ライアー 1

 

「部屋、見つけたんだ」

馨との打ち合わせの合間に、光輝は思い出したように言う。

「そうか、出来れば早く家に帰ることを薦めるぞ」

お茶を入れるため、馨はそう言って立ち上がる。

「何で、そう、家に帰したがるかなあ」

「家族のありがたさが判ってないな、お前は」

家族・・・小さい頃は父が好きだった。

しかし・・・だんだん判ってくる・・・

父は母を愛してはいないと言う事、過去に何度か感じた女の影・・・

夫に何が起こっているのか、息子に何があったのか、知らずに ただ信じる母。夫は自分を愛していると・・・

こんな状態で、本当の意味で家族といえるのか?

「うわべだけの家族・・・ウチはそうなんだ」

確かに、光洋が妻を愛していない事は馨にもわかる。しかし、光輝のことは本当に大事にしていたのだ。

「どんな時でも、教授はお前からの電話はとった。それは事実だ」

そう言いつつ、馨はテーブルにコーヒーとチーズケーキを置く。

「違うだろ・・・それ。間違ってるよ。子供の事、思うんだったら家庭を壊すような行為はしないだろ?」

「あの人は幼い。ずっと埋められない何かを埋めようと、もがいていた」

(そんなの、理解するなよ。傷つけられたくせに・・・)

光輝は俯いて唇を噛む。

「父親の位置は捨てなかった、その事実は認めてやれよ」

光洋を庇う馨を、光輝は嫌った。

「何でそんなに庇うんだよ」

少し妬ましい・・

「解るからさ、心の空白を埋めようと、俺も必死だったから」

自分のカップを持って馨は席に着く。

「俺が埋めてやるよ。お前の空洞一つ残らず」

はははは・・・昔、見ることの出来なかった、明るい笑顔が現れた。

「言葉だけでも嬉しいよ」

「言葉だけじゃないよ、心身供に埋めてやるから」

馨の顔から笑顔が消える

「大人をからかうな。ケーキ食えよ」

(何いきなり子ども扱いしてんだよ・・・・馨には、俺は今でも元教え子なのだろうか・・・)

光輝はため息をつく。

「チーズケーキ、二宮編集長からの差し入れだ」

ああ・・・光輝は、何度か仕事で会った女性雑誌の編集長を思い出す。

「親しいのか?もしかして・・・彼女?」

「先輩だ。教授との一件も知っている」

なんとなく、光輝は自分より馨の近くにいる玲子に嫉妬する。

ため息と供に、フォークをとり、一口・・・

「あ、美味い」

「有名な店のケーキだから。鷹瀬に出そうと、とっておいたんだ」

そう・・・なんだか師弟関係から抜け出せない気がする・・・

「元気ないな?」

急にしょげる光輝の顔を、馨は覗き込む

 「お前にとって俺って何?」

「元教え子」

「それ以外は?」

「今は、仕事仲間」

はああ〜ため息をつく

「どうでもいいんだろ?俺の事なんか」

そんな事・・・・あるはずが無い。どうでもよければ、とっくに自分のモノにしている。

幸い、光洋のように妻子はいない。ましてや、光輝自信が望んでいるのだから、独占し続ける事は容易い。

「どうでもいいよ」

思いとは裏腹の嘘をついた。

復讐しようとした相手を愛してしまうという、致命的なミスを犯した堕天使は、無関心の仮面を被る。

「嘘つき」

はははは・・・見破られないよう、馨は必死だった。

「自信過剰だな。相変わらず」

「自信なんか無い。何でだろう・・・高校時代にあった自信、全く失くしてしまった、お前のせいで。より多く愛した者が

負けなんだ。本気になったら負けるんだ。」

それなら・・・・馨は苦笑する。

(俺は、最初の時も、二度目も負けてる・・・)

不意に、光輝は馨の左手を掴む。

 「こうして、お前を掴めるのに、こんなに近くにいるのに、何故遠いんだろう?俺のものにならないんだろう・・・・」

何時も繰り返される求愛、空回りする愛情。

 憂いを秘めた瞳は深みを帯び、光輝は高校時代とは見違えるほど大人びた。

力強い骨格は完成し、父、光洋に挑みかかるような貫禄さえ見せている。

そう、違う。あの頃とは違うのだ。教え子が”男”になって現れた。

「どうして俺に執着するんだ?」

「一目惚れだから」

出会った瞬間に心を奪われていた。

「お前バカか?」

それは勘違いだ・・・挨拶に立った教壇から、光輝を見つけたのは馨だった。

鷹瀬光洋に似た少年・・・・一瞬流れた感情、それを、光輝は受け取っただけに過ぎない。

その後、父親との関わりに興味を持ち、同情心や、償いの思い・・・様々な感情を愛情と思い込んでいるだけだ。

「そうさ。バカだよ、こんな薄情な奴に惚れるなんて」

後悔してもしきれない。しかし、今更ひけない。光輝はため息をつく。

薄情か・・・・馨はふと窓の外に目をやる。

(手当たり次第愛情注いで、簡単に捨てていた過去のお前は、薄情じゃないのか・・)

すっかり暮れた空に、うっすらと月が浮かぶ。

「俺の何処がいいんだ?」

「理由なんか無い」

ーそうだな、そういうものだろう。ー

馨はぼんやり考える

 

「さ、始めるか」

馨は書類をとり出す。

 

 

 

「学長、すみませんが寮長に、鷹瀬光輝の外泊届け出しておいてください。打ち合わせが長引いて・・・はい・・・・

はい、それでは・・・」

10時過ぎた頃、過労の為、光輝は机に突っ伏して眠ってしまった・・・

外泊は学長に処理させることにして、馨は受話器を置いた後、光輝に毛布をかける。

学業に、翻訳に・・・かなり無理をしているようだ。

学業をおろそかにすると、英訳の仕事を光洋に辞めろといわれる。彼は意地になって両立させようとしていた。

「それほどまでにどうして」

俺か・・俺なのか?

憎らしいほどに輝いて眩しかった光輝・・・

総てを手にしていた太陽神は、手に入らないたった一つの為に苦悩する。

 光洋にそっくりな寝顔を見ながら、馨は笑う。似ていたり、違っていたり、微妙な親子だ。

いっそ、出会わなければ、苦しまなくてすんだのに・・・後悔は尽きない。再会などしなければ・・・

偶然でなく必然なのか・・・運命なのか・・・

判らない

光輝は昔の自分に似ている。だから、なおさら進めない。

愛はいつか終わる。終わらないようにするには、始めない事。

「俺は臆病になった・・・」

突き進んで自爆した身としては、当然なのかも知れない。

(せめて、今夜は傍にいてやろう。)

光輝の隣に腰掛けると、馨はノートブックを開き、仕事を始めた。

 

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