インビテーション 4
「佐伯君、鷹瀬君の招待講師の件、何とかならんかね。鷹瀬教授も今回は見送らせると言うんだが・・・」
学長に呼び出されて、馨は学長室で泣きつかれた。
「もしかしたら、恩師の君の意見なら、鷹瀬君も聞くかもしれない」
「判りました、早いうちに説得してみます」
そう言って、部屋を出てきたところを、光洋にばったり会ってしまった。
「学長の言った事は忘れろ」
お茶を勧められて鷹瀬光洋の部屋に招かれた馨は、席に着くなり、そう言われた。
「二度と来ない、いい話だそうじゃないですか・・・」
非難するように見上げる馨の目の前に、光洋はコーヒーとチーズケーキを差し出す。
「俺も、服部も説得はした。しかし、あいつは行かないというんだ」
「あの鷹瀬教授が、いつの間にそんな腑抜けになったんですか・・・」
世を我世として、思い通りにならないものは無いほどの勢力だった鷹瀬光洋・・・
「それは、イヤミか・・・・」
馨に対する負い目は消えない・・・・・
「お前は知らないんだ。お前が去った後のあいつ3年間・・・息も詰まらんばかりに思いつめて暮らした日々を・・・」
良かれと思って光輝の前から去った事が、光輝を苦しめていた・・・・
「そして、お前に再会してからのあいつ、お前と結ばれた後のあいつ・・・ずって見てきて、俺はもう何も言えなかった」
「永遠に別れるわけじゃない、1年じゃないですか・・・」
「あいつは、お前無しで一日もいられない」
しかし・・・・・馨はため息をつく。
「後悔はさせたくない。今はそう思っていても、いつかはあの時、こうしていれば・・・そう思う時がくる。
その時、俺は光輝になんと言えば・・・・」
一日も離れて暮らせない・・・そんな感情は一時のもの。
愛情もそのうち薄れてくる。その時に、こんな男のために人生を棒に振ったと思われるのは辛い。
「自信が無いのか・・・・」
「愛情が永遠である事など、不可能です。いつかは終わります・・・」
「馨・・・・・・」
光洋は目を伏せる。
未来の可能性を無限に秘めていた大学生の頃の馨・・・
彼を不倫に導いたのは自分だ。
しかし、彼は信じていた。光洋が発した愛の言葉を。現実に目を背けつつ、盲目的に。
それを踏みにじったのは光洋。
命までかけた愛を、無残な形で失った馨は、もう永遠の愛を信じる事は無い。
「覚悟はしていましたよ。いつか、時が来れば光輝を送り出そうと・・・」
左手首の傷を見つめて、馨は寂しく笑う
「選択を間違って、後悔を背負い続けるのは、俺だけで充分です」
違う・・・・光洋は唇を噛む
光輝は今、馨を無くすことが後悔に繋がるのだ・・・・・
愛しているなら、その者のために身を引ける・・・それが馨の愛情。
それが出来なかった光洋は、彼に何も言う事が出来ない。
「光輝とは色々あったけれど、残りの時間を、思い出で幸せに暮らせるだけの幸せをもらえたので・・・」
「やめろ、光輝を送るな・・・・」
それは、光洋の最後の願いだった。
「近いうちに、俺は光輝と別れます。後は、教授があいつをアメリカに送ってください」
アポロンは天に帰す。そう決めたのだ。
「無理だって知ってましたよ。心のどこかで・・・心中未遂を起こした相手の息子と添い遂げるなんて、天が許すはずが無い」
「馨・・・」
光洋は改めて、自らの罪の重さを知る。
「すまない・・・・・」
「そう思うんなら、必ず光輝を送ってください。約束ですよ?」
そう言って立ち去る背中を、光洋は何も言えずに見つめ続けた。
大学の駐車場、馨の車の前で光輝は、馨を待っていた。
「学長に呼ばれたって、何の話なんだ・・・」
知らない振りをしなければならない。
馨が招待講師の件を知ったとなると、もう何を言っても光輝は、馨の嘘を見破るだろう。
「特別講師を頼まれて、スケジュールの調整を・・・・・・お前はどうしてここに?」
「迎えに来た」
「帰ろう・・・・」
車に乗り込み、、光輝は馨を見つめる。
少しの変化も、見逃さないように・・・・・
「なあ、もし・・・俺のためにお前が身を引こうと思う事があったとしても、それは絶対、俺のためじゃ無いからな」
最も光輝が恐れている事を、馨はしようとしていた。
「お前無しで、上手くいく事なんて、これっぽっちも無いからな」
光輝・・・・・返す言葉が見つからない。
「不安でしょうがないんだ。最近」
すまない・・・・・・馨の心が痛む。
しかし・・・時が立てば忘れる。仕事で成功して、充実した日々の中で自分は霞む・・・
だから・・・・・
「これだけは信じろ。お前が俺の最後の最愛だと・・・」
最後の真実の言葉。これから先は偽りが始る。
最初の愛は命を捧げて破滅した
最後の愛は・・・・・・
思いの総てを捧げて自らを封印する・・・・
翼を無くした天使は地に帰ろう・・・
「親父に会ったか?」
「いいや・・・・」
塗り固められた嘘の奥に真実がある。まっすぐまっすぐ、その真実に向かう。
「会ったら・・・話とかするのか?」
馨がもし、光洋にたとえ会っても、光輝が硬く口止めしている以上、招待講師の件は漏れる事は無いはずだ。
「そうだな、もう何の感情も無いし、普通に話はするよ。」
口止めをしていても、話すかもしれないおそれのあるのは、むしろ学長のほうだった。
学長は光輝と薫の事情を知らないのだから、馨に光輝を説得するよう頼むかもしれなかった。
昼過ぎに、出先から馨の携帯に電話して、学長に呼ばれて大学にいると聞いたときは、生きた心地がしなかった。
用件を済ませてすぐ、光輝はすぐ大学に向かった。
馨が大学内にいる事を確かめるために、駐車場で馨の車を探し、学長室に向かおうとした時、
馨がやって来るのが見えたのだ・・・・・
「これからどうする?」
馨は光輝のこれからの予定を訊く。
「お前んちに行く」
「外食しないか?」
これが最後かも知れない・・・・そう思うと、思い出を作っておきたい気がした。
「いや・・・二人だけでメシ食いたいから。作るのめんどくさいんなら、出前とっていいから・・・」
光輝は二人だけでいる事を望んだ。
それもいいだろう・・・・馨は頷く。
「泊まっていくんだろう・・・・」
ああ・・・・
頷く光輝に微笑みかける。
これが最後・・・・
暮れて行く車窓の景色に、馨の笑みがとけて崩れた。
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