯一アポロンを輝かせる事のできる存在だと。

迷いつつ、ここにたどり着いた。

(後は野となれ山となれ・・・か)

馨も瞳を閉じた。

 

 

 

朝、8時ごろ馨が目覚めると、光輝はすでに起きていて携帯で担当と打ち合わせをしていた。

「光輝・・・」

「玲子さん、とにかく、お願いしますよ・・・」

そう言って電話を切ると、光輝は振り返った。

「やっと終わった。開放された〜」

厳しい表情が抜け落ち、いつもの光輝に戻った。

 

「遅くなってごめんね・・・朝ごはん・・・」

戸の向こうで声がする。いきなり開けたりしないのが礼儀である。

「叔母さん・・・すみません、お手間かけるね。」

光輝が戸を開ける。

「忙しいから、9時でも10時でも構わないよ。朝抜きでもいいし・・・」

「そんな事・・・まあ、徹夜で執筆して、お昼まで休む先生もおられるから、そういう事もあるけど・・・

そのときは知らせてくれたら、邪魔しないわ。」

膳を食卓に並べつつ、君子はそう言って笑う。

「結構、この部屋のお客様は、ほったらかしなの。フライベート重視。食事持って来いって連絡来るまで

近寄らなかったりもするわ。光輝も気にしないでいいのよ」

お茶を入れると、君子は立ち上がる。

「欲しいものあったら言ってね。お酒とか、煙草とか・・・」

「仕事に来たんだから、酒飲まないよ・・・タバコは二十歳でやめたし・・・」

「あんた・・・真面目なのね」

それ、真面目なのか・・・疑問が残る馨だった。

「お菓子とか?」

「子供じゃないから・・・」

そうね・・・笑いながら君子は出て行った。

「いい叔母さんだな・・・」

「うん。あ、馨は何か、必要なものあるか?」

いきなり連れ出したから、長居するには色々、買い足すものもあるだろう・・・

「着替えは、旅館の浴衣があるからいいとして、ほら、この方が目立たなく無いか?」

旅行客に混じると言う点では、隠れ蓑になるかもしれないが・・・

「お前は何着ても目立つぞ?」

少しやせた身体に浴衣を着た馨は、儚げで艶がある。

「すぐ脱げそうなとこが、エロい・・・」

おい・・・

「馨の煙草の買い置きとか、当座の着替えとかは買っといたほうがいいな。ほら、俺もお前も普段着で来なかったから」

「今さらだけど、思いっきり無茶したな・・・」

こういう、後先考えない行動は長い間していないと、しみじみ思う。

「これでスッキリしたぞ〜まあ、メシ食おう」

笑って箸をとる光輝に呆れつつ、馨も箸をとる。

「俺、こう見えても高校時代は、天下無敵だったんだからな。」

味噌汁の椀を取りながら光輝は笑う。

「ああ、生意気なガキだったな・・・」

だし巻きをつつきながら馨は苦笑する。どれほど嫌悪したか判らない、あのころの光輝・・・

「ああ?そういうこと言う?泣くよ?」

はあ?

笑えない馨は、ただ呆れる。

「冗談は置いといて・・・俺は自叙伝みたいなものは出す気は無い。作家でもないしな。だから今回のは、

あくまで声明書」

玲子に託したのは正解だとは思うが、どういう形にしろ一旦話題が沸騰するのは確実だった。

「出版すらしない。あちらで連載していた記事に引き続き掲載する。とにかく残す形で晒さない」

うん・・・

「まあ、様子見て帰るとしよう。当分は休暇とろうと思っていたし、1年間逢えなかったんだから、少しくらい

べったりくっついていても、バチあたらないだろう?問題は・・・」

と一息つく光輝を、馨は見上げる。かなり計画的な犯行だ。次は何を言い出すのか気が気でない。

「お前。お前に選択肢は無いが、一応聞くぞ?これでいいか?」

「もう、光輝を手放す気は無い。総て失っても。お前が業界から締め出されても、俺は、もう身なんか引かないぞ」

ああ・・・光輝は頷く。

「こうするべきだったんだ、最初から。墜落しても二人一緒・・・この覚悟が、どうして出来なかったんだろう」

相手を思いやりすぎた・・・それが原因。

「とにかく、佐伯先生には散々精神虐待されてきましたから、これからは俺の事、大事にして貰いますよ?」

やれやれ・・・まだまだ、お子様な光輝に馨は言葉も無かった。

 

 

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