インビテーション 2

 

 

 「俺、今超幸せなんだ・・・・」

相変わらず、3日開けずに光輝は馨の元に来る。そして、当たり前のように泊まってゆく・・・・

今夜も、馨に腕枕しつつ、しみじみとそう言った。

心配事も一旦収まり、一仕事終えて前途洋々・・・そんなところだった。

「それなら、良かった・・・光輝を不幸になんかしたくないからな」

「お前がいてくれれば、不幸になんかならない」

うん・・・馨はうなづく。それは馨も同じ事だ。

しかし・・・本当に自分は光輝の傍にいてもいいのか・・・・そんな不安を隠しきれない。

 「浮かない顔してるな・・・」

光輝は馨の顔を覗き込む。

「慣れてないんだ、幸せに」

何故か不安でたまらない。何も失うものが無かったときは、何も怖くなかったのに。今は光輝を失うのが怖い。

「愛し足りないのかな?」

のしかかってくる光輝に、馨は苦笑する。

「ふざけるなよ・・・」

「ふざけてないよ。じゃあ、どうして欲しい?」

光輝を見上げて、馨は微笑み、光輝の首をかき抱いて抱き寄せる。

「傍にいて欲しい・・・」

ずっと傍にいて欲しい、ずっと自分だけを見て欲しい、ずっと・・・・要求は限りない。

「たとえ一晩でも、お前を一人にしておくことなんて出来ないのに・・・」

毎日逢う事が出来ないもどかしさに、光輝はため息混じりにそう言う。

「そんな我侭は言わない。物分りはいいほうなんだ」

そんな馨だから、光輝は一人にしておけないのだ。黙ってただ耐えるだけの馨・・・

「逢いたいって言ってくれよ。今すぐ来いって・・・呼んでくれよ」

「言う前に、お前はいつも、すぐ来てくれたから」

光洋は自分が逢いたい時に逢いに来た

しかし、光輝は馨が光輝を欲しているときに逢いに来る・・・・

「ありがとう・・・」

そう言って、くちづけた馨を抱きしめて、光輝はこれが始まりなのだと感じた。

棘のない天使の薔薇・・・甘美な柔らかい唇にそれを感じる。

堕ちた天使は、もう一度天に帰った・・・・

 馨以上のものなど光輝には無かった。もう、馨のいない空白な時間は考えられない。

 「もう、離したくないんだ」

どんな想いでここまでたどり着いたか・・・守りたいずっと・・・

なのに、馨はいつも夢のように儚く、つかみどころが無い。

「どこにも行かないと約束してくれないか・・・・」

「捕まえておいてくれ」

後悔の無い強い愛情と、罪悪感さえ消し去る熱情で・・・・

光輝は馨の左手首を掴む

「この傷さえも俺は愛している」

そして、くちづける・・・禁忌の証に・・・・

愛しい人の過去の過ちに・・・・

実父の裏切りの痕に・・・

そして塗り替える。自らの愛の証に・・・・

「お前の過去も、現在も、未来も、俺のものだ」

馨はうなづく。

もう、迷うまいと思った。ただ、光輝に未来を捧げようと・・・・・

 正しいか、間違っているかなどは、誰にもわからない。ただ、光輝が望むなら、すべてを押し切れる。

心を決めて、ここから出発しようと思った。

 

 

 「最近は穏やかだな」

新井俊二が文壇から締め出しを食らい、佐伯馨の聖痕のブームも終わった。

近頃は時折、服部が馨を訪ねてくるようになった。

「おかげさまで・・・・」

と馨はダイニングのテーブルに紅茶とクッキーの皿を置く。

「今回の件で、鷹瀬のカリスマを実感したよ。我義弟ながら厭味なほどに、ぶてぶてしいな・・・」

渦中の人でありながらも、誰一人鷹瀬光洋を話題に出さない。

周りが気を使っている・・・・・

「そう見えても、内心は色々大変だったんじゃないんですか?」

こうして茶を飲みながら、二人で鷹瀬光洋の話を笑ってする時が来るなど、予想もしなかった。

が、今はそれが可能になった・・・・・

「光輝の事では、色々心配してたな。あいつも親父なんだな・・・」

心中のまっ最中に父親に戻り、ドタキャン・・・そんな光洋を、今では馨も理解できるようになった。

そんな光洋の父性に魅かれていたという事も、今ならわかる。

そして、その何よりも大事な息子を、自分は光洋から奪ってしまった。

「光輝も、大人になったよな・・・変に熱くなることなく切り抜けた・・・」

服部には、光洋と馨のごたごたも、遠い昔のように感じられる。

そう思えるようになるまで、長い苦悩の日々を過ごしはしたが・・・・

「色々、すまなかった・・・」

あらたまった物言いの服部に、馨は苦笑する。

「すべて許しますよ。光輝に免じて」

自分に光輝を許してくれた・・・それだけで過去のさまざまな思いが解けた。

ああ・・・

服部は俯く。

「何か、心配事でも?」

「いや・・・」

馨の問いに、すばやく気分を切り替えた服部は、明るく笑う。

「出版社で気になる話を耳にしたんですが、光輝がアメリカの大学に特別講師として、招待されているとか・・・」

とたんに服部の顔色が青ざめる。

「なんでもない、その話は済んだ事だ」

「何か隠しているでしょう?光輝も、服部教授も・・・・」

「断ったからいい。その話は」

何故・・・・・・

めったにない幸運だと出版社は言っていた・・・・

「私のせいですか?」

光輝を引き止めているのは自分・・・馨は不安にかられる

「いや、光輝自身のためだ。今のあいつには、お前が必要だからだ。」

「待てますよ・・・たった1年の契約だそうじゃないですか・・・」

「光輝が、待てない。あいつは、お前無しで一日も過ごせない」

長い沈黙が流れた・・・・・・

「鷹瀬教授は・・・何と?」

「鷹瀬も許した。これくらいの機会を逃しても、光輝は潰れないと言った。親父が黙認してるんだから

お前がとやかく言うな」

でも・・・・・

「いいか?この話は忘れろ」

馨に知られる事を、光輝は一番恐れていた。

馨なら光輝のために身をひくと・・・・

(これは、今だけの話じゃない・・・この先も、光輝は世界に出る機会を俺のために逃す・・・)

「おい佐伯!何を考えている!やめろ」

しかし・・・・

すべてを押し切る覚悟だった・・・なのに・・・

心のなかで波紋は広がってゆく・・・・・

 

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