ライアー 2

 

眩しい光に目覚めると、見慣れない天井が見えた。

(何処だ・・・ここは?)

明らかに大学の寮ではない。

「鷹瀬、起きろ」

ドアを開けて入ってきたのは・・・・馨。

「佐伯!何で?!」

「昨日疲れて、ここで眠ってしまったんだお前。大丈夫、学長に外泊届け出すように電話したし。」

そうか・・・

「シャツはシワになるから、脱がした」

そういいつつ、ハンガーに掛けた光輝のシャツを差し出す。

それを受け取り、光輝はTシャツの上から羽織る。

「朝メシ食っていけよ」

そう言ってドアは閉められた。

光輝はゆっくり起き上がる、ジーンズはそのままだった。どうやら綿のシャツだけ脱がされたらしい。

あ、靴下・・・

靴下も脱がされていた

(Tシャツとジーンズ姿で目覚めたと言う事は・・・何も無かったよな・・)

壁に掛けられた鏡を覗きつつ、髪を整える。

馨の寝室に泊まった・・・そう考えただけで、何処か後ろめたい。

 部屋を出ると、ダイニングで馨が朝食の準備をしている。

こうして毎朝、馨の顔を見れたならどんなにいいか・・・そんな妄想に駆られる。

「朝はトーストと、スクランブルエッグだけど・・・」

そう言って、カフェオレのカップを光輝の前に置く。

「なんか、マメだな」

「そうか?トーストって手抜きだろう?」

そうかあ・・・首をかしげつつ、光輝は席に着く。

「一人でこうやって、朝メシ食ってるのか?いつも。」

「ああ。他に誰もいないしな」

ふうん・・・

黙ったまま二人は朝食をとる・・・

「あのさ」

いたたまれず、光輝は口を開く。

「昨日、何も無かったよな?」

 ははははは・・・大笑いする馨。何も無いことは実証された。

「襲ってなんていないから、安心しろ。しかし、お前を寝室に運ぶの大変だったぞ」

運んでくれたんだ・・・・光輝は馨を見る。

「あの頃より背も伸びたし、ガッシリしてきたな」

高校生の時でも、光輝は長身でガッシリしていたが・・・

「佐伯はそのままだ・・・」

「そりゃあ・・もう成長止まってるよ」

あの頃のままの華奢な体躯。

「抱えて行ったのか?」

「ほとんど引きずったよ」

だろうなあ・・・光輝は笑う。

「お前は・・・何処で寝たんだ?」

「部屋、2つあるから。別室で布団しいて・・」

少し、がっかりした自分に光輝は驚く。

「ここからバイクで大学まで20分位か?」

ああ・・・動揺を気付かれまいと、光輝はごまかし笑いをする。

寮生活をするようになってから、光輝は通学にバイクを使っていた。

自宅から通っていた頃は、光洋の車で一緒に通っていたのだが・・・

 「送ってやる。車で。午後の授業に特別講師で今日、呼ばれてるんだ。ついでだし」

特別講師・・・光輝は眉をしかめる。

馨は学長の呼びかけに、何度もかたくなに断っていたと聞いていたが・・・

「何で受けたんだ?講師の依頼を」

スクランブルエッグをつつきながら、馨は呟く。

「知ってるだろ?服部教授が入院されている事」

「伯父さんから頼まれたのか・・・」

「それもある。一応、恩師だからな」

(もう、何の感情もないのか?)

そう聞きたくなる。

 

突然、トーストを食べ終えた光輝の皿を見て、馨は爆笑する。

「お前も、パンのみみ食わないんだ・・」

皿に残された食パンのみみ・・

「お前も って・・・」

少しムカついた。嫉妬に似た気持ち。

光洋は家族以外の前では、食パンのみみを残すようなことはしない。

公的な場では、みみのある食パンを食する事、自体を避けている。

なのに・・・

「親父って、お前の前では、みみ残すんだ・・・そんなに近い存在なんだ・・」

馨から笑いが消える

「今更何を・・・俺はお前の知らない教授を知っているんだぞ」

逆に言えば、光輝の知らない馨を光洋は知っている。そういう事なのだ。そういう仲なのだ・・・・

「鷹瀬・・・」

黙り込んでいる光輝に、馨は声をかける。

「親父は・・・お前を傷つけて、俺からお前を遠ざけて、関わるなと言う・・・」

馨は静かに立ち上がると、テーブルの食器を片付ける。

「自分は、やりたい放題で・・・」

光輝の呟きを聞きながら、手際よく食器を洗うと、馨はスーツの上着を着て、コートを羽織る。

「準備しろ、出るぞ」

「お前は、それでいいのか・・・親父の犠牲者で?」

光輝は立ち上がりつつ、そう言う。

「犠牲者意識はもう無い。あれは自己責任だったんだ」

書類ケースをとり、壁に掛かったキーを取る。

ため息と供に、光輝はコートを着ると、鞄を方に掛ける。

 

 

「車、何時から乗ってるんだ?」

走り出した車の助手席で、光輝は口を開く。

「顔が世間に知れ出してから・・・かな。電車で移動できなくなってな」

「女のファンか・・・」

ああ・・・・

「もしかして・・・男が言い寄ってくる事あるか?」

「時々・・・それは、もともとだから。」

相変わらず、地味な装いをしている馨。

目立つまいとすればするほど、浮き上がる憂いのある艶・・・

ー彼は月だー

出会った時、そう感じた。暗闇を照らす光・・・

しかし、その光は冷たい。誰をも寄せ付けない。

「仕事で、セクハラとかされてないか?」

「酒の席とかでは、そういうこともある。でも、慣れたよ」

げえっ・・・

光輝は眉間にシワを寄せて馨を見る。

「そういう時は、俺を呼べよ!」

「いい、そういうの、かわせなければ社会人やってられないんだ」

「でも」

「どうせ、本気で言い寄る奴なんていやしない。男も、女も・・・見かけだけでよってくるけど、本当に愛してなどいない」

本物ってなんだろうか・・・ぼんやり光輝は考える。

 「心中しようとしたあれは、本物だったのか?」

冷え冷えとした馨の横顔を見つめつつ呟く。

「本物なら、身を引くべきだった。相手に家庭を捨てさせて、独占しようなんていうのは、ただの我侭だ」

今ならわかる。だから、一度は光輝のもとから去ったのだ。

「・・・・俺は、出来ないよ、そうしょうと思ったこともあるけど・・・それは死ぬほど辛い」

そうだな。馨は苦笑する、最初の時、馨も別れるのが死ぬ程辛くて、心中を受け入れた。

今思えば、正しい判断ではなかったが。

しかし、それは後でわかる事。恋の情熱に冒されている時にはわからない。

 「時がたてば、思い出になる」

馨が光洋を思い出にしたように・・・・

大学の正門を過ぎ、駐車場に向かう車。

「思い出にしたくない、ずっとお前と、今を生きたい」

駐車した車の中で、最後に光輝はそう呟いた。

(そうできたら、どんなにいいか判らない。)

馨は目を閉じる。

「バイク取りに来い。今日一緒に帰ってもいいけど・・・」

「ああ、今日は多分駄目だろう、そのうち行く」

「そうか・・」

光輝は車を降りる。光洋に外泊の一件が知られていないはずが無い。尋問を受けるのは明白だ。

(別に構わないさ)

総て覚悟の上で翻訳を請け負ったのだ。今更、恐れる事などない。

「じゃ、またな」

そう言って、校舎に向かって歩き始める。その光輝の後ろ姿を見つめつつ、馨はため息をつく。

(いつまで拒める?)

とにかく、時間つぶしに図書室に向かった。

 

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