タブー 4
大学病院の内科病棟の病室。
「すまないな、光輝の事、手伝ってやれなくなった」
服部の病室に見舞いにきた光洋に、彼は詫びる。
「部屋探しか?いい、放っておけ。見つからなければ帰ってくるだろう」
「鷹瀬・・・佐伯の所に転がり込む可能性もあるぞ」
まさか・・・同居などすれば、もう取り返しがつかない。
「佐伯も、今は拒んでいるが、困っている光輝を見過ごせないし。お前も、意地張らないで、部屋見つけてやれよ」
硬い表情の光洋を見つめつつ、服部はため息をつく。
(頑固だな、親子ともども・・・)
「なあ、もしかしてお前、佐伯にまだ未練あるのか?」
もうそろそろ諦めろ、といわんばかりの服部の言葉に、光洋は眉をしかめる。
「お前までそういうことを・・・。ただ、光輝には普通に嫁貰って、家庭を築いて欲しいだけだ」
家庭なあ・・・・
服部は最近 家庭というものに疑問を抱き出す。光洋は・・・智香子は・・・果たして幸せなのか・・・
愛の無い夫。夫に愛されていると錯覚している妻・・・それが幸せなのかどうか。
世間一般から、落ちこぼれる訳には行かない。それも判る。しかし、真実が無い。
無理に、光輝を誰かと結婚させたとしても、馨を忘れられないのなら、相手も、光輝も幸せにはなれない。
「光輝なら、佐伯と添い遂げられる気がしてきたんだ」
服部の言葉に、光洋は息を呑む。
「冗談はよせ!日本じゃそんな関係、認められていないんだぞ」
(・・・じゃあ・・・お前は・・・自分のことを棚にあげていないか・・・・)
服部は呆れる。
光洋のした事は、不倫、同性愛、心中未遂・・・しかも、自分の大学の学生に手を出した。
「今、お前が物凄い犯罪者だと気付いたよ。もう光輝は諦めろ」
なんだと・・・・服部の思考が読めずに、光洋は顔をしかめる。
「罪滅ぼしに、息子を佐伯にくれてやれ」
「服部!」
半分冗談だが、半分は本気だった・・・
「光輝の人生だ・・・ある程度は譲れ」
倫理の塊な服部の口から、そんな言葉が出ること自体、信じられなかった。
「俺は、一度は智香子のために佐伯を犠牲にした。しかし・・・もう、光輝のために、佐伯を犠牲にする事は出来ない。
光輝の為にもならない気がするんだ」
変わった・・・服部は変わった。光洋はそう感じる。
「タブーだろ。馨と光輝は」
服部は口元が緩む・・・・
(お前の口から、そんな言葉が出るのか・・・)
タブーを犯しながら生きてきたのが、鷹瀬光洋ではなかったのか・・・
「でも、血は繋がってない。」
「服部!」
完全に光洋は怒っている。
「なあ・・・俺達はこの4年間、光輝に佐伯を忘れさせるべく努力してきた。だが・・・彼らは再会した。もう、これは運命なんだよ。」
そんな運命があるか・・・・光洋は認められない。
「酷なようだが、一度は愛人に目がくらんで、家族を捨てようとした事、忘れるな。それに、心中を持ちかけといて
ドタキャンした事もな。父親としての想いは解るが、光輝に何か言えた義理じゃないぞ」
・・・・・・・・・
光洋は衝撃を受ける。
服部はクールでシビアだ、しかし・・・これはあんまりだ・・・
「最近、親は好き勝手しといて、息子にはまっとうに生きろ って、どうなんだろうと思い始めたんだ。大切なのは光輝の
幸せなんじゃないのか?」
光輝は最近、目に輝きを取り戻した。
馨だけを見つめて生きてきた彼が、馨に再会したのだから、生き甲斐を感じつつ、翻訳しているのだろう。
しかし・・・再び、馨と別れた時の光輝を思うと、いたたまれない。
(確かに・・・服部の言うとおりではあるが・・・)
しかし・・・彼は親なのだ。息子の為なら命がけで、理不尽な事も出来る、親バカ中の親バカだった・・・
「反対したところで、光輝が諦めるとは思えないしな」
服部の言葉に、光洋は頷かざるを得ない。
「あんまり、頭ごなしに怒るなよ。余計反発するだろう?」
それも一理ある。
「まあ、最近病室で、じっくり考えた結論だ。」
服部は話をそう結んだ。
「先輩〜」
学食で昼食を取る光輝のところへ、後輩の松田直美がやって来た。
「部屋探してるんだって?」
友達に聞き回っているので、直美の耳にも届いたらしい。
「ああ」
「ウチのお兄さんのワンルームマンション使いませんか?」
え?
「実は、ウチのお兄さん、仕事で1年間海外研修に行くんだけど、その間、誰か住んでくれないかなって言ってて、
家賃は払ってもらいますけど。家具つきでどうですか?」
それは願ってもない事だが・・・・
「いいのかい?」
「見ず知らずの人は駄目だって言ってたけど、先輩は信用出来るし、問題起したりしませんよね?」
「ああ、保証人、人文学科の服部教授でもいいかな。伯父なんだけど」
あら・・・・
鷹瀬教授でない事が少し不思議だったが、直美は頷いた。
「じゃあ。キープしておきますね。入るのは卒業後ですよね」
「それでいい?」
「はい。」
直美は、後日連絡すると言って去っていった。
何とか部屋は確保した。敷金礼金なしで一年住めるのだ。そうしながら、ゆっくり探せばいい。
しかし・・・
「惜しい事したかな・・・」
見つからなければ馨と同居できたのに・・・・
(いや、これでいい。距離を置いて、これからの事をじっくり考えよう)
光輝は、直美が手渡していった兄の携帯番号を見つめてそう思った。
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