ライアー 3
朝一番の講義を終えてすぐ、光輝は光洋に呼ばれた。
「どういうつもりだ!」
「何がですか?」
いきなりの尋問に、光輝は声を荒げる。
「今朝、馨と一緒に登校しただろう!聞けば昨夜、外泊したそうじゃないか!」
(それがどうした・・・とやかく言えた義理なのか?昔、下心で近づいたのは親父のほうだろう・・・)
「こんな事をする為に、英訳を引き受けたのか!」
「どんな事ですか?昨日は打ち合わせしていて、遅くなったので泊まっただけです。おかしな詮索はやめてください」
沈黙が流れる・・・・
「本当に・・何も無かったのか?」
「何の事ですか?」
挑みかかるような目で、光輝は光洋を見つめる。
「貴方のせいで、佐伯は・・俺を拒むんだ」
馨・・・目を伏せる光洋。
馨自身も苦しんでいる、服部の言う事では、馨も光輝を愛していると。愛しているから身を引いたと・・・
それなら、彼は今一番、苦しんでいる。
「それなら、早くお前も、馨の前から消えろ」
原因は自分とはいえ、これ以上馨に苦しんで欲しくなかった。
「勝手な事言うなよ。自分は好き勝手しておいて」
光洋の拳が震える・・・しかし、手を上げる事はかろうじて避けた。
「佐伯は自己責任だと言ったがな、当時あいつは未成年だった。今まで、あんたが遊んでたあばずれとは違う、あいつは・・・」
「光輝!」
言葉が過ぎるぞと、光洋は威嚇する。何処まで突っかかれば気が済むのか・・・
それでも、こらえても溢れる涙を頬につたわらせて、光輝は父親を嘲笑う。
「満足か?初モノに手ぇ出して?責任持てないくせに、生徒ひっかけてんじゃねえよ!」
(思い出にしたって?それは佐伯の中で、もう親父は消えることが無いってことだろう?。どうして、こんなろくでもない男を
背負って生きるんだ?)
「出て行け!でないと・・・ここで醜態を晒す事になりそうだ」
バカか・・・・光輝は唇を噛んで睨むと部屋を出る。ここで事を荒立てたくはない、馨のために・・・
「あんたに、とやかくいう資格は無い」
出がけに吐いた光輝の言葉が、光洋の心を突き刺す。
(本気なのか・・・)
運命だと服部は言った。こんな運命があってたまるか・・・・しかし、互いを思いつつ悩む二人は、確かに本物かもしれない。
光輝は自分とは違う。それは判るが・・・・光洋は途方にくれる。
図書室で読書していた馨は、ふと顔を上げた。
(もう、昼食時間か・・・)
本を本棚に返して、学食に向かう。
学生時代の懐かしい思いと、地獄のどん底のあの頃の思い出が、複雑に交差する廊下を歩く。
(ここはあまり来たくないんだが・・・)
「馨」
後ろから聞きなれた声がした。
「学食に行くのか?私の部屋で食事しろ。寿司取ってやる」
光洋に校内で声をかけられることなど、今までなかった。複雑な思いを抱いたまま、馨は光洋の後ろを歩いて行く。
「お久しぶりです、教授は相変わらず、愛妻弁当ですか?」
かなり表情が柔らかくなった馨に、光洋は驚く。明らかに、光輝と再会してから彼は変わった。
「ああ、少し、話したい。」
もう憎しみは無い。過去の男。どんな話が出ても傷つかない自信があった。
携帯で、大学ご用達の寿司屋に出前をとり、光洋はエレベーターのボタンを押す。
「光輝はどうだ?」
「優秀です。しっかりやっていますよ」
ふっー
父親の顔をして光洋は笑う。最後まで光洋が馨にとって父親だったなら、なんの問題も無かった。
後悔は尽きない
だから、光輝とは師弟のまま終わりたい。
後悔しないように・・・
4階でエレベーターを降りて、二人は光洋の部屋に入る。
初めてこの部屋に入る・・・
校内では、一緒にいるところを極力見せないように気をつけていたため、光洋の部屋には馨は決して立ち入らなかった。
「ここには初めてか・・・」
光洋は緑茶を入れる。
「はい」
そう言って、ソファーに腰掛けた。もう自分は学生ではない。さらに、今日は外部講師だ。
すっかり立場が変わった。時の流れをひしひしと感じる。
コンコン・・・ノックがした。
光洋がドアを開けると、助手の大学生が英文科宛てに届いた出前を届けて来た。
それを受け取り、光洋はドアを閉める。
「お前も、光輝も刺身食えるのに、俺だけは食えないんだ」
そう言ってテーブルに置く。
生モノが駄目で、パンのみみを残す・・・何処か子供っぽい光洋が、あの時は身近に感じられた。
「パンのみみは、鷹瀬も、残してましたよ」
「そっちに泊まったんだって?昨夜」
ああ・・・
「遅くなったので、泊めました」
堂々とした馨の言葉に、光洋は圧倒される。卑怯な自分に対し、馨はいつも潔かった。
向かい合わせに座って、食事をする二人。
もう、あの頃とは違う・・・
「馨、光輝の事、どう思っている?」
それが聞きたくて、ここに誘ったのだ。
「愛しています。彼は私のアポロンです。だから、師弟のまま終わりたいんです。教授とも師弟のまま終われば、
幸せだったかも知れませんね」
胸が痛む・・・それは自己犠牲の愛だ。
「光輝は、そうはいかないみたいだが」
「判りますよ、いつかは・・」
いつも、馨は一人だった。光洋は彼を一人待たせてばかりいた。
今も、光輝を拒もうとする、そんな馨を思わず抱きしめたくなる。
「すまない」
「鷹瀬は教授の事、恨んでいるでしょう?」
「年頃的にも、父親を敵視する頃に、事情がこうだからなあ・・・馨、俺はお前に対しては、もう何も言えない。
光輝を諦めろという資格さえない」
光輝には諦めろと言えても、馨には・・・それが光洋の良心。
「でも、反対なんですよね?」
「いや、判らなくなる。お前と再会して、幸せそうな光輝を見ていると、お前と光輝が愛し合うことが、果たして悪い事なのか
どうか・・・・」
服部の言葉を数十回、数百回反復して考えた結論。
「鷹瀬が、私の毒気を消し去った事は確かですよ」
まっすぐな愛情が、復讐心を取り去った。
「出来た息子だな」
苦笑する光洋に馨は頷く。
「はい」
こんなに穏やかな気持ちで、会話で出来たのは何年ぶりだろう・・・
馨は、不思議な気持ちで、それを受け止めていた。
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