クロージング 1
ー話があるから来て欲しいー
改まって馨から、そんな連絡を受けた光輝は、不安を隠せないまま馨の部屋を訪れた。
最近、馨の様子がおかしいのは、うすうす感じていた。
冷たいとか、よそよそしいのではなく、時折、妙な執着を見せる・・・
その余裕の無さが、光輝を不安にさせた。
ドアを開けると、ダイニングでお茶を飲む二人の姿があった。
二宮玲子・・・女性雑誌”プシケ”の編集長で馨の大学の先輩・・・・
向かい合わせではなく、並んで座っているのが、光輝をさらに不安にした。
「いらっしゃい、今、お茶を入れるわ」
立ち上がって、やかんに火をかける玲子。
(何で、玲子さんがお茶入れるんだ?)
自分の部屋のように振舞う彼女に、不安を感じる。
「馨、改まってどうしたんだ?気持ち悪いなあ・・・もしかして・・・」
別れ話?と冗談を言うつもりだったが、言えなかった。
「光輝、すまない。俺は玲子さんと結婚する事にしたんだ」
え・・・・
光輝は耳を疑う
「何の冗談?」
「本当なのよ・・・」
コーヒーを差し出しつつ、玲子はすまなさそうに言う。
「色々考えて、決めた事なんだ。お前も、いつまでも俺が傍にいると、足手まといになるだろうし」
「何の足手まとい?」
「お前は鷹瀬家の独り息子だし・・・俺も、家庭を持って人並みの人生を送ろうと思う。
玲子さんなら過去の色々な事を知って、なお、理解してくれる。今までもいい相談相手だったし、これからも・・・」
「つまり、馨は、俺ら鷹瀬親子との仲を精算したいわけなんだ?」
確かに、許されるわけはないと思っていた。
しかし、そのタブーさえも、乗り越えようと決意して始めたつきあいではなかったのか・・・
それを今さら・・・・
「確かに、父親の愛人してた男が、息子と出来てるなんて、プライドが傷つくよな」
光輝になじられる事など、覚悟の上だ。馨は顔色一つ変えない。
「来週、式を挙げる。参席してくれるか・・・」
招待状を差し出す馨・・・これが最後のとどめの一撃になる。
「来週って・・・そんないきなり・・・」
「もっと、ゆっくり進めるつもりだったんだが、事情が出来て。入籍を急ぐ事になったんだ」
え?!
光輝は耳を疑う
「デキ婚てことか?そんなはず・・・」
無いだろうと言いたかった。ほとんど毎日、光輝はここに通っていた・・・
新井俊二事件のあの時か・・・・その頃は、なんとなく逢瀬を自粛していた。
(二股かけてたのか?!)
「ごめんね、光輝君。二股とかじゃないのよ。、新井俊二の件で、馨が大変だったから二人で飲んでて・・・
たった1度なんだけど」
聞きたくも無い・・・光輝は俯く。
「それじゃ、結婚、しなきゃなあ・・・・おめでとう・・・」
手が震えていた。
「本当に、すまない・・・」
テーブルの上に光輝とのペアリングが置かれる。
ああ・・・
頷いて光輝はリングを握り閉めた。ついさっき外したようではない、冷たく冷えきった、なんの温もりも無いリング・・・・
こんな風に終わるとは想像もしていなかった・・・・・
「悪い。俺、結婚式には出れない。アメリカの大学に特別講師として招待されていて、
来週はもう、日本にはいないんだ」
「そんな話、してなかったじゃないか・・・」
今、聞いたような振りをしながら、馨は計画通りに事が運んだ事に安堵する。
「迷ってたんだ。でも、行く事にしたから・・・」
「気をつけて・・・がんばって来いよ」
これが唯一つの馨の本心。
ああ・・・・
力なく頷くと光輝は立ち上がり、部屋を出て行った。
力なく閉まるドア・・・・
「馨・・・本当にいいの?今からでも遅くないわ。光輝君に本当の事を言いなさい」
玲子は馨の手を握る。
「いいえ、あいつは行く気になったんですよ・・・」
「こんな送り方しなくてもいいじゃない?じっくり説得すれば・・・」
立ち上がり、光輝のあとを追おうとする玲子の腕を馨は掴む。
「説得して行く奴なら、こんな事しません。好きでこんな事したとでも思っているんですか・・・」
馨・・・・玲子の瞳から涙が溢れる。
「馬鹿・・・馬鹿ねあんた。どうして?離れたくないって言ってる恋人を、嘘ついてまで送らなきゃいけないの?」
(玲子さんは泣いてくれる・・・今も、あの時も・・・俺のために、この人は泣いてくれる・・・)
「すみません。貴方を嘘吐きにしてしまった・・・」
違うわ・・・・・
玲子は馨を後ろから抱きしめる。
「また、一人になったのよ・・・・あなたは・・・・・」
そう、独り・・・・
もう自分を照らす神はいない。
「でも、いつも太陽は空にある・・・俺は、地の果てであいつを見守っています」
「馬鹿・・・・ちょっとは鷹瀬教授見習いなさいよ。自分勝手でも憎まれない・・・」
いいえ・・・馨は苦笑する。
「俺は、自分よりもあいつが大事だから・・・」
独りにしてほしい・・・
馨がそう言うので、玲子は馨の部屋を出た。
しかし、心配でたまらなかった。
3日後、服部から、光輝の予約した飛行機の時刻が馨に告げられる。
電話口の服部は何も言わなかった。
何も言えなかったのかも知れない。
馨は、ただ、すみませんでしたと一言言って、受話器を置いた。
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