デスティネーション 1

 

明け方、まだ薄暗い4時ごろ、光輝は目覚めた。

(俺・・・昨日・・・)

腕に馨を抱いたまま眠ってしまったらしい。

(夢じゃなかったんだ・・・)

一糸纏わぬ状態で抱きあって寝ている自分に驚く。

安らかな馨の寝顔を見ていると、犯した倫理やタブーさえ、どこかに飛んでいってしまう・・・

光源氏は父の妻と通じた。ふと藤壺のことが頭に浮かぶ。

それでも、藤壺は幸せだったのかも知れないと思う。

苦しみながらも・・・

 

「鷹瀬・・・」

気配を感じて馨も目を覚ます。

「光輝と呼べ」

「光輝・・・起きてたのか」

「ついさっき目覚めた、あれから爆睡したんだなあ・・・俺。」

馨は微笑む。こんな時間に独りではないなど、普通ではありえない。

「俺より、お前のほうが久しぶりだったんだろ?辛くなかったか?痛いとこないか?」

「そんなにヤワじゃない、お前は気を使いすぎなんだ・・・まあ、仕方ないか。今まで女相手にしてきたんだから」

「関係ねーよ。男も女も・・大事だから気を使っちまうんだろう?つーか、俺今まで誰にも、こんなに気使ってことねーぞ?」

そうか・・・馨は目を閉じる。

「愛されているという実感を、初めて感じた」

繋がれば総て判ってしまう。自分が相手を愛しているのか、相手は自分を愛しているのか。

だから怖かった。

虚しい後味を残す、不倫の恋を通過してきた身としては、もう辛い思いをしたくないばかりに、他人との接触を

避けてしまうのだ。

光輝との事も自信が無くて臆病になっていた。

「そして・・・愛しているという確信を持った」

自分が寂しいという理由で、光輝を犠牲にしているのではないかという疑いが、やっと晴れた気がした。

「それは、とても光栄だなあ・・・」

光輝は微笑む。そんな事、今まで付き合った女学生の誰からも聞いたことは無かった。

「何よりも、独りじゃないって思えた事かな」

「もう、お前を独りにしない」

光輝は馨の髪をかき上げる。

「そう言ってくれるのはお前だけだな・・」

静かに瞳を開けて光輝を見つめる。

「俺だけでいいだろ?」

ああ・・・馨は頷く。

「お前だけでいい」

 

「今日予定あるか?」

「ない」

「じゃあ、一緒にいれるな・・・何する?外に出るとお前、ファンとか煩いんだろ?」

「何もしない」

え・・・光輝は馨を見つめる。

「何もしないで、傍にいる」

そうか・・傍にいれるだけで充分なんだ・・・

「二人でまったりなんて初めてだな」

いつも用が無ければ会えない関係だった。会うために大義名分が必要だった。

 「じゃ、もう一眠りしょう」

光輝はそういって瞳を閉じる。

その横顔を見つめつつ、馨は一瞬一秒も無駄にしたくないと思う。

永遠に一緒にいることは不可能だろう。しかし二度と離したくなかった。

恐らく、光洋は反対するだろう。いや、あの時、馨の存在を知ると即座に反対してきた・・・

(関係ない・・)

馨にとって光輝は、鷹瀬教授の息子ではない。

昔の教え子で・・・仕事のパートナーで・・・今は・・・

思ったほど光洋を引きずっていない自分を実感した。

大学で会っても、何の感情も抱かないと思える。光輝といても光洋を思い出すことも無い。

(ありがとう・・・)

安息地を見つけた、そこに辿り着けた。

変わらない想いで、見守り続けてくれた光輝・・・遠回りをし続けてやっと今、始る。

もし、光輝が自分といる事を望むなら、どんな試練にも耐えられると思えた。

(ずっと待たせて、すまなかった)

出会ってから今まで、色々な事があった。愛憎入り混じった日々の果てにたどり着いたのはここ。

薄明かりに馨は左手を翳す。

もう違和感のない傷痕。自分の一部になってしまった・・・

光輝もこれを超えなければならない。

いつもいつも目にする、この傷痕に耐えなければならない。

(いや・・・もう、乗り越えただろうか・・・)

幼い純粋さと、まっすぐさを持つ年下の恋人は、それでも自分を抱擁する大きさを持っている。

太陽神・・・・あの頃から光輝は輝いていた。

月が輝くには太陽が必要だ。

光輝は暖かい・・・・うっかり心を許してしまいそうなほどに・・・

時に、その熱で溶けてしまいそうになる。

ぬくぬくとした温床の中で馨は再び眠りについた。

 

 

「光輝、朝飯食えよ」

次に目覚めたときは、馨は身支度を済ませて、朝食の準備を終えていた。

「ああ・・・」

新婚の夫婦みたいで照れくさい。

「まず、シャワーして来い」

そういって馨はバスローブを渡して部屋を出てゆく。

自分の中で何かが変わっている。そう光輝は感じる。

言いようの無い安心感と強いつながりを感じる。自分にとって佐伯馨という存在が昨日とは微妙に違う。

最初は高校の古典教師だった、そして父親が愛して捨てた男になり、叶わぬ片思いの人となり・・・

仕事のパートナーになり、今は・・・・・

今まで、苦しい思いもしてきたけれど、高校時代のゲームのような薄っぺらい男女交際では得られないものを感じる。

「これでよかったんだ」

光輝は起き上がる。

 

 

浴室から出ると、食卓はすでにセッティングされていて、馨が席についていた。

「なんか、結婚した気分だな」

照れながら席に着く光輝に、馨はかすかに笑いかける。

こんなやわらかい馨の微笑みがたまらなく好きで、光輝は見とれてしまう。

昔、光洋が名づけた 天使の微笑みはこんな微笑だったのだろうか・・・

「結婚指輪買わないとな」

光輝はスプーンをとる。

コンソメスープは少し冷めていて、猫舌の光輝にはちょうどいい。

「そういうのしてるとマスコミが・・・」

馨のファンが黙っていないだろう。

「じゃあ、中指にすればいい。さっさと食ってサイズはかろう〜」

そんなままごとのような事が楽しい。

「一緒に買いに行けないから、俺の独断と偏見で選ぶぞ」

たかが指輪、されど指輪・・・・指輪の威力は馨がよく知っている。

昔、光洋の左手のリングに何度も思いを弾かれた。

この、なんでもない小さな物質は結界のように自分を中に入れなかった・・・

少し表情を曇らせた馨の顔を、光輝は覗き込む。

「もしかして、そう言うの迷惑か?」

「いや、嬉しいよ。お前が傍にいないときでも、お前を感じていられるし・・・」

それはたぶん、独りじゃないという証になるから・・・・

 

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