スティグマータ 3

 

ー光輝君は、鷹瀬ジュニアと呼ばれる事に関してはどうですか?−

テレビのモニターから、有名な女性アナウンサーの、有名な対談番組が流れる。

ー2世とか、七光り・・・昔から、そんな扱いを受けていましたが、正直、反発します。

もちろん、鷹瀬教授は尊敬する恩師であり、優秀な教授である事に変わりはありませんがー

23歳・・・大学を出たばかりの光輝はしかし、学生の面影を持たない。

翻訳者として堂々と、そこに存在していた。

父親似の貫禄と、タレント性を身に着けて。

ー確かに、お父様の力を借りずとも、自らの才能でやっていける・・・そんな感じですが、

では、お父様にはライバル意識を持っていますか?−

ーそうですね、父も、俺が父を乗り越えて、さらに立派になる事を望んでいると思いますー

ー今話題の、新井俊二先生の作品ですが・・・・−

光輝は表情一つ変えずに、微笑んでいる。

ー主人公が、俺と父と佐伯先生だとか言われていますが・・・どこからそんな噂が流れたのでしょうか?−

ーお父様はお怒りですか?−

ー怒るも何も・・・・呆れていますよー

ー光輝君は、佐伯馨先生の事をどう思っていますか?−

ー尊敬していますよ。高校時代の恩師であり、大学の大先輩であり、仕事のパートーナーでもありますー

はっきり言われて、ホストもスキャンダルに持ち込めなくなっている。

ー一言言わせていただきたいのですが・・・マスコミは、佐伯先生の文学的才能よりも、容姿ばかりをとりたてて

先生の業績を薄っぺらいものにしてしまっていませんか?今度の件も、佐伯先生の手首に傷痕があったから、

こんな色々な憶測が飛び交いましたが、俺にそんな傷跡があったら、けんかでもして切れたんだろう・・・

それですむような話ですよね。どうか、佐伯先生を軽々しく扱わないでいただきたいと思います。

それは俺に対しても同じ事です。鷹瀬ジュニア、そんな肩書きに騙され、過大評価される事も、

父と関連付けられる事もお断りですー

 

 

そこでテレビは消された。

「言いたいことはちゃんと言ったわね。鷹瀬君」

リモコンを手に、二宮玲子は微笑む。

馨の援護のために、玲子は光輝との対談を雑誌、”プシケ”で企画し、今日、取材のため、馨の部屋で落ち合ったのだ。

「さすが鷹瀬教授の息子ね。堂々と嘘つく、ふてぶてしさは最高・・・」

「それは褒め言葉ですか・・・それとも・・」

はははは・’・・・・

玲子は大笑いする

「ごめんごめん。私、やはり鷹瀬教授のこと、好きになれないから」

「ありがとうございます」

え?

怪訝に光輝を見上げる玲子に、光輝は微笑みかける。

「馨のこと思ってくれているから・・・なんですよね」

ふうん・・・・

玲子は頬杖をつき、うなづく。

「親父より、馨が大事か・・・・」

「親父は恋敵ですからね。でも今じゃ、あんなオジンは俺の足元にも及びませんよ」

ふふふふ・・・思わず笑いが漏れる可愛さに、玲子はテーブルに伏せて笑う。

「もう・・・鷹瀬君て、可愛いんだから〜馨がイカれるのも無理ないわね」

二宮玲子・・・唯一、馨を庇い、馨の幸せを願ってくれた人・・・

「俺は、二宮さんに好かれていると思っていいんですか?」

 「そうね。君は馨を傷つけない、守ってくれる。だから、好きよ。さあ、始めましょうか」

そう言って玲子はレコーダーをカバンから取り出した。

 

