クロージング 2

 

 

光輝が空港で搭乗手続きをしている間、光洋と服部は人ごみを避けてたたずんでいた。

「光輝は大丈夫なのか・・・」

思ったより落ち込んでも、動揺してもいない光輝に、服部は余計心配になる。

「完全に感情が死んでいる。麻痺して痛みすら感じていないようだ。この状態で送り出していいのか、

俺にもわからない」

だから、無理強いをしなかった。自分も光洋も・・・なのに・・・

少し、馨を恨んだ。

「佐伯は光輝の為に別れを切り出したんだが、光輝も佐伯の為に、それを受け入れたんだ」

人並みに結婚して、家庭を作りたいと馨が望むなら、男の光輝は身を引くしかなかった・・・

それが服部には悲しくやりきれない。

昔、光洋に命を捧げた馨は今、光輝に自らの未来を捧げた。死ぬよりも辛い、孤独の日々を光輝のために選んだ。

「結局、俺達親子が馨を苦しめた事になるな・・・」

光洋はタバコに火をつける。

何の因縁だろうか・・・・父が消えぬ傷をその手首に刻み、息子が心を葬った・・・

「これでいいのか?本当に。まだ、間に合う。事実を話せば光輝と佐伯は・・・」

服部は最後の望みをかけた

「それは、馨の想いを踏みにじる行為だ」

今なら、光洋にもわかる。

自分よりも大切な人を守ろうと、自らの胸に、刃をつきたてる馨の気持ちが・・・

「俺は、馨を愛してはいけなかったんだ。俺にさえ会わなければ、光輝にも会う事もなく、あいつは違う人生を

生きたに違いないのに・・・」

果たして、光輝に出会う事の無い馨の人生は、幸せなのか・・・・

服部には、よくわからない。

しかし、馨に会わなければ、光輝は本当に人を愛する事を知らずに過ごしていたかもしれない。

この因縁は、光輝の為のものだったのか・・・・

時が経てば、想いは薄れて光輝は、違う愛を見つけるのだろうか・・・・

 

「親父、手続きは済んだ。あと1時間あるけど・・・」

光輝がそう言いつつ、やって来た。

「カフェで、コーヒーでも飲むか?」

光洋は腕時計を見る。

「お母さんが来てからな」

「何処いったんだ、お袋?」

「お前の常備薬買いに」

智賀子は、空港の薬局に行っているというのだ。

「薬は昨日、買いそろえたし、足らない分はむこうで買えるって言ったのに・・・」

光輝は呆れる。

「母親はそういうものだから・・・」

理解するように、服部は諭す。

「あ、来た。カフェで時間潰すぞ・・・」

智香子の姿を見つけて、光洋は歩き出す。

「伯父さん・・・」

余所見をしている服部に声をかけ、歩き出す光輝に、服部は微笑む。

「ちょっと、急用を思い出してな。後から行くから、先に行け」

何の疑いも無く、光輝は父と母とともに、エスカレーターで消えてゆく。

 

「佐伯・・・」

服部は振り返る。物陰から馨が現れた。

「知らん振りしてくださいよ・・・」

困り果てた表情で服部に近づく馨から、彼は目を逸らす。

「少し、話したい・・・」

 

なるべく人の多い場所を選び、服部はベンチに腰掛ける。

「これで、いいのか?お前は・・今からでも遅くない」

「やっと、行く気になったんじゃないですか・・・・」

馨も、服部の横に腰掛ける。

「あんな、亡霊みたいになった光輝を送り出して、嬉しいか?」

それは、唯一の気がかりだった・・・遠くから見ていて、いたたまれなかった。

「確かに、お前は俺にも、光洋にも出来なかった事をやり遂げた。でも・・・」

「あいつは、ここで崩れ落ちるような男じゃない。こんな事で終わる奴じゃない。信じてますから」

こんな事・・・・・服部はため息をつく。

(最愛を失う事が、こんな事なのか?少なくとも、佐伯にとっては、こんな事では無いだろうに・・・・)

「強情な奴だな、お前は。昔から、こうと決めたら人の話なんか聞きやしなかった」

ふっ・・・・馨は笑う。

「すみません。そうやって、いつも服部教授に、ご迷惑をおかけしたんですね」

あの時も・・・・

 

ー佐伯、自分が何をしているか判っているのか?鷹瀬は、俺の親友で義弟だが、女癖の悪さで有名なんだぞ?

あいつに本気なんか無い。恋愛は、ただのゲームなんだ・・・もうかかわるな。ー

服部はそう言った。

聞かなかったのは・・・・自分。

 

「でも、今度は後悔してませんよ」

強情な教え子・・・昔も今も変らない。

「なら、約束しろ。お前も光輝を忘れて、新しい最愛を見つけると」

ははははは・・・・・

馨は笑う。悲しげに、寂しげに・・・

「最愛は一つしかない。失えば終わりです」

絶望的な愛情で、馨は光輝を愛していた。

「最後に、見届けさせてください。アポロンが天に還るのを・・・」

そう言って馨は立ち上がる。

「教授と俺が一緒じゃ、まずいでしょう」

そう言いつつ、人ごみに消えてゆく馨を、服部はただ見つめていた。

 

「伯父さん・・・こんなところにいたのか?探したぞ」

振り向けば光輝がいる。

「早く、注文したブルマン冷めるから行こう」

光輝に腕を引かれて、服部はその場を去る。

光輝は何も知らない。ついさっき、馨がここにいた事を。

馨が、光輝の為についた嘘も・・・・

 

 

 

アポロンが飛び立った後、天使も静かに去って行った。

もう終わったのだ。永い因縁の物語は。

鷹瀬親子から、馨は完全に解放された。

手首の傷は消えることは無く、空いた心の隙間も埋まることは無いまま・・・・

しかし、後悔はない。

いつか、もう一度 天上に輝く太陽を見ることが出来るのだから・・・

 

 

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