ライアー 5
卒業式を終え、光洋と智香子、光輝は久しぶりに親子揃ってレストランで食事をした。
「おめでとう光輝」
母から花束を受け取り、光輝は苦笑する。何故か後ろめたい。
相変わらず笑顔の智香子に、光洋は何も気付いてはいない。しかし、心は確実に離れている。
「光輝が翻訳してる本の著者って、いつか、ホテルでお会いした、あの古典の先生でしょ?」
え?
光洋は顔色が変わる。
「親父、いつか、お袋と俺二人で旅行したろう?その時、泊まったホテルに、佐伯が仕事で来ていたんだ」
「お前達が泊まったのは・・・」
「そう、親父がよく出張で使ってた、あそこ」
わざと光輝は光洋の動揺を促す。もう庇う気などない。
「明日、兄さんの退院祝いね・・・光輝は来れる?」
智香子は、この話題を早々に打ち切った。
いつもと変わらない母のしかし、何か違う様子に、光輝は引っ掛かりつつ、返事をする。
「ああ、行くよ」
服部の家で、食事会という事になっていた。
「あ、佐伯先生もお呼びしてはどうかしら?兄さんの教え子で、光輝の恩師で、今は仕事仲間なんだから・・・」
ぎくっ・・・・光洋は密かにおののく。
「彼は・・・忙しい身だからねえ・・・」
そんな光洋ににっこり笑って、智香子は呟く。
「でも、凄い因縁ねえ・・・運命なのかしら?」
その微笑に光洋も、光輝も背筋が凍った。何もかも見通している・・・そんな気がした。
まさか・・・まさか・・・・
「光輝がお世話になっているのだから、私もご挨拶したいのよ。いいでしょう?それとも、何か不都合でも?」
挑戦的に出てきた智香子に、光洋は眩暈を感じた。
「そうか・・・光輝、連絡とって見ろ」
不穏な雰囲気のまま、砂をかむような昼食をとる鷹瀬親子・・・
光輝は、ただ、このいたたまれない状況から開放される事だけを願っていた。
ー智香子が、そう言ったのか?−
夜、光輝は自分の部屋で、伯父に電話した。
「伯父さん、何か知っている事、無いか?」
ー・・・実はな・・・鷹瀬の過去の度々の浮気と佐伯の事、勘付いていたみたいなんだ。ただ、見ない振りしていただけでなー
なんだって!
光輝は驚きのあまり、受話器を落としそうになるのを、かろうじてこらえた。
ー女を見くびるなと言う事だ。俺も自分の妹ながら、ぞっとした。お前のことも、なんとなく勘付かれているぞー
「伯父さん・・・」
ー離婚はしないと言っていた。安心しろー
それは、一生掛けて復讐すると言う事ではないのか・・・・光輝はため息をつく。
ー佐伯は呼ぶな、俺がフォローするから−
そう言って電話は切れた。
確かに自業自得だ。自分も、父も・・・
今更、慌てふためく事が滑稽である。罰は受けるべきだ。
が・・・・馨は関与させてはいけない。何処までも、彼は被害者だ。
そして、反省する。母親を置物のように扱っていた事を・・・
自分と父は、母をある意味、無視してきた。何も知らない女だと・・・・そのツケが廻ってきた。
光洋がついた嘘。光輝がついた嘘。智香子がついてきた嘘・・・・こんなにも容易く、家族の絆は崩れ落ちるものなのか。
しかし、こんな状況でも、光輝は馨が傷つきはしないかと心配で堪らない。
いっそバレてしまえば、決意のしようもあるというもの。
ただ、馨が悪者にされる可能性は高い。そこまで考えて光輝は苦笑する。
何故、今一番傷だらけの母親の心配が出来ないのか?
(俺は薄情だ・・・・)
所詮はうわべだけの家族なのか・・・・
それでも、その中でぬくぬくと育ってきた自分がいる。偽モノだと気付かずに・・・
(佐伯・・・)
無性に馨に会いたい。
こんがらがった頭で、ベッドに横たわると目を瞑る・・・
これほど孤独を感じた事は今まで無かった。
苦痛も、孤独も、悲しみも、何一つ満足に味わってはこなかった。
(幸せだったんだ・・・俺は。世間知らずで・・・あまちゃんで・・・)
こんな自分が、馨を包み込めるはずが無い。ばかだな・・・未熟な自分に嫌気がさす。
闇に消えてしまいそうで、光輝は起き上がると、コートを羽織り、外に飛び出した。
ここから馨のマンションはそう遠くない。
重い足を引きずりつつ、光輝は馨のマンションに向かう・・・・
慰めて欲しいわけでも、同情して欲しいわけでもない。ただ、今日だけは傍にいて欲しかった。
自ら犯した罪、その報い・・・馨がその意味を一番知っている。
一度堕ちた身で、もう一度高みを目指す彼は、どれほどの枷を負っているのか・・・・
涙が流れた。
(俺は無力だ・・・・佐伯に何もしてやれない。ただ、傷つけるだけ・・・)
それでも逢わずにいられない自分が情けなかった。
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