トラップ 2

 

照明を消した薄暗い部屋で、沈黙する光輝を馨は見上げる。

「おい、まだ拗ねてるのか・・・」

確かに、馨に父親の痕跡を見ることは、覚悟のうえだった。しかし、事実キツイ。

こんなにも辛いとは、想像もつかなかった。もし、馨が光輝の恋人であったなら、昔の男の話は自粛するはずだ。

こんなにも軽く出てくるという事は、恋愛感情が皆無という事ではないか?

「拗ねるよ。佐伯先生が、かな〜り、迂闊な人だという事が判りました〜」

また・・・馨は苦笑する。

「お前だから、つい心を許しちゃって・・・」

(そんなの嬉しくない・・・緊張感の無いのは、愛していない証拠だ!)

光輝はふくれる。

「機嫌直せよ」

「ここまできたら許してやる」

相変わらず、ベッドの自分の隣をポンポンと叩いている

 はああ・・・・ため息と供に、馨は仕方なくベッドに上がる。

「ほら、いい子いい子〜」

頭を撫でられて、光輝は馨を睨みつける。あくまでも、そういう雰囲気を作るまいとしているのが判る。

「ちゅーしてくれたら、機嫌がなおるかも〜」

調子にのる光輝を軽く小突く馨・・・

「お前、ばかか・・・」

「ひでえ〜!お前なんか、俺が高校生の時、中庭で・・・」

「おい」

今度こそ、馨は怒りを顕にした。

「とっとと寝ろ!」

背を向けて横になる馨を、困り顔で光輝は見つめる。

「なあ・・佐伯〜」

馨の背中に光輝は呼びかけるが、馨は返事もせず振り向きもしない。そんな馨にさらに懐きに行く光輝。

「佐伯先生〜」

ふざけて、後ろから抱きついて来る光輝に、馨は冷たい声で呟く。

「ばか」

かなりむっとした・・・・

(お前、親父にはそんな事、言わなかっただろ!?)

こうも待遇が天地の差だと、泣きたくなって来る・・・判らないわけではない、馨にとって、光洋と自分は違う。

同じではない。同じとも思われたくはないが、こうも差があるのは許せない。

「なあ・・・俺、子供だけど、そんな風に邪険にするなよ・・・」

最後は少し、涙声になってしまった・・・

光洋と光輝が大きく違うところ、それは馨にホ本音を漏らすところ・・・

光洋は手のうちを見せることは無い。総ては計算されたシナリオの通りに総ては進む。

おそらく、昔、恋愛ゲームに興じていた頃の光輝はそうだったろう・・・

しかし、馨に出会い、彼は余裕をなくした、駆け引き無しの本音。それに一番戸惑ったのは光輝だったろう。

「あたってすまなかった。が、高校の臨時教師時代の事は忘れたいから、その話はしないでくれ」

背を向けたまま、馨は少し声を柔らげてそういった。

光輝を憎んで、復讐しようとした日々は、今となっては後悔以上の何ものでもない。

光洋を愛したことよりも、心中未遂を起した事よりも、何よりも後悔している。

だから、触れられたくない。

光洋に捨てられたからといって、その息子に復讐するのは、ただの八つ当たりだ。

それさえ感じないほど、あの頃はすさんでいた。

「そうか・・あの頃、佐伯は本当に辛い思いをしてたんだものなあ・・・」

馨を解放したのは父、光洋。自分ではない。

「俺、本当に子供だよな」

馨の為に何かしてやりたくても、何も出来ない未熟な自分・・・・

「いや、そうでもないよ」

光洋よりは大人だと思う。少なくても、相手を思いやり、犠牲になる精神は光輝の中にある。

(お前のお蔭で、俺は救われたんだ・・・)

そう馨は思える。光輝に出会った頃の自分は好きではない。それでも、あの頃を経て今があるのは否めない。

後ろからまわされた光輝の手の上に、馨は自分の手を置く。

誰かの気配を感じつつ眠るのは久しぶりだ。この曖昧なぬくもりに慣れてしまうことが怖い。

「とにかく、麻生は気をつけろ、昔、何回か目撃されていて、教授と俺の事、勘付いている。

お前が卒業して、何処に籍を置くかで、あいつの出方は決まる」

「別に、俺は教授になりたいわけじゃない。いや、むしろ親父から離れたい。いっそ、ポスト鷹瀬を麻生にやっちまえば

いいのに・・・」

そう宣言しておくのも手かもしれない・・・馨はぼんやりそう思う。

「それにしても・・・かなり俺は迂闊だ・・・」

警戒しつつも、いつの間にか光輝の口車に乗せられて、接近を許してしまっている・・・

「心許してるんだろ?つーか・・・子供扱いなんだな」

「鷹瀬、お前とは師弟として最後まで残りたい」

そうすれば、憎みあう事も、別れることもない。永遠に残れる関係だ。

「こういう体制で、そういう台詞は、拒絶してるって事?」

もう傷つけたくない、傷つきたくもない。

「繋がるのが怖いか?」

光輝の言葉が胸を刺す。

そう・・・怖い。少し前なら体をくれてやっても、心までは渡さない自信があった。

今は・・・無い。

「お前は?」

「そうだな・・・マジになれば、なるほど怖いかもな・・・」

光輝の口から、そんなことを聞くようになるとは・・・馨は驚く。

「愛しすぎるとそうなのかな・・・」

(深入りするな鷹瀬。)

馨は切にそう願う。いつか来る別れに傷つかないように・・・

「相手を大事にしたいという気持ちは、お前に逢って初めて感じた」

もう遅いのか・・・馨は密かに涙を流す。

もう手遅れだ・・・もう一人の自分は、そう答える・・・

 

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