デスティネーション 4

 

相変わらず大学から特別講師の依頼が馨に来る。

あまり、断り続ける事も出来ず、5回に1度くらいは引き受け、馨は母校の人文学科に足を運ぶ。

「佐伯、ありがとう」

服部の部屋に呼ばれて、入るなりそう言われた。

「特別講師の事・・・ですか?」

「甥の事だ」

そういってコーヒーを差し出す。

「反対しないんですか?」

「光輝のあんな笑顔見たら、反対する気も起きんよ・・それに・・・」

と馨の向かい側に腰掛ける。

「佐伯も、表情が優しくなった。なんだか入学したての頃のようだ」

馨は日が差し込む窓を見上げる。

自分では気づかない。が・・・・今は見るもの総てが美しく光って見える。

「でも、鷹瀬教授は・・・」

「あの親子も仲直りしたし、夫婦仲も今は安定している。まあ、黙認というところか・・・」

本当に許されるのだろうか・・・馨には自信が無い。

「光輝を頼んだよ」

「いいんですか?光輝は結婚しなくて・・・」

「実の無い結婚は、不幸になるだけだからな」

服部は、妹と光洋の間に入って疲れきっていた。

「光輝が幸せなら、もういい気がしてきたんだ。今更ずうずうしいと思われるかもしれんが・・・・」

一時は、自分より義弟の肩をもった服部が憎かった。

保守的な、事無かれ主義な彼が、光洋のおかげでしなくてもいい苦労をしている事に今は同情する。

「私は、時々君たちが羨ましいよ。最愛の人など、そう見つかるものじゃない。ましてやそれが成就するなど、

夢のまた夢ではないか・・・」

夢・・・・馨の心が騒ぐ

なぜか、いつか終わる夢のような気がしていた。

男同士、法的に結婚も許されない。常識から逸脱している。

いつまでも、そこにとどまる事は出来ない気がした。

「私は問題の無い人生を送ってきた。しかし、振り返ると何も無いんだ。それなりに幸せだろうが、

命がけで誰かを愛するという事も無かった・・・つまらん人生だな・・・」

そう言って笑う服部の笑顔は、寂しげだった。

 「麻生教授の件は?」

「治まったようだ、取り越し苦労だったな・・・」

「油断は禁物ですよ」

そういって立ち上がる馨の腕を、服部はつかむ。

「佐伯、お前の幸せを祈っている と言ったら、信じるか?」

「ええ」

18歳の頃の、天使の微笑を浮かべて馨は部屋を出てゆく。

光輝は光洋とは違う・・・

光輝は馨を照らす事が出来るのだ・・・・

廊下を歩いて去ってゆく馨の後ろ姿を、服部はいつまでもいつまでも見送る。

 

「服部・・・」

光洋の声がして振り返る。

「馨が来ていたのか」

「なんだ?話したい事でもあったのか?」

「いいや・・・」

後姿を、ただ見送りたくて来たのだ。

「お前が地に堕とした天使は、アポロンに抱かれて天に帰ったようだ」

もう遠い昔の事のように思えてならない。馨を穏やかに見送れる。

「今更、あわす顔もないさ・・・・」

そう言って光洋は、背を向けて立ち去る

これからは3人の、危うくて、不思議で微妙な関係を見守る事になるのだろうと服部は思う。

自分ひとりが蚊帳の外で、あたふたと動き回っていた。

(とんだ道化だな)

苦笑しながら部屋に入る。

馨の事だけが心残りだった。当時、自分は庇う事もせず放り出した・・・・

さらに、光輝にかかわるなと釘まで刺した。

こんな自分が、馨に幸せになってくれとは言う資格さえない。

しかし・・・だからこそ、馨の幸せを願わずにはいられない。

自分と光洋が踏みにじった天使・・・・

その堕天使を抱く太陽神・・・・

 

もう何も言えない  言う権利さえない。

服部はもうこのまま、光輝と馨が永遠に一緒にいる事を望む。

それが二人にとっての幸せなら・・・・

 

 

 

「お帰り」

馨がマンションに帰ると、光輝が出迎えた。

「あ・・・・」

誰かに出迎えてもらうなど、かなり久しぶりだった。

「コーヒー入れてやろうか?」

すっかりこの家の主人のような光輝が頼もしい。

「何で・・・ここにいるんだ・・・」

「ダメなのか?」

台所から振り返る光輝・・・

「いや・・・いてくれて嬉しいけど」

とダイニングの椅子に腰掛ける。

「ホント?」

「いや、でも・・・お前、いつ自分の部屋に帰ってるんだ?」

「午前中帰ってきた。掃除して着替え持ってきたんだ〜」

とコーヒーを差し出す光輝・・・

「独りで、ここでどれくらい待ったんだ?」

「3時間くらい。仕事してたから時間なんてすぐ過ぎたなあ」

光輝は、何の負担も無く馨の傍にいた。

「昼飯は?」

「昼にシチュー作って食った、晩飯にもしようと思って」

最近、光輝は料理を楽しんでいる。

「それより、親父に会ったか?」

「いいや・・・服部教授には会ってきたけど」

ふうん・・・・

光輝は頬杖をつく。やはり、まったく気にならないと言えば嘘になる。

「妬いてるのか?」

「妬いてねえよ!」

ムキになる光輝が可愛くて仕方が無い。

「鷹瀬教授には何の感情も無いよ、もう。だから親子喧嘩するなよ」

光洋がどれだけ息子を愛しているか、馨は知っている。

だから、なおさらだった。

 「当たり前だ。ピチピチの俺が、あんなおっさんに負けるわけが無いからな〜」

何の話だ・・・それは?

馨は苦笑する

「馨も、親父より俺のほうが何十倍もいいだろ?」

うん・・・

素直に認める。

「お前は、俺を不安にしないからな」

「相手を不安にさせる事自体、間違ってるんだよ!」

それはそうだ・・・しかし・・・・

では、光輝は不安を感じないのか・・・

自分は、光輝を安心させてやっているのか・・・ふと自信が無くなる。

「ありがとう、いつも・・・」

与えられてばかりの自分に、馨は気づく。

「何だよ〜何の事だよ?」

あらたまって礼を言われて。光輝は戸惑う。

「いや・・・色々と・・」

「そう思うんなら、今日も泊めて」

馨は大笑いする。

「そのつもりで来てるんだろう?」

「あんまり歓迎されてないみたいだからさ・・」

「そんな事は無い、”独りにしないでくれ”なんていう我侭に慣れてないからさ」

我侭を言える相手さえ、今までいなかったのだから・・・

「そんな事言ったら居続けちゃうよ〜」

「いてくれよ、ずっと」

馨のその言葉が、光輝には何より嬉しかった。

「住み着いちゃうぞ〜」

「ほどほどにな・・・」

光輝が自分のために、プライベートを犠牲にしているのではないかと思ってしまう。

「だったら俺んちにも来て・・・て・・て、狭いか?」

「お前の友達とか来るだろう?心配するなよ、俺は光輝が好きだよ。利用してるとかじゃないから」

うん・・・・・

かすかに微笑む光輝がまぶしい。

こんな笑顔が見れるのなら何度でも”好き”を連発したいとさえ思えた。

 

 

 TOP       NEXT  

ヒトコト感想フォーム
ご感想をひとことどうぞ。作者にメールで送られます。
お名前
ヒトコト

 

 

inserted by FC2 system