馨が出版社から帰ってくる頃には、玲子の取材は終わっていた。

「馨、部屋借りてるわよ。」

ドアを開けて入ってくる馨に、玲子は笑いかける。

「いくらでも使ってください。かまいませんから・・・」

上着を脱いでハンガーにかけると、キッチンでお茶の準備をする。

「ファンの差し入れが沢山届いていて、おいしそうなクッキーがあるので、お茶入れますね」

ファンは馨を励まそうと必死らしい。そして・・・新井俊二に対しては厳しい態度をとっている。

講義の手紙、メール、オフィシャルサイトに講義のコメントが後をたたない。

さらに大学からは圧力がかかっている・・・

「下火のまま消えそうな感じね。油断は出来ないけど」

鷹瀬光洋は、まったく無関係を決め込んで活動している。マスコミも一切触れない。

 「別に、俺は暴露しても平気だけどな」

光輝は、今の状況を後悔していない。自慢できるものではないにしても・・・

「それで今の位置を追われても、自業自得だし。でも、馨は・・・馨はもう傷ついちゃいけないんだ」

はははは・・・笑いつつ、馨はテーブルに紅茶と、クッキーの皿を置く。

「頼もしいわね・・・鷹瀬君は」

カップを受け取りつつ玲子は安心したように笑う。

「俺も自業自得だからな。万が一の時の覚悟は出来ているよ」

そう言って、馨は光輝の隣に座り、光輝に紅茶のカップを渡した。

「まあ、皆 覚悟してるのなら、それに越したことは無いわ。でも、私たちは馨を全力で守るわ」

あわただしく紅茶を飲み、玲子は立ち上がる。

「お邪魔したら悪いから、帰るね」

 「玲子さん・・・」

引きとめようとする馨に軽く手を上げて、玄関に向かう。

「負けないでね」

最後の言葉を残してドアの向こうに玲子は消えた。

 

「光輝、晩飯は?」

「二宮さんが寿司持ってきてくれて、一緒に食った。馨は?」

「俺も、編集部で寿司とってくれて、食ってきた」

ふうん・・・・

こんな時でも、危機感がまるで無い事に疑問を感じつつも、光輝はうなづく。

「編集部で見たよ、今日放映された対談番組」

編集部でも今、この話題につきっきりである。上手く翻訳者としての鷹瀬ジュニアを押し出せないか・・・

佐伯馨の新刊の広告を便乗させられないか・・・

「佐伯先生・・・か。なんだか、お前の口からそんな言葉が出るのがくすぐったいよ」

「何?萌え?そう呼んでやろうか?」

横に二人並んでテーブルに座ると、向かい合って座っていた日常から逸脱した、不思議な感覚が漂う。

「いいよ、よそよそしいから。お前は高校生の頃から先生なんて呼ばなかったじゃないか?」

もう、遠い昔のような思い出。微妙な感情、翻弄されて行き場の無い想い、後悔、絶望・・・

それでも、光輝は馨と出会い、同じ時を生きた。

その日々を経て今がある。

「俺は、お前が”馨”と呼んでくれるのが一番嬉しい」

しかも、二人っきりの時だけ限定の呼び名。

光輝は笑って、馨の肩に腕をまわす。

「甘えん坊だな〜佐伯先生は〜」

「ああ、誰かに甘えるなんて、長い間してこなかったからな・・・」

「甘えていいぞ。年上だとか何とかって、こだわるなよ。俺にとっては、お前は先公でも年上でもない」

そう・・・最初から、光輝にとって馨は愛しい人だったのだ。

そっと重ねらた唇に、安らぎを感じる。

馨を自分のものにした、という安堵。

昔、ただ衝動に駆られて、相手も真意もわからない手探りの不安なキスではない、確実な愛情表現・・・

「お前を愛している事を、俺は恥じない。本当は世界中に宣言したいくらいだ」

もう、二人を阻むものは何も無い、光輝にはそう思えた。

「俺も、お前以外はどうでもいい。お前だけでいい」

もともと、馨は有名になりたかったわけでも、文学者として成功したかったわけではないのだ。

「そんな可愛い事言ったら、寝室に拉致っちまうぞ」

「泊まるのか?」

馨は、父親と和解して、約束よりも早く、借りていた部屋をかえして自宅に戻った光輝を気遣う

「今日は取材して、仕事場で徹夜で仕上げするということになってる」

もうすぐ終わる光輝の仕事・・・終わればもう、逢う口実は無くなる。

「残り時間わずかだから、一秒も無駄にしたくないんだ」

もう今までのように、しょっちゅうは逢えないだろう。

「うん、さっさとシャワーして、寝室でまったりしよう。自覚無いけど、今日は かなり気を使ったみたいで疲れたよ」

馨は立ち上がって浴室に向かう。

光輝の初めての対談に、気が気ではなかった。

光輝が傷つきはしないか・・・それだけが気がかりで・・・

しかし、光輝はやはり、鷹瀬ジュニアだった。父親譲りの貫禄と度胸を持っていた。

もう、あの頃の高校生ではない。馨と対等に向き合える一人前の男なのだ。

決してもう離したくない。離れられない。それがわがままだとしても、これだけは譲れなかった。

 

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