タブー 5 

 

 

女性雑誌「プシケ」の取材の為、馨は郊外のカフェに入る・・・

最近は芸能人的な扱いを受けて、学会関係よりも、女性誌関係の取材が多いのが気にくわない。

しかし、5回に1度は受けざるを得ない、女性の読者達が本の売り上げを担っている事は。否めないからだ。

奥の席で、二宮玲子が手を振る。

「玲子さん、編集長が直々にお出ましですか?」

シャーギーカットのセミロングの髪をかきあげながら玲子は笑う。

「久しぶり〜元気?」

人文学科の1年上の先輩で、服部の助手を勤めていた彼女は、光洋と馨の事を総て知る人物である。

「なんか・・・いい顔になってきたね。仕事充実してるからかな」

と、質問を書いた用紙を差し出す。

「対話しなくていいから、さっさと書いちゃって。後で、私が色付けしとくから」

苦笑しつつ、馨はペンを走らせる。

「他の、変な女性週刊誌なんかの取材、受けちゃ駄目よ。スキャンダル大好きなんだから、ああいうとこは」

スキャンダル・・・

以前、上手く煙にまいた左手の傷跡の事を、しつこく嗅ぎまわる記者がいる。

玲子はスキャンダルで部数を上げるような事を嫌い、高尚な女性誌を作る努力をしてきた。

今回も、馨を守る為、自ら出陣してきたのだ。

「ありがとう、玲子さんは強い味方だよ」

昔から、姉御肌の世話焼きだった・・・

「ごめんね、あの時。私は事前に防げなかった」

知っていたのに・・・

「玲子さんのせいじゃないよ、俺が玲子さんの忠告を聞かなかったんだ」

ふう〜玲子は煙草をふかす・・・・

「恋は盲目か・・・・」

「玲子さん、俺はアイドルになりたいわけじゃないんだ。文学者として認められたいだけで」

質問の答えを記入しつつ、馨はそう言う。

「解ってる、馨をマスコミの餌食にはしないから。質問も作品に関してが主で、プライベートは避けたからね」

「ありがとう」

当時、忠告されたにも関わらず、最悪の結果を招いた馨を、ののしるでもなく、嘲笑うでもなく、ただ、抱きしめて

泣いてくれた人・・・・

大学の服部の部屋で2,3回会話を交わすだけの関係で、馨を心配して、心を砕いてくれた人・・・

「いい人ですよね、玲子さんて」

正義の味方的な女性だった。

「あの事件の後、私もすぐ卒業したけど、当時の馨はすっかり、人が変わってしまっていたね・・・今はかなり、

乗り越えたみたいだけど・・・」

(光輝のお蔭か・・・)

馨から微笑がもれる。

「ねえ、鷹瀬教授の息子。あの子とは、どういう関係?」

馨の英訳を引き受けた大学生が、鷹瀬教授の息子と聞いて心配していた玲子も、彼が馨の元教え子であり、馨を見る

光輝の目が、愛情に溢れている事に少し安心していた。

「元教え子。それだけさ」

そう?

玲子は馨を見る。

「今の馨は、とても幸せそうに見えるわ。彼が現れてから変わった。」

変わったというのか・・・光輝と再会してから?馨はふとペンを止める。

「馨、あの子の事、好きでしょ?」

ははははは・・・・馨は大笑いする

「冗談はやめて・・・そんな事、タブーだろう?」

そう言う馨を、ため息で制しつつ、玲子は確信する。

図星だ・・・・

「タブーだから拒んでる。でも、あの子は突進してくる・・・そんなトコか?」

カンのいい女。光洋との関係もすぐ見破った・・・・だからこそ、雑誌の編集長なんて出来るんだろうが。

「玲子さん!」

馨の動揺は手に取るように判る。

「確かに変な因縁だ。倫理的にもタブーだ、しかし運命を感じる」

「あの時、俺を必死で止めた貴女の言う言葉ですか?」

昔、光洋と別れるように、玲子はどれだけ馨に進言したかわからない。そんな彼女が、今度は光輝との事を肯定するとは・・・

「あの時と、状況は違う」

違わない・・・・

「親子ともども受け入れるなんて、人のする事じゃない」

(こだわるな、それに)

玲子の瞳は、そう言っていた。

「馨は、すでに堕ちたんじゃなかったのか?人じゃない、あんたは堕天使だ」

だからって・・・・・馨は言葉を失う。

「あんまりなお言葉ですね・・・とことん畜生になれというんですか?」

玲子は真剣な目をして、馨の手に自分の手をのせる。

「それでも、あの子は馨のアポロンだ」

何をけしかける・・・・それでなくても苦しい胸のうちを・・・

「私は、あんたに幸せになって欲しいだけなの・・・・あの子なら、一生あんたの傍にいてくれる。そう思うから」

それは・・・光輝にとっていい事なのか?

結婚して家庭を持って、子供を産み育て・・・そんな当たり前の人生を放棄させていいのか?

さらに自分といれば、光輝は家族を捨てなければならない。

「自分の幸せを考えな・・・幸い、あの子もそれを望んでいるだろうし。つーか、馨無しでは生きて行けないって感じだったわよ。出版社で見かけたときは」

くすくす笑う玲子を横目で見つつ、馨はペンを動かす

「もう、踏み出せない。傷つきたくない」

「それが本音か」

解る気もする。命懸けた恋に敗れたのだから・・・・

でも・・・・

それが二人にとって幸せなのか?想いを隠して、別々に生きることが本当にいいことなのか?

馨はもう、あの頃の盲目な情熱を持たない。代わりに、光輝が盲目な情熱で突進している・・・

 (問題は、あの子が鷹瀬光洋の息子だという事、おかしな因縁ね。教授はもちろん反対するだろうし・・・)

たきつけておいて、玲子はふと戸惑う。あまりにもリスクが大きい。

「よりによって、教授の息子とはねえ・・・」

ため息の玲子に、馨は質問に答えた用紙を差し出す。

「これでいいんですか?」

受け取りつつ、玲子は微笑む。

「うん、後は適当に脚色して、会話形にしとく。長い付き合いで、改めて対談なんて、照れるじゃない?」

文壇に入り、玲子と会う機会は増えた。仕事、プライベート含めて。

昔も今も変わらない。彼女は馨にとって女ではなく、親友。

事件に関わった光洋、服部、そして光輝以外で唯一、内情を知る者。

「じゃあ。」

馨の左手首をそっと握ると、彼女は立ち上がり去っていった。

高くも低くもない背、華奢な体型に無限の力を秘めたキャリアウーマン。

カンのよさと、人格と、知性で今の地位に登りつめた玲子。

在学中、馨と光洋の事で服部と争い、助教授の座を蹴った。その包容力と正義感・・・それで多くの人脈を得てきたのだろう。

馨も立ち上がった。

理解者がいてくれる、それだけで救われていた。

(ありがとう。玲子さん感謝している・・・)

  

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