タブー 3

 

 

「ありがとうございました。順調に進んでいるようで、何よりです」

担当の坂下と、英訳版担当の中野は満足顔だった。

光輝は、とりあえず英訳の3分の1を仕上げて、出版社に上げた。

タイアップした先方の出版社が、広告を出す為に、早めに欲しいと言ってきたのだ。

「佐伯先生のチェック済みだから・・・校正して、印刷すればOKか」

製本は先方の仕様になる。

「あ、坂下さん、挿絵の方は?」

古典だけに、説明用の挿絵は必須だった。

「日本語版の挿絵そのままで、詳しい説明だけ、つければいいと、部長は言ってましたよ。」

ふうん・・・納得した中野。

「じゃ、俺はこれで。」

光輝は立ち上がる、

「鷹瀬君、佐伯先生と息がぴったりだね、やはり元教え子だから?」

坂下が光輝の後を追いつつ、そう言う。

「ウチの専属にならない?」

中野も頷きつつそう言う。

光輝は苦笑する・・・・・

「駄目だよ〜鷹瀬くんは。お父さんが教授にしたがってるし、翻訳は副業かな。」

二人の会話を人事のように聞きつつ、光輝は階段を降りる。

ー助教授の席は空けておくー

光洋はそう言った。が、父と同じ職場は気が向かない。

顔をあわせるとぎこちない、わざと馨の話題を出すまいとして意識する為、辛くなる。

「ではこれで・・・」

会釈してビルを出る。

 

友達の下宿で飲み明かしつつ過ごした正月、家族と一緒でない正月は初めてだった。

それはそれでいいが、馨は一人なのだろうかと思った瞬間、孤独に襲われた。

出来れば、供に新年を迎えたかった。

しかし、言い出せなかった。そんな仲ではないから・・・

変に弱気な自分が滑稽だ。

 

もう2月半ば・・・

卒業は秒読み状態だった。

 

(さ、部屋でも探すか・・・)

不動産屋の前で立ち止まり、物件をあさる。

ワンルームで交通の便がいいところ・・・候補をメモしながら、予算を考える。

一人暮らしなど、できるのかどうかはわからない。結構自分が箱入り息子だった事を知る。

「無力だな・・・俺って・・」

ため息をついて落ち込む。

(佐伯は、地方から東京の大学に入学して、ずっと一人だったんだ・・・)

故郷に母は健在だが、仕事の為、滅多に帰れないらしい。

こんな自分じゃ、馨の役に立つはずが無い。

落ち込む・・・・

 

頼りの服部は、胃潰瘍で長期入院してしまった。父に助けてもらう気になれず・・・母にも頼れず・・・

 

「鷹瀬」

後ろに馨が立っていた。

 

 

 

 

「何であんなところに・・・」

馨のマンションで夕食をとる事にした光輝は、ダイニングの椅子に腰掛けて馨に訊く。

「イベントの帰りだったんだ。」

と肉じゃがの皿を差し出す馨。

「サイン会かなんか?」

うん。

出版社の営業部とサイン会場に赴き、終了後、出版社の近くまで送ってもらったのだ。

「部屋、探してるのか?」

うん・・・・先行き暗い光輝。

「佐伯って、ずっと自炊してるのか?」

「ああ、もう慣れたよ。それより家に帰れよ、いい加減・・・」

笑顔で言われて、光輝は意地になる。

「やだよ」

 「さっさと翻訳終えて、帰ればいいじゃないか」

全然相手にされていないようで、そんな自分が情けなくて、イライラした。

「翻訳が問題じゃないだろう!」

ゆっくり、馨は味噌汁の椀を置いた。

「これ以上関わるのは、辞めよう。」

「親父が怖いのか?」

それはお前だろう・・・馨は苦笑する。

「関わりたくない。お前とも、教授とも。もちろん、もう何の感情も無い。俺を鷹瀬家の疫病神にするなよ」

うっ・・・・喉が詰まる・・・・傍にいる事も許されないのか。

「お前は・・・平気なのか?一人で」

はははは・・・馨は破顔する。

「一人じゃない時なんて、なかったから、もう慣れた」

いや、かえって二人になった後の一人が怖い。だから、光輝を拒む・・・・

 

「俺、自立してみる。お前と対等になれるよう、努力してみる」

ふっ・・笑う馨の顔が寂しげだった。

「無理するなよ・・・」

「じゃ、しばらく置いてくれないか?翻訳終わるまで。」

馨は呆れる。

「それの何処が、自立なんだよ」

ため息のあと、馨は苦笑しつつ言う。

「まあ、でも・・・ぎりぎりまで部屋探して、駄目なら、来いよ」

そう、翻訳が終わるまで・・・・期限付きなら深入りはしないだろう。

「あ、終わったら追い出すからな。」

それでも、かなり辛い事ではあるだろうが。

光輝には敵わない。結局、許してしまうのだ・・・

  

          TOP        NEXT  

ヒトコト感想フォーム
ご感想をひとことどうぞ。作者にメールで送られます。
お名前
ヒトコト

 

 

inserted by FC2 